51.砂浜の戦い(2)

「お、加賀たちとは別のブロックだな」

 小泉玲奈から渡されたトーナメント表を見ながら、山下拓が言った。


「そうなんです。それぞれ勝ち残って決勝戦で戦いましょ!」

 いつも以上に元気な小泉玲奈がウインクした。


 今回の2人制ビーチバレー大会は、試合は2セット先取ではなく1セット先取で男女混合も可能という特別ルールだった。なお、1セットは21点を先に取った方が勝ちである。


 アルファレオニスからは、加賀瑞樹・小泉玲奈ペアと、山下拓・佐々木優理ペアが出場する。伊達裕之と木村小春は応援のみのため、大会の参加申し込みはしていなかった。


「決勝まで行かないと、姉さんとは当たらないのか」

 加賀瑞樹は、金城龍・加賀菜月のペアと別のブロックに入ってしまった自分の運の悪さを呪った。

 そして、同じブロックには、中沢美亜・赤西竜也ペアと山田ジロー・田町舞ペアの名前もあった。


「大丈夫! 瑞樹と私なら、きっと優勝狙えるよ」

 隣に来た小泉玲奈が首に腕を回して肩を組むと、顔を近づけニコっと笑いかける。


 小さすぎない適度な大きさの胸が加賀瑞樹の腕の付け根に当たり、張りのある感触が水着越しに伝わってきた。

 思わず顔が熱くなる。


「玲奈は、どうしてそんなに自信があるんだよ」

 加賀瑞樹は、そっぽを向きながら恥ずかしさを隠した。


「それは、私が瑞樹と私を信じているから。だって、自分が自分たちを信じなかったら、他に誰が信じてくれるの?」


「そりゃ、そうだけどさ」

 自信に満ちた回答に、加賀瑞樹は反論ができなかった。


「ま、さっき私が教えた作戦通りにやれば大丈夫なはずだから。頑張ろうね」

 腕を離した小泉玲奈が正面に立ち、微笑みながら手を差し出した。


「わかったよ。頑張ろう」

 加賀瑞樹は、その手をぎゅっと握った。


 ちょうどその時、砂浜全体に放送が流れた。

「これから極東軍神奈川支部主催、ビーチバレー大会を開始いたします。出場される選手の皆様は、センターコート前に集合ください」


「瑞樹、行こ!」

 小泉玲奈が握った手をそのまま引くようにして駆け出した。


 ☆


 大会が始まると、数面のバレーコートを使って同時並行で試合が進められた。

 アルファレオニスの両方のペアとも、アビリティの使えない一般人や極東軍の兵士を相手に順調に勝ち上がり、ベスト4に残った。


「次の準決勝の相手は……、美亜さん・赤西さんペアと、山田・田町ペアの勝った方かぁ。どっちが来ても強そうだなぁ」

 加賀瑞樹はトーナメント表を見ながら苦い顔をした。


「美亜さんたちの準々決勝、今から始まるみたいだから見に行こうよ」

 小泉玲奈が隣のコートを指差した。


 ☆


 裸足で立つ砂浜。

 中沢美亜、赤西竜也。対面には、山田ジロー、田町舞。

 水着の4人は、ネットをはさんで向かい合った。


「山田、また俺にボコられに来たのか?」

 赤西竜也が見下すように正面の山田をにらむ。


「弱い犬ほどよく吠える」

 山田がニヤっと笑って両方の手のひらを上に向けた。

「加賀くんがいなかったら、キミは何もできなかったでしょ」


「んだと、こら!」

 赤西竜也が眉間にシワを寄せる。


「赤西、挑発に乗るな」

 中沢美亜は冷静な口調で言った。

「相手はACCだ。アビリティを使ってくる。油断するな」


「室長、わかってますって」

 赤西竜也が真剣な表情に戻る。


 そして、審判が声を上げた。

「それでは、試合を始めます」


 最初のサーブは赤西竜也からだった。

 審判の笛が鳴った。


 トスを大きく上げると、前方に走りながら高く跳ぶ。

「俺のサーブを受けてみろ。受けられるもんならな!」


 右腕が空気を切り裂く。

 ネットよりも高い打点から弾丸のようなジャンピングサーブが放たれた。


 次の瞬間、コートの隅に突き刺さる。

 エンドラインのラインテープの下の砂が、ボールの形にへこんでいた。


「っしゃあ!」

 得点を告げる審判の笛と同時に、赤西竜也がガッツポーズを取り、全身で喜びを表現する。


 中沢美亜は「よくやった」と声をかけ、赤西竜也とハイタッチを交わす。準々決勝ともなると、手を合わせる位置もタイミングも慣れたものだった。


「山田さん、あの人、なかなかの運動神経っすね」

 エンドラインに近い位置にいたマチが感心したように言った。


「だが、キミほどじゃない。マチ」

 山田が冷静な声で答えた。

「それよりも、ACCの女の方が要注意だよ」


「次も、もらうぜ」

 赤西竜也が再び、ジャンプサーブを打つ。


 そのボールも逆サイドのエンドラインぎりぎりに決まった。


「っしゃあ!」

 赤西竜也と中沢美亜のハイタッチの音が響いた。


