分隊長ダンカン -生真面目な分隊長物語-
Lance
一
この世は光と闇に分かれていた。光と闇は相容れぬ存在。故に対峙し討滅すべし。
このヴァンピーア城は数十年前に闇の種族ヴァンパイアロードから奪い取ったものだった。今では光と闇を隔てる前線基地と化している。
太守は傭兵中隊長上がりの英雄、バルバトス・ノヴァーだった。
年はダンカンよりも上、齢五十を過ぎただろうか。しかしその容貌は未だに若々しく映り、ダンカン始め、兵士に民衆に絶大なる安心感を与えていた。そこにいるだけで誰もが鼓舞される。そんな気分にさせてくれる勇者だった。
ダンカンは自分よりも十歳近く年上のこの太守を敬愛していた。
二
昼。まだ空が明るいというのに、敵が動き出していた。
「敵襲! 敵襲!」
その声と共にけたたましく鐘の音色が鳴り響く。
闇の勢力は主に夜にこそ活発に動き出していた。夜目が効くという利点もある。だが、光の勢力にも夜目に長けた種族が次々参入していた。もともといたエルフにドワーフ、リザードマンに加わり、魔物と呼ばれ長らく敵対してきたゴブリン、トロール、オーガー、そしてミノタウロスにその他言葉が通じるものは諸々、光の勢力の一員として手を組み理解を深め、敬い合っていた。
魔物と呼ばれた彼らとこうして共に肩を並べ合えるのは、王宮の外交官、通称平和の使者シルヴァンスという者の活躍で、ダンカンは彼、あるいは彼女に感謝していた。かつて魔物と呼ばれていた者達は、勇猛で、そして純朴。つまり命知らずと正直者ばかりだった。時に扱いが難しい時もあるが、彼らの力と彼らへの信頼は絶大だった。
「分隊長、先に行ってますよ!」
城壁で西に広がる樹海からアリの群れのように広がり迫る敵勢を見ていると、部下のノッポの副官イージスがそう声を掛けて階段を駆け下りて行った。
「どれ、いっちょやるか」
ダンカンも、気合を入れ手に提げていた兜を被り、他の兵士同様、急ぎ足で階下を目指した。
三
光と闇は戦列を整え間を取って対峙した。
敵の前衛はオークだった。武勇に優れ、敵ながら清廉潔白な種族だ。こちらの魔物と呼ばれていた者達に似た性格をしている。その後方は恐らく長弓を手にしているダークエルフだろう。乱戦になれば、彼らは僅かな陰からでも百発百中の腕前を見せてくれる恐ろしい敵だ。
そして魔族という種族がいるが、こちらでいう人間のようなものだが、再生能力を持っている。腕を失っても生えてくる。ただし慌てることはない。再生には時間を要する。それに心臓を刺せば死ぬし、首を落としても死ぬ。
すると敵の真ん中の辺りから騎馬が駆け出て来た。
長槍を旋回させ、肉食馬に跨ったオークが吼えた。
「聴け、このオークが将、デルプスタンの一騎討ちの相手を務める者はいないか!?」
オークの声を受け、ヴァンピーアの軍勢は静まり返っていた。
総大将は中央から派遣されてきた将軍だが、その将軍が声を上げた。
「誰ぞ、彼奴の首を取ろうという者はおらんのか!?」
「またエルド・グラビス殿辺りが出るでしょうかね?」
ダンカンの隣で配下のイージスがそう囁いてきた。ダンカンもそう思っていた。勇者バルバトスに比肩する膂力と胆力、魅力を持つのが、東方の領主ソウ・レイムが派遣してきたバルケルの武将エルド・グラビスだった。本来は神官で、教会に認められ、神器、飛翼の爪という大剣を手にしている。オークと一対一で互角にやれる相手といえば彼位の者だろう。トロールやオーガー、ミノタウロスを未だに将に昇格させないなら尚更だ。
「ん? 誰か出てったでやんすよ」
配下のゴブリンのゲゴンガが言った。
「このツッチー、若輩ながら御相手つかまつる!」
馬蹄と共にまだ若々しい吼え声が轟いた。
「ツッチーさん、頑張れ!」
おそらく武将ツッチーの同僚と思われる者の声が聴こえた。
「あの旗印はイージアのものですね。しかし、何だありゃ、家紋が猫ですよ」
携帯型望遠レンズを覗きつつイージスが素っ頓狂な声を出した。
武将ツッチーとオークは馬上で槍で打ち合った。
武功欲しさに、また若い命が散ってゆくか。
ダンカンがそう思いながら一騎討ちの様子を見ていた時だった。
武将ツッチーの華麗なる槍の捌きの前にオークがジリジリ後退し、やがて旋回する槍がオークの胴を貫いた。
武将ツッチーが槍を引き抜き掲げた。オークの将が落馬する。
「敵将討ち取ったり!」
予期せぬ勝利だった。
「よ、よし! 突撃だ、突撃せよ!」
総大将の将軍の声が轟き、大隊長、中隊長、小隊長、と声が続き、分隊長ダンカンも声を上げた。
「突撃だ!」
頭上を矢が飛び交う。そして両軍の前衛はぶつかり合っていた。
罵声が、悲鳴が、交わる剣戟の音に紛れて続々と流れてくる。
オークが槍を振るい、次々こちらの肉壁を喰い散らかすようにして進んで来る。
早くも乱戦になった。
「皆、離れるなよ!」
ダンカンはそう呼ぶと、応じる四つの声が上がった。
