60.マチ(2)
9月1日、晴天。
夏季休暇ということで、加賀瑞樹は明日から1週間、アルバイトの休みをもらうことになった。
ずっと大学は夏休みだったとは言え、毎日アルファレオニスの仕事をしていたので、完全なオフは久しぶりだ。
「加賀っち、機嫌がいいね」
伊達裕之が、鼻歌を歌いながらお茶をいれていた加賀瑞樹に言った。
「そりゃそうですよ。明日から1週間休みですからね」
加賀瑞樹は笑顔で答えた。自然と表情が緩んでしまうのが自分でもわかった。
「そうだよね。加賀っち、ずっと頑張ってくれてたから、来週はゆっくりと羽を伸ばしてね」
その時、来客を告げるインターホンが鳴った。
インターホンに出た伊達裕之が、すぐに加賀瑞樹を呼ぶ。
「加賀っちのお客さんだよ。田町さん」
「田町さん?」
その名前にピンと来ず、首を傾げた。
☆
それから、10分後。
加賀瑞樹は、アルファレオニスの近くのカフェにいた。
向かいの席には、私服姿の女子高生―――マチこと田町舞が座っていた。
女子高生の間で流行っているファッションで身を固めていたが、サイドテールにまとめた赤み掛かった髪との相性を意識しているのか、服の色合いは赤系統が多かった。
「加賀さん、急に呼び出しちゃってごめんなさい!」
あまり申し訳なく無さそうにマチが言った。
「別にいいけど、何で、オフィスじゃなくてカフェなの?」
「他の人に聞かれたら、非常にマズイ話でして」
マチが口元に人差し指を当てた。
「これから言うことは絶対に秘密にしてください」
「わかったよ」
勢いに押されて、加賀瑞樹はうなずいた。
「実は、加賀さんに協力してもらいたいお願いがあって」
真剣な表情のマチが身を乗り出して顔を近づけてくる。
「ウチと一緒に戦ってほしいんです」
「え? 戦う?」
予想外のお願いに加賀瑞樹の頭の中に、はてなマークが浮かぶ。
「そうっす。ウチと一緒にエージェントを倒しに行きましょう!」
マチが右手のこぶしを握った。
「エージェント!?」
島谷誠に大ケガを負わされた時の記憶がよみがえる。そして、島谷誠―――フォーマルハウトが死んだと、病院にお見舞いに来た中沢美亜から聞かされた時の記憶も。
「僕は、エージェントなんかと戦いたくないよ。命がいくらあっても足りないし」
加賀瑞樹は率直に述べた。
「申し訳ないけど、マチには協力できないな」
「ガーン」
マチがショックを受けた顔をしたが、すぐにニヤっとした。
「『ガーン』なんて、ウチが言うと思う?」
「もう言ってるじゃん」
「ガーン」
マチが両手で頭を抱えた。
「また、言ってしまったぁ。……じゃなかった」
我に返ったマチが続けた。
「残念ながら、加賀さんは私の協力を断ることができないっすよ」
「どうして?」
「それは、この協力依頼は極東軍からの強制的な命令だからっす。もし拒否したら、国家反逆罪。今ここで、ウチが加賀さんを逮捕しちゃうぞ」
マチが可愛い笑顔で怖いことを言った。
「そんな、卑怯な!」
加賀瑞樹は思わず声を上げた。
「卑怯でけっこう。こっちは加賀さんしかいないと思って、なりふり構わず頼んでるんです。あのビーチバレー大会で、ウチらを大差で破り、総帥たちとも引き分けた加賀さんの実力。ウチはマジで本気で尊敬してるんです!」
両手を握ったマチが目をうるませながら熱弁をふるう。
「もうウチには、加賀さんしか……。加賀さんしか頼れる人がいないっす」
「……うーん。わかった、協力するよ」
マチの熱意にほだされた加賀瑞樹は、渋々うなずいた。
「うしっ。計算通り!」
突然、マチがガッツポーズをした。
「おい、今までの演技だったのかよ?」
加賀瑞樹は冷たい視線を送った。
マチの目が泳いだ。
「いや、演技というか盛ったというか。でも、嘘は言ってないっすよ」
加賀瑞樹は、大きくため息をついた。
―――厄介なことに巻き込まれちゃったけど、逮捕されるよりかはマシか。
若くして犯罪者にはなりなくないという理由で、無理やりに自分を納得させた。
「そういえば、加賀さんのこと、下の名前で呼んでもいいっすか? 副総帥と被るんで」
マチが思い出したように言った。
「いいけど」
「やったぁ」
マチが喜びの声を上げた。
「じゃ、改めまして、よろしくね! 瑞樹」
「なぜに、ため口?」
加賀瑞樹は、思わずツッコミを入れた。