「これで、だいたいわかりました。次からレシーブしていいっすか?」

 マチがキャップのツバに右手をそえながら訊く。


「オーケー」

 山田が振り向かず答えた。


 審判の笛が鳴る。

 助走をつけた赤西竜也が、みたびジャンプサーブを放った。


 エンドラインめがけて弾丸のように打ち下ろされたボールだったが、落下点にはマチが待っていた。

 綺麗なフォームのアンダーレシーブで難なくボールを返す。


「氷結のアビリティ発動!」

 山田の全身が水色の光に包まれ、周囲に冷気が吹く。

 その状態でアンダーでトスを上げた。


 水色に輝いたボールが舞い上がる空中には、すでにマチがいた。

 ボールが最高地点に上がり切る前に、右手で打ち下ろす。


「クイックだと?」

 相手の素早い攻撃に、赤西竜也が驚きの声を上げた。


「案ずるな」

 すでに先見のアビリティを発動していた中沢美亜には、マチがクイックを使うことも、そのあとスパイクを打ち込むコースも全てわかっていた。アビリティにより、未来が見えていたのだった。


 厳しいコースを予知していた中沢美亜は、ボールも見ずに落下点に走り込むと、振り向きざまにレシーブを返した。


「へぇ、やるねぇ」

 着地したマチが感嘆した。


「だが、ここまでだ」

 山田がニヤっと笑う。右手を前に向け、開いていた手のひらを握った。

「凍りつけ、赤西」


 赤西竜也がアンダートスを上げようとして、ボールが腕に触れた瞬間だった。

 ボールをおおっていた水色の光が突然凍りだし、赤西竜也の腕にボールがくっついた。すると、氷が腕まで広がり始める。


「うお、冷てぇ!」

 慌てて赤西竜也がボールを払うと、凍ったボールが地面に落ちた。


 得点が入ったことを知らせる審判の笛が響いた。


「やったね!」

ネットの向こうで嬉しそうなマチが山田とハイタッチをしていた。


「大丈夫か?」

 中沢美亜は心配して声をかけた。


「腕の方は。でも、せっかく室長が拾ってくれたボールを落としちまって、すいません」

 赤西竜也が申し訳なさそうに謝った。


「謝らなくていい。問題はこれからだ」

 中沢美亜は、エンドラインの向こう側―――サービスゾーンに目をやった。そこには、ボールを人差し指の上で回している山田の姿があった。


 ―――2対1。まだリードしている。だが……。


 笛と同時に、全身が水色に輝く山田がジャンプサーブを放った。


 オーラをまとったボールが赤西竜也の真正面に飛んでくる。

 絶好球をレシーブようとしたが、またしても腕に当たった瞬間、腕ごとボールが凍りついた。


「くっ、落としてたまるか」

 赤西竜也がボールを腕から落とさないで冷たさを必死にこらえていたが、無情にも笛が鳴る。


 ボールをホールドしてしまった赤西竜也に対して反則が取られた。山田・田町ペアに得点が入り、2対2の同点となる。


「くそっ。どうすりゃいいんだ?」

 赤西竜也が霜の降りた腕を温めながら嘆いた。


「私がレシーブする。赤西、あれをやるぞ」

 中沢美亜はアイコンタクトを送った。


 次も山田のジャンプサーブだった。

 赤西竜也をめがけて水色の光を放つボールが矢のように迫る。


 中沢美亜は全身に紫色のオーラをまといながらボールを見ずに走り、赤西竜也が立っていた場所と入れ替わる。

 そして、凍り始めたボールを振り向きざまにレシーブした。

 紫色のオーラにおおわれていた中沢美亜の両腕は凍ることなく無傷だった。


「異なるアビリティ同士のエネルギーは反発する。腕にエネルギーの膜を張っておけば、何の問題もない」

 中沢美亜は空を見上げ、ネット上空に高く上がったボールと太陽の位置を確認した。全て予測通り。

「行け、赤西」


「おりゃあー!」

 ネット際で高く跳び上がった赤西竜也が、ボールに追いつき、ほぼ真下に叩き込んだ。


 凍ったボールが山田たち側のネット下の砂浜にめり込んだ。

 

「っしゃあー!」

 赤西竜也と中沢美亜は笛より早く叫び、ガッツポーズした。追いかけるように、得点を告げる笛が鳴った。


「あの角度のツーアタックじゃ、仕方ないねー」

 山田が右手で長い髪をかき上げた。


「いや、ツーアタックだけならウチは取れたんすよ。あの中沢って人、ボールが太陽の位置と重なるように計算してレシーブを返してたんです」

 マチが興奮気味に嬉しそうに答える。

「もしかしたら、ウチが本気で戦える相手かもしれない」


「そりゃ、無理だと思うけどねー」

 山田が苦笑した。

「マチのアビリティには、このビーチバレーでは誰も勝てない。絶対に」

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