人間のイージスに、フリット、ゴブリンのゲゴンガ、オーガーのバルドの声だ。
「分隊長、先陣は俺がやる!」
有無を言わさずオーガーのバルドがたてがみを振り乱し両手にそれぞれ持った斧の二刀流でオークに襲い掛かった。
オーガーは強い、戦闘民族だ。平和の使者シルヴァンスもオーガーを説得するには手を焼いたことだろう。
同じく戦闘民族のオークと互角に渡り合っている。
「分隊長、加勢に出ます!」
齢十九という若々しくも実戦経験の乏しいフリットが嬉々としてオークの脇から迫ったが、オークは長槍を振るい、オーガーのバルドと若いフリットを近づけさせなかった。
と、そこで一つの矢が飛び、オークの首に突き立った。
「やったでやんす」
声の主はゴブリンのゲゴンガだった。クロスボウを構えていた。
オークは首元を抑え、片膝をついた。そこをオーガーのバルドが斧を振り下ろし、首を分断した。
「一番槍はオイラでやんすよ!」
ゴブリンのゲゴンガが主張するとオーガーのバルドは意外に物わかり良く頷いて、血に濡れた矢を返した。
一つの分隊を壊滅させたオークがこちらを見付けた。
「次は貴様らの首を我が主と、主神に捧げてくれるわ!」
オークの分隊が槍を振り回し迫って来た。
「みんな、やられるなよ!」
ダンカンは心からそう告げると、敵部隊と衝突した。フリットとゴブリンのゲゴンガが心配だったが、面倒を見ている暇は無かった。愛用して来た長剣カンダタを振るい、こちらを貫かんとする槍先とぶつかり合った。
「うわっ!?」
突如見知った声が上がり、思わずダンカンはそちらを見た。
フリットが尻餅を着いている。手に長剣は無く、短剣を引き抜いてオークの凶刃を防いでいた。
「フリット、今行くぞ!」
そうは言いながらもダンカンの相手をするオークがそれを許さない。
「きゃああっ、いやああっ! 分隊長! 助けて下さい!」
女の悲鳴に似たフリットの声が聴こえる。
「分かっている、少し待ってろ!」
ダンカンは長剣を振り回し、敵を威嚇した。と、横合いから何者かが現れ、オークの首を一撃で刎ねた。血煙が上がる胴体が倒れるのを見届けると、その戦士は言った。
「ダンカン、部下の窮地だぞ!」
全身甲冑姿で兜にはバイザーが下ろされている。だが、その声をダンカンは知っていた。
「太守殿、またお戯れですか?」
ダンカンは呆れながら言った。太守バルバトス・ノヴァーは中央からの言いつけで戦場へ出ることを禁じられていた。彼がいなくなれば民衆も残された兵も不安がるし、年も年だと判断されたためだ。言わば今はカリスマ性を生かしただけのただのお飾りである。その姿を拝みに、あるいは憧れて兵に志願する者、傭兵となる者が後を絶たない。そのため中央から派遣された将軍が指揮を取っているのだ。
「さぁ、行ってやれダンカン!」
そう促されダンカンは駆けた。そしてフリットの命を狙おうとする凶刃とぶつかりあった。
と、長剣を拾い上げたフリットが横からオークの首目掛けて切っ先を突き出した。
「ぐおっ!?」
オークが呻き声を上げるが、突き刺さった剣を奪い取り、放り捨てた。
「その程度の力では俺は斃せんぞ」
オークが吼える。
「ひいっ、た、隊長!」
再び心許ない短剣を手にし、フリットがこちらの背中に隠れる。
「下がっていろ」
ダンカンとオークは剣と槍とをぶつけ合った。何度ぶつけ合っても分かることがある。オークは自分よりも強いということだ。不意にオークの背後にオーガーのバルドが現れ、その頭に斧を振り下ろした。
オークは脳漿と血を飛散させその海に沈んでいった。
「隊長、大丈夫か?」
皮鎧を血塗れにさせたオーガーのバルドが言った。
「バルド、すまんな」
そして戦場を見る。
ゴブリンのゲゴンガが、自分の倍はあるオークに取り付き、首元に短剣を突き刺した。
副官のイージスはオークと同等の戦いを繰り広げていたが、ゴブリンのゲゴンガがクロスボウで敵の顔面に矢を放った。
それをオークは長剣で叩き落すが、その一瞬が仇となった。イージスの両手剣が旋回しオークの首を刎ねていた。
「ふぅ、剣はいつでも磨いておくに限るな。すまんな、ゲゴンガ、助かったよ」
イージスが述べるとゲゴンガは飛び跳ねて笑った。彼の嬉しい時の癖だ。その度に長い毛むくじゃらがふわりふわりと風に舞う。
「分隊長、次はどこを襲うんです!?」
長剣を取り戻したフリットが、先程の青い表情とは裏腹に顔を輝かせて尋ねた。ダンカンは呆れつつも戦場を見渡した。
どこでも戦端は開かれている。その中で手持無沙汰のオーク達と目と目が合った。オークの分隊が咆哮を上げ再び襲い掛かって来た。
「あれが次の敵だ。皆、覚悟は良いな!」
「おおっ!」
ダンカンの分隊は敵のオークの分隊と再びぶつかり合った。
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