「だって、ウチら、もう仲良しじゃん。下の名前で呼び合うくらい」
「僕は呼んでないけど」
「あだ名で呼んでるんだから、同じようなもんだって」
マチがウインクした。
「というわけで、明日出発します! 朝10時に東京駅に集合ってことで」
「明日かい……」
それ以上、加賀瑞樹は反論することを諦め、うな垂れた。
「詳しくはメッセージ送るから、瑞樹のID教えて」
マチは立ち上がると、自信に満ち溢れた表情でスマホを水戸黄門の印籠のようにかざした。
☆
翌日。
加賀瑞樹はドバムバッグに荷物を詰め込み、伊達裕之に一人旅をすると言って家を出発してきた。
東京駅の八重洲口で、ピンクのスーツケースを引いてきた私服姿のマチと合流して、すぐに新幹線に乗った。
「瑞樹、なんか旅行みたいで楽しいね!」
隣の席に座っているマチがウキウキした様子で話しかけてきた。
「行先が地獄じゃなければ、楽しめるんだけどね」
加賀瑞樹は苦笑した。
「そういえば、こないだのビーチバレー大会の賞金って何に使ったの?」
マチが興味深々そうな顔で尋ねた。
「ああ、賞金はね、まだ振り込まれてない。今月の中旬に振り込まれるんだってさ。でも、今、そんなに買いたいものがないんだよなぁ」
「えー、嘘!? それなら、いくらでもウチが使ってあげるよ」
マチがニヤニヤと言った。
「でも、玲奈と相談して、賞金使ってアルファレオニスのみんなで旅行する計画を立ててる。あのビーチバレー大会以来、優理さんが元気なくってさ。気分転換にでもなったらいいなと思って」
加賀瑞樹は、最近ずっと考え事をしているような佐々木優理の様子を思い返し、改めて心配な気持ちになる。
「優理さん?」
「えーっと、ビーチバレー大会の時に、準決勝で叔父さん・姉さんペアと対戦した女の人だよ」
「あー、あの人かぁ」
マチがスッキリした顔をする。
加賀瑞樹は、そろそろ本題に入ろうと思い、一度咳払いをした。
「マチ。エージェントとの戦いに行く前に、まずは相手の情報を知りたいんだけど。詳しく教えてくれないか?」
「わかった。知っていること話すね」
マチの話を要約すると次のようなことだった。
8月13日。ビーチバレー大会が行われた日の昼に、極東軍の第12旅団が駐屯する群馬基地に、突然、ひとりのエージェントが現れた。
一瞬にして、応戦した一般兵士の大半がやられた。戦車などの兵器でも全く歯が立たず、幹部2名が直接戦いを挑んだが、あっさりと殺されてしまった。
極東軍では、幹部に昇格するとアビリティシリンジを使って誰もがACCになるため、幹部は全員アビリティを使える。それでも全く歯が立たなかったのだ。
その2日後に、金城龍は幹部4名を群馬基地に送り込んだが、全員死亡。
さらに1週間後、金城龍は幹部の序列第4位である『業火のアビリティ』保持者の
極東軍の幹部の中でも最強クラスの攻撃力を持つと言われていた幕別がエージェントと戦った。善戦したが、結局勝てないと判断し、最後は相打ち狙いの自爆により死亡した。だが、それでもエージェントは倒せなかった。
それにより、極東軍に在籍している幹部25名のうち、7名が殺されるという前代未聞の大惨事になってしまった。
ちなみに、極東軍の幹部には、総帥と副総帥を除いて序列が付けられている。金城龍が評価して序列を決めているため、必ずしも正確なではないそうだが、ほぼ戦闘の強い順になっている。
現時点での序列第1位は、秦野亜梨紗。
それを聞いた加賀瑞樹は、跳び上がるほど驚いた。
山下拓の昔の恋人である。
加賀瑞樹自身も、北海道で直接会ったことがあった。
序列第2位は、山田ジロー。
そして、マチは、今まで第13位だったが、今回の事件で第10位に繰り上がった。
「というわけで、今度は、ウチがエージェント討伐を命令されたの」
マチが真剣な表情で言った。
「群馬基地の監視カメラに写ってたエージェントの映像があるんだけど、見る?」
「うん、顔覚えておきたいし。見せて」
「えーっと。これ」
マチが取り出したスマホを操作して動画を再生してから、加賀瑞樹に渡した。
加賀瑞樹は、画面に映っていた人影に見覚えがあった。
人物がアップになった映像には、死んだはずの島谷誠の姿が映っていた。
「なんで、誠さんが?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます