第6章 マチ
59.マチ(1)
刺しゅうの入ったじゅうたんが一面に敷かれたおごそかな極東軍総帥の部屋。
立派な執務テーブルの後ろには、金色の細工で縁取られた大きな赤い椅子があった。その両脇を固めるように日本の国旗と極東軍の旗が立つ。
部屋の中央に設置されている2台のソファーに、白い軍服姿の金城龍と、同じく白の軍服を着た秦野亜梨紗が向かい合わせで座っていた。
「タイムリミットまで、なんとか間に合いそうね」
秦野亜梨紗が銀色の髪を右手で耳にかけた。
長いストレートの髪がサラサラと揺れる。
「亜梨紗の協力のおかげだ」
金色の短髪が対照的な金城龍が背もたれに両腕を掛けながら、ぶっきらぼうに答えた。
「そりゃそうよ。普通、こんな短い期間じゃ、タワー建設もロケット打ち上げも実現不可能。どれだけ連邦の技術を横流ししてあげてると思ってるの? もっと感謝してくれないと」
細く美しい曲線を描く脚を組みなおし、深く後ろにもたれる。
「ふっ、それはありがたいとは思っているさ」
金城龍が上体を起こし、口元だけ笑った。
「だが、少しは逆に感謝してもらいたいものだな。こちらは、大人しくお前の手のひらの上で踊ってやってるんだ」
「ほんと、食えない男」
「お前ほどじゃない」
「ふふっ。今は、アナタと私の目的が同じなんだから、仲良くしましょ」
秦野亜梨紗が微笑んだ後、真面目な顔になると尋ねた。
「それはそうと、
極東軍の群馬基地がエージェントによって壊滅してから、もう2週間以上経っていた。
エージェントの襲撃を受け、群馬基地に駐屯していた一般兵士2000名のほとんどが死傷。基地の指揮をとっていた極東軍幹部のACC2名も殺された。
その後2回、幹部をエージェント討伐に向かわせたが、どちらも全滅してしまった。
「正直、ヤツを少し甘く見ていた。本当は俺か菜月が行ければ良いのだが、俺は今ここを離れられない。菜月も最後の打ち上げが終わるまで、種子島にいてもらわないといけないしな」
「じゃあ、このまま野放しにしておくってこと?」
呆れたような表情で秦野亜梨紗が訊いた。
「我々にとっての最悪のシナリオは、ヤツにタワーの完成を邪魔されることだ。例え倒せなくても、群馬からは出させるわけにはいかない。だから、今から次の手を打つ」
金城龍は、部屋の入口の方に目をやった。
「そろそろ、来る頃だ」
すると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「入れ」
ゆっくりと大きな木製の扉が開くと、緊張した面持ちのマチが恐る恐る入ってきた。
「失礼します」
マチが一礼する。
「マチ、こっちに来て亜梨紗の隣に座れ」
「はい! 失礼します!」
固い動きでソファーまで歩いてくると、秦野亜梨紗の横に、ちょこんと遠慮がちに座った。
「緊張しちゃって、カワイイわね」
食べちゃいたいと言わんばかりに秦野亜梨紗が、舌なめずりをした。
「秦野さん、からかわないでくださいよ」
マチの顔が赤くなる。
「さて、本題だが」
金城龍はマチの顔を見る。
「マチ、お前にエージェント討伐を命じる。群馬基地を占拠しているエージェントを速やかに排除せよ」
「はい!」
すくっと立ち上がったマチが敬礼した。
「承知しました!」
「今は部屋に亜梨紗と俺しかいない。そんなに改まらないで座ったままでいい」
金城龍は腰掛けるように促した。
「そ、それじゃあ失礼して」
マチが高級なソファーを気にしながら再び腰掛けると、顔を上げて尋ねた。
「質問いいですか?」
「なんだ?」
「ウチ以外のメンバーは?」
「お前以外に軍のメンバーはいない。これは、お前のミッションだ。知っての通り、群馬基地の壊滅が表沙汰になってから、機に乗じようと日本の各地で我が軍に対する反乱が発生している。その鎮圧のために幹部メンバーのほとんどが地方で戦闘中だ。今、自由に動けるのはマチしかいないからな」
「それ、マジで本気っすか?」
マチが目を白黒させた。
「群馬基地の幹部2人、後から討伐に行った幹部5人。合わせてACC7人を殺したエージェントなんですよ! ウチひとりで倒すなんて無理っすよ」
「マチ。総帥は、アナタ『ひとり』で、とは言っていないわ」
秦野亜梨紗が口をはさんだ。
「そうだ。軍からは人を出せないが、民間の力は借りてもよい。その代わり、軍事機密を漏らさないように人数は最小限にして、口止めはしておけ」
金城龍はソファーから立ち上がり、執務テーブルに向かった。
そして、引き出しからハンドガンにしては大型の銃を取り出した。
「持っていけ」
金城龍は、黒くてゴツゴツしたハンドガンをマチに投げて渡す。
「これは?」
両手でキャッチしたマチが訊いた。
「特殊な銃だ。弾丸が当たった場所の周囲数十センチの空間を消滅させる。巻き込まれると死ぬから、至近距離では絶対に撃つな。あと、弾丸は6発しかないから、大事に使えよ」
「あ、ありがとうございます」
マチが銃を抱えたまま頭を下げた。
「マチなら、絶対に勝てると信じている。頼んだぞ」
金城龍は執務用の赤い椅子に座った。
「要件は以上だ。もう行っていいぞ」
「はい!」
マチは敬礼してから、「失礼しました」と言って部屋を出て行った。
扉が閉まったのを確認した秦野亜梨紗が口を開いた。
「あの子だけで、大丈夫かしら?」
「残念ながら、今は他に動ける幹部がいないんだ。今はマチを信じるほかあるまい。もちろん、保険はかけておく」
「保険ねぇ」
秦野亜梨紗がいぶかしげに言った。
「それにしても、まさか、マイクロブラックホールを生み出す、グラビティガンを渡すとは思わなったわ」
「これ以上、戦力を失うわけにはいかないからな」
金城龍は引き出しから取り出した業務書類を読み始めながら答えた。
「でも、オーバーテクノロジーの武器を使うのは、連邦条約違反に該当するわよ」
「笑わせるな。連邦に加盟していない我々は条約を守る義務はない」
「そうね。だからこそ、私に頼らざるを得ないんだものね」
ソファーから立ち上がった秦野亜梨紗が部屋の出口に向かった。
「そしたら、私は、これで失礼するわ」
秦野亜梨紗が部屋から出て行った後、金城龍は吐き捨てるように呟いた。
「ちっ、連邦の魔女が」
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