ダンカンの思った通りだった。

 中央から派遣されてきた将軍、名はエーランは、今回の敵の侵攻戦で、被害こそ当然出たが、全体的にはさほど戦意を見せることなく逃げる様に退いて行ったのを、敵に戦意無しとして何十回目かの攻略戦を提案したのだった。

 エーラン将軍は決して無能では無い。武闘派の将軍達はエーランの意見に賛成だった。

 いつまでも大部隊を駐留させておく余裕も無いこともあったし、中央からの再三の進軍の催促の使者もあった。王命だったが、エーラン将軍はどうにか、のらりくらりとやり過ごし、こうして機会に辿り着いたということだ。

 それはダンカンの上司である小隊長ジェイバー自身も賛成の意を示したことをダンカン達、部下の分隊長を集めて言った。

 決まった以上は戦地に赴くしかない。

 隣接するリゴ村の援軍と合流し、膨れ上がった軍勢は進軍し、いよいよ攻略戦の開始となった。ヴァンピーアの防衛には更に南のアビオンの部隊が留まることになっている。

 大砲、梯子、または塔のようになっていて頂上に渡し橋を付けた木製の攻城兵器を満載し、兵糧隊を最後尾にして、長い長いヴァンピーアの軍勢は出立した。

 先鋒はバルケルの将軍であり高位の司祭でもあるエルド・グラビスが務めた。あの勇者バルバトスと同等の力と魅力を持つ頼もしい武将だった。

「エルド殿が率いているのは神官戦士部隊でしょうな。対、ヴァンパイアの」

 ノッポの副長イージスが歩みながら言った。

「ヴァンパイアが出るんですか!?」

 嬉しいのか恐ろしいのか、とりあえず驚きの声を若い部下フリットが上げる。

 ヴァンパイアは昼間は日光のため行動不能だが、夜になると真価を発揮する。刃を受け付けぬ鋼の身体を持ち、吸血して同族、あるいは奴隷を増やすのだ。対抗するには神官の聖なる力か、聖水で浸した武具、火、あるいはトネリコで作った杭か槍しかない。

「いや、今回のオークキングの城には幸いヴァンパイアはいないらしい。傭兵もダークエルフの軍勢のみだろう。たぶんな。それでも用心に越したことは無い。思わぬ奇襲を受けて、この大部隊を収拾することはそう簡単なことではないからな」

 イージスが言った。

 軍勢は光と闇とを両断する西の樹海に踏み入った。何度も攻めたり、攻められたりしたため、木はどちらともなく切り開かれ道が出来ている。

 そこを一直線に進むと先頭の部隊が前線の村へ踏み入った。

 抵抗はなかった。既に住民は城へ収容されたらしい。

 そのまま進み、闇の者達が広げた街道沿いの村々をあっさりと制圧していった。捕虜は一人もいなかった。

 逃れた民衆は兵となって相対するだろう。オークの王、オークキングの領民は全てオークだった。そのことは何十回と侵攻してみて判明している。その際は抵抗があったのだ。オークの民衆は兵並みに強靭な肉体を持っていた。農夫と言えど油断できない相手だった。

 無論、行軍中は適度に休息を取った。できるならば、こちらの有利な陽が昇ったころに攻撃を開始したい。エーラン将軍でなくともそう思うはずだ。そうやって何度も通いなれた道を適度に時間を調節し行軍する。エーラン将軍としては今度こそ落とさねば総大将の任を解かれてしまうだろう。手柄を立てる機会を失うのだ。エーラン将軍が必死なのは今回の攻略戦が決まったことから伺えた。

 ある意味で背水の陣なのかもしれない。文字通り死ぬか生きるか血みどろの戦になるだろうとダンカンは覚悟した。



 二



 オークキングの城の前に到達したのはそれから二日後だった。

 朝日の下、城の前には敵部隊が展開している。オークが強兵なのもあるが、こちらの方は倍の兵数を動員していた。

 するとオークの部隊から一騎が駆け出て来た。

「聴け光の者どもよ! 我が名はデルパスタン! 貴様らに一騎討ちで敗北したオークが将デルプスタンの兄なり! 願わくばツッチーという武将との一騎討ちを望みたい!」

 オークの大音声が静寂に包まれた戦場に響き渡った。

「ツッチー行ってくれるか!?」

 総大将エーラン将軍の声が響く。

「畏まって候!」

 一騎が列の脇から中央目指して駆けて行った。

「やっぱり猫の家紋だな」

 携帯型望遠鏡を覗きながらイージスが言った。

「ツッチーさん、頑張れ!」

 同僚の者と思われる声援が聴こえた。

 武将ツッチーとオークのデルパスタンは向かい合うと馬腹を蹴って衝突した。

 槍同士が交錯し、風切り音と、鉄のぶつかる音色を上げる。

 両者は絡みつく様に攻め合った。

 槍同士が幾度もぶつかりあった。

 と、ツッチーの一撃がオークの槍を高らかに弾き飛ばした。

 そして次の瞬間にはオークの首は胴から離れ、ツッチーの懐に落ちた。

「敵将討ち取ったり!」

「でかしたぞ、ツッチー! それ、見たことか! オークなんぞ蹴散らせ、攻撃開始せよ!」

 興奮気味のエーラン将軍の指示で部隊は動いた。隊列は変わっていて神官戦士部隊は後方に下げられていた。

 騎兵が馬蹄を響かせ突撃を開始する。

 敵側も肉食馬に跨ったオーク達が駆け迎え撃つ。そして衝突した。

 ダンカン達は右翼の歩兵部隊にいた。指揮する中隊長はオザード・キーボトスという傭兵上がりの古強者だった。黒剣のオザードとも呼ばれていた。バルバトス・ノヴァーと共にヴァンパイアロードとの戦いにも参戦していたらしい。

「俺達も突撃しろ!」

 オザードの声が上がり、ダンカン達は駆けた。先を行く兵達の頭の間から、こちら目掛けて突進してくるオークの軍勢の姿が見えた。

 列の前衛がぶつかるころには各所から剣戟、刀槍、罵声に悲鳴、馬蹄にいななき、叱咤激励、戦場のあらゆる音が一面を支配していた。

 オークの軍勢はやはり精強だった。次々前衛の兵達を斬り捨て、突き進んでくる。踏ん張っているのはミノタウロスにトロール、オーガー達だけだった。

「腕が鳴る」

 オーガーの部下バルドが、両手にそれぞれ持った手斧を擦り合わせ武者震いしていた。

「よ、よし、俺だってやってやる!」

 そう意気込んだのは若いフリットだった。

「フリットちゃん、へっぴり腰でやんすよ」

 ゴブリンのゲゴンガが言った。

「そ、そんなことはない!」

 フリットが上ずった声で言い返した。

「いたずらに命を散らすなよ皆! 俺達は隊なんだ。協力して敵へ当たるんだ! 例えオークが高尚な武人気質だろうと、敵に合わせて一対一でやる必要は無い。我らには我らのやり方がある! 良いな、それを忘れるな!?」

 ダンカンが言うと四人それぞれの返事が応じた。

「それかかれっ!」

 左手から分隊長の声が上がり、それがダンカン隊の決戦の合図ともなった。

 肉壁を突き破ったオークとダンカン隊は剣を交えた。

 イージスとゲゴンガが組み、バルドとフリットが協力してそれぞれオークを迎え撃った。

「おのれ、貴様が分隊長だな!? 貴様の隊は一対一の決戦が出来ぬのか!?」

 弓を持つことも嫌うオークらしい言葉だった。

 ダンカンはオークの分隊長と剣を交えた。

「清廉潔白も良いが、それも生き残ってこそだ!」

 ダンカンは愛剣カンダタを振るいオークの分隊長と激闘を繰り広げていた。

 ダンカンの目にバルドがオークを圧倒し、フリットがその首を横合いから刎ねたのが映った。

 フリットは臆病なところもあるかもしれないが、それでも成り上がって来た兵士だ。身体つきだって膂力だっていっぱしの戦士である。それが証明された瞬間を見てダンカンは笑みを浮かべた。

「何を笑っとるかぁっ!」

 オークの鋭い突きの連続を避け、懐に飛び込んだ。

「おっ!?」

 驚愕の顔のままオークの首は胴から離れ宙を舞った。

 ダンカンは荒い呼吸をしながら戦場へ目を向ける。

 ダンカン隊は隊長の指示を守り、多対一という少々卑怯だが、その戦法でオークを囲んで次々葬っていた。ダンカン隊の手際の良さを見て他の分隊長も叱咤していた。

「よし、みんな、良いぞ!」

 ダンカンは戦場に響くあらゆる音に負けじと声を上げて部下達を労い合流した。

「隊長、初、首級です! 雑兵のですがね。毎日調練してきて本当に良かった!」

 フリットが興奮気味にあるいは感慨深く言った。

「そうだな、よくやった。だが、忘れるな、戦場では気を抜いた者から死んでゆく!」

 ダンカンは飛び出した。そして新手のオークと剣を交えた。

「隊長!」

 他の四人がたちまちオークを取り囲み刃を振るい、バルドが首級を上げた。

 隊が自分一人を残して全滅し苦戦しているトロールの姿があった。二対一だ。ダンカンが隊を率いて助けに赴こうとしたところを、同じく一人となったのか、ミノタウロスが助勢に入った。

「敵の陣形は崩れかかっておる! 今こそ突撃じゃあっ!」

 小隊長ジェイバーの声が轟く。ダンカン隊を追い抜いて、まだ土ほこりに塗れていない後続の味方の歩兵隊が駆けて行く。

 トロールとミノタウロスが連携して勝利したのを見届けるとダンカンも声を上げた。あれなら二人でも人間五人分の以上の働きはできるだろう。

「我々も続くぞ!」

 大地が鳴動する中、ダンカン隊の四人の声がはっきりと返って来た。

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