36.奪還作戦(6)

 加賀瑞樹は、姉の言っていることが信じられなかった。


「僕が、邪魔だった?」


「そうよ。私は、ずっと復讐のために生きてきた。殺された両親のかたきを取ることだけを願って生きてきた」


「え、ちょっと待って。父さんも母さんも交通事故で死んだんじゃないの?」


 子供の頃に叔父からは、乗用車の運転中にトラックと衝突して亡くなったと聞いていた。


「それは、あなたを怖がらせないための嘘よ。本当は、父さんも母さんも殺されたの。だから、私は復讐を誓った」

 姉は、いつのまにか怒りと悲しみの混ざった表情に変わっていた。

「瑞樹がいなければ、私は真っすぐに進める。迷わないですむ。悩まないですむのよ!」


 その時、急に姉の言っていることが腹に落ちた。


 ―――そうか。僕の存在が、姉さんの復讐心を鈍らせていた。


 姉が目の前で立ち止まると、両手で剣を構え、大きく振りかぶった。


「そんな時に、総帥が教えてくれたの。全ての真実を。復讐すべき相手を……」


 姉が、剣を振り下ろそうとした瞬間、轟音とともに建物全体が大きく揺れた。


 地震だろうか。


 予期しない揺れで、一瞬、身体のバランスを崩した姉の足