ダンカンの所属するオザード中隊もかなり人数を減らしていた。オークに斬られ、あるいはダークエルフの弓に射抜かれたのだ。

 本格的な攻城戦の様子を、オザード中隊は、同じく温存中の他の中隊と共に遠くから眺めていた。

 霞がかった鬨の声が聴こえる。城壁からは盛んに矢の嵐が降り注ぐ。そんな中、落雷の様な太い音が木霊し、城壁の一角が吹き飛んだ。

 大砲だ。ダークエルフの射手が微塵になった城壁の欠片と共に地に落ちてゆく。

 鼓舞されるようにして長梯子の影が幾つも幾つも城壁という城壁に掛けられる。だが、梯子は上で蹴られ半ばまで登った兵達を巻き込んで倒された。

 大砲が轟く。城壁が粉砕される。

 正面に大砲部隊が近付いた時だった。

 俄かに空が暗くなり、本物の雷鳴が鳴り響いた。そして豪雨が降り注いだ。

「ああ、こりゃあ、火薬を濡らす羽目になるな。大砲は使えない」 

 副官のノッポのイージスが言った。

「かやく?」

 ダンカンは大砲の事については無知だったので思わず尋ねた。

「ええ。あれが大きな玉を打ち出すことは隊長も知ってますよね?」

 ダンカンは頷いた。

「そのためには火薬という粉を爆発させる必要があるんです。要するに爆発の威力で玉は飛ぶわけです。その火薬、粉なんですがそいつが濡れちまうと、当然爆発は起きず、無理したら暴発する恐れもあるんですわ」

 イージスの説明をダンカンは理解した。

 設置された大砲に次々覆いが掛けられてゆく。

「こりゃ衝車でゆっくりやるしかなさそうですな」

 イージスが言った。

 雨の音は凄まじく、それにも負けじと矢の嵐も隙が無かった。だが、中隊長オザードの元に本陣からの伝令が届き、攻城戦へ移る様にと使者は声を上げて言った。

 オザードが轟雷の如く言った。

「出撃命令だ! 俺達歩兵部隊は敵の城壁へ侵入する役割だ!」

 それを聴いてダンカンはドキリとした。それは一番致死率が高い役割ではないのだろうか? 城壁の下でダークエルフの弓に狙われながら梯子を上ってゆく。だが、先程も見た通り長梯子の半ばで上から蹴られ、梯子もろとも地面に倒れ死亡、あるいは負傷する。

 ダンカンは四人の部下を見た。すると四人とも察したように頷いてくれた。

「やりましょう、隊長」

「そうでやんす」

「おう」

 若いフリット、ゴブリンのゲゴンガ、オーガーのバルドが言った。

「そうわけです。勇敢に死にましょう。死んでみれば本当にうちの家内よりも美人な戦乙女とやらが迎えに来てくれるのかどうかわかりますよ」

 イージスが言い、ダンカンの心は決まった。

 既に長梯子は戦場に持ち込まれている。するとオザード中隊に輸送隊が弓矢を支給してきた。

 誰かが長梯子に登っている間にこれで少しでも援護しろということだ。

 兵士達は次々弓を取り肩に矢の多く入った矢筒を二つ掛けた。

「よし、準備は良いな! 俺に続け!」

 オザードが先陣を切って駆け出した。馬上では狙われやすいためか、徒歩である。そんな中隊長の勇猛な姿に兵達は鼓舞され後に続いた。

「小隊行くぞ!」

 老将ジェイバーが駆け出した。

 各分隊長が声を上げる。

「ダンカン隊、出撃だ!」

 ダンカンも声を上げた。

 豪雨が雷鳴が戦場の音を殆ど掻き消している。しかし、側を通る矢の音だけは鋭く轟き何度も心臓が止まる思いをした。

 矢を掻い潜り、城壁前に打ち捨てられた長梯子を兵達は次々起こし始める。

 と、老将ジェイバーが梯子に足を掛けた。

「小隊長、無茶な!」

 兵が声を上げる。

「援護せい!」 

 老将はそれだけ言うと梯子を上り始めた。兵達が梯子を押さえる。

「ダンカン隊、援護しろ!」

 ダンカンは声を上げ、城壁から顔を覗かせジェイバーや自分達を狙うダークエルフの弓兵達に向かって弓矢を放った。

 ダンカン隊随一の弓の名手、ゴブリンのゲゴンガがダークエルフを射落とした。彼は自前のクロスボウを持っていた。その弦を引き戻すため、足で先端の輪を踏み、手で引っ張り戻し始める。

