61.マチ(3)
車両内にアナウンスが流れ、新幹線が熊谷駅に停車した。
「誠、さん?」
マチが不思議そうな顔をした。
スマホの画面を凝視していた加賀瑞樹は、顔を上げてマチを見た。
「えーっと、誠さんじゃなくて、フォーマルハウトか。このエージェントの名前」
中沢美亜からフォーマルハウトを殺したという話を聞かされていたが、自分の目で見たわけではない。
もし、この映像が本物だとすれば、まだフォーマルハウトは生きている?
「瑞樹、民間人なのに詳しいね」
感心した様子のマチが言った。
「でも、このエージェントはフォーマルハウトじゃないよ。名前は、リゲル」
「リゲル?」
「フォーマルハウトと見た目がそっくりなのは、双子の兄弟だからなんだって。リゲルの方がお兄さん」
「へぇ、なるほど。マチこそ、よく知ってるね」
「来る前に軍のエージェントに関する極秘資料を読んできたからね」
マチが笑顔でブイサインをする。
「心配しなくて大丈夫。フォーマルハウトはアルファレオニスによって破壊されたって、書いてあったよ」
「もう、極東軍に知られてるのか」
加賀瑞樹は、とどめを刺したのは美亜さんらしいけど、と心の中で付け加えた。
「国家機関の情報収集力は、だてじゃない。それもあって、瑞樹に協力を依頼したわけ」
「ふーん」
加賀瑞樹は、なんとなくマチにだまされた気分になった。
☆
高崎駅で新幹線を降り、駅近くのビジネスホテルに入った。
今日はホテルに宿泊し、明日の朝に群馬基地に乗り込むのだ。
「わーい、旅行だ!」
部屋に入ると、スーツケースを置くなり、マチがベッドに飛び込んだ。
「だから、旅行じゃないって」
ドラムバッグを置いた加賀瑞樹は、隣のベッドに腰掛けた。
「そうだ。忘れないうちに、明日の作戦を伝えなきゃ」
起き上がったマチが加賀瑞樹を見る。
「あ、その前にウチのアビリティについて教えておいた方がいいよね」
「そうだね。マチの能力をちゃんと知っておかないと、連携が難しいしね」
「ウチが持っているのは『転送のアビリティ』。ビーチバレーの時に見せたように、触れた物を転送して瞬間移動させることができるんだ。もちろん、自分も瞬間移動できるんだけど、数秒間はエネルギーを貯めないといけないから、連続しては使えない。あとね、高速で移動している物は、転送のタイミングが間に合わなかったり、転送先の位置が大きくずれちゃうから使うのは難しいかも」
「どのくらい遠くまで、転送できる?」
「うーん。転送する物の重さと転送距離に比例して、エネルギーを使うんだよね」
マチが少し難し顔をした後、ベッドの枕元にあったクッションを拾い上げた。
「例えば、このクッションだったら、余裕で数百メートル以上は転送させられるよ。自分や他人を転送させるとなると、せいぜい10メートルってところかな」
「そっか。世界中どこでも一瞬で行けたらいいなと思ってたんだけど。さすがに、そこまで便利なわけじゃないんだな」
加賀瑞樹は頭をかいた。
「体力と精神力を鍛えれば転送距離は伸びるけど、外国までとかは絶対に無理! そこまで鍛えたら、ウチ、超マッチョになっちゃう」
マチが楽しそうに笑った。
加賀瑞樹も笑った。
落ち着いた後、ビーチバレー大会のことを思い出して尋ねた。
「あと、空中にしか転送できないんだよね?」
「うん。今のウチのレベルじゃ、もともと固体の物がある場所には転送できないんだ。転送先の空間にある物質を押しのけて、物を瞬間移動させるわけだから、相当なエネルギー必要だと思う。それこそ外国まで転送できるくらいのレベルになったら、大丈夫かもしれないけどね」
そのあと、加賀瑞樹はマチから明日の作戦を聞いた。
要点をまとめると、マチがおとりになり、加賀瑞樹の隠れている場所の近くまでリゲルをおびき寄せる。
そこで、マチが接近戦に持ち込み、リゲルの足を止める。
「止まれ」と合図を送ったら、加賀瑞樹がマチごと大鎌で斬りつけ、二人をアビリティで静止させる。エージェントの身体は、半分以上、機械で構成されているため、身体の動き自体を停止できるはず。
その後、マチにかかった静止のアビリティだけを解除して、離れた場所から、マチの銃を撃ち、リゲルを消滅させる。
「ね! 天才的な完璧な作戦でしょ!」
マチが自慢げな顔で胸を張った。
「いい作戦だとは思うけど。僕の危険は少ないし」
マチが加賀瑞樹の負担と危険を少なくしてくれていることは明白だった。厄介ごとに巻き込んでしまったことに多少は責任を感じているのだろう。
だが、これでいいのだろうか。
これで本当に上手くいくのだろうか。
「でも、もし失敗したらどうする?」
「ふふふ」
マチが不気味に笑った。
「よくぞ、訊いてくれました! もちろん、失敗したときの作戦『プランB』も考えてるよ。ウチ、天才ですから!」
「そうなの?」
「でも、その『プランB』は瑞樹との相性が重要。だから、ちょっとこの後、一緒にしよ」
なぜか少し恥ずかしそうな表情でマチが可愛らしく微笑んだ。
「え、何を?」
加賀瑞樹の心臓がドキっと鳴る。
「手をつなぐ練習」
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