 クロスボウは甲冑を割る鉄の矢を放てるが、連射がきかなかった。

 ダンカンは無我夢中で背中の矢筒から木製の矢を取り応射する。

 老将ジェイバーは梯子の中腹を越えたあたりだった。と、そこで梯子の上からダークエルフと思われる影が現れ、数人がかりで梯子を押した。

 梯子が城壁から離れてゆく。ジェイバーはゆっくり身構えるとやがて跳び下りた。

「何の、まだまだじゃ!」

 再び上ろうとする老将の姿に感銘を打たれた兵達が名乗りを上げて梯子を上り始める。

 矢が次々撃ち込まれた。ダンカンの周囲で兵達がバタバタと倒れた。

 どうか、部下達には当たらないでくれ。

 ダンカンはそう神に念じながら次々矢を放った。矢が無くなれば地面に落ちたり、亡骸に突き立ったダークエルフの矢を使った。矢は一直線に上がってはくれたが、敵には及ばなかった。弓には弓に合った矢があるということなのだろうか。

 その時、後方から荷馬車が駆け付けて来た。

 荷台に乗っていた兵達が素早く下りて弓で援護する。

「矢の補充に来たぞ!」

 御者の兵が叫んだ。

 これ幸いと兵達が続々と荷馬車に集まるが、そんな団子状態を敵が見逃すはずが無かった。

 次々矢が射込まれ兵達は倒れた。御者の男も喉に矢を受け倒れた。

「早く戻って来い!」

 何処からか声が上がる。

 ダンカン隊は他の分隊と城壁前に踏み止まりダークエルフの矢で援護を続けていた。

 補充を終えた兵達が戻ってくると、今度はダンカン達が補充のために荷馬車に駆け寄った。

 空の矢筒には雨水が溜まっていた。それを荷馬車に放り込み、矢の満載された新しい矢筒を背負う。

 やがて矢筒が無くなると、兵の一人が新たな御者となって馬に鞭打ち走り去って行った。

 ダンカンは素早く戦場に舞い戻り矢で援護を始めた。

 梯子が倒れ兵が目の前で死んだ。その梯子を立てて新たな兵が上り始める。これも矢を受け地面に落ちて動かなくなった。

「一番乗りをした奴には何でも好きな物を褒美に与えるぞ! 金に女に名剣! 俺が国王に話を付けてやる!」

 雷鳴に搔き消えることなくオザードの鼓舞する声が轟いた。

「ひ、姫様もでありますか!?」

「おうよ! 俺が話を付けてやる!」

「ウッヒョー!」

「俺はスリナガルの打った剣が欲しいな!」

「馬鹿野郎! 世の中金よ、金貨が一番だ!」

 兵達の士気が上がるのを感じた。

 その時、イージスがダンカンの肩を叩いて来た。

「何だ?」

「一兵士如きがですが、一つ胸騒ぎがありまして」

「お前の意見はいつも真っ当だ話してくれ」

 ダンカンが言うとイージスが話した。

「オークが弓を使わないのは御存じでしょう? 現に城壁にも姿を現さない。では、武人でもあり清廉潔白な連中がダークエルフだけを矢面に立たせて、自分達は城内でのんびり寛いでいるとは思えません。そりゃ、衝車で打たれている正面の門を補強している可能性はありますが、奴らにしては大人し過ぎやしませんかね?」

 その意見を聴きダンカンは頷き、駆け出した。

「小隊長殿!」

 豪雨の中ジェイバーは弓矢を撃っていた。

「どうしたダンカン?」

「実は」

 ダンカンはイージスが言ったことを話した。

「確かに妙じゃ。後のことはワシに任せい、エーラン将軍に報告し緊急に軍議を開くべきじゃろうて」

 ジェイバーが戦場を離れてゆく。

 だが、遅かったようだ。

 伝令が駆け付けてオザード、ジェイバーに告げた。

「後方よりオークの大部隊が出現! 数不明! 各補給拠点が襲われています! オザード中隊は至急迎撃に戻るようエーラン将軍からの御命令です!」

 オザードが舌打ちする。

「騎馬隊はどうしたのじゃ?」

 ジェイバーが尋ねる。

「既に出ておりますが、苦戦している模様です!」

「ちっ、俺達は徒歩だぜ」

 オザードが言う。

「じゃが、総大将の命令では行くしかあるまい」

 ジェイバーが言う。傍らで矢で応戦しながらダンカンは話を聴いていた。

 やがてオザードが声を上げた。

「オザード中隊、駆け足で俺について来い! オークが出た!」

 雷鳴が轟いた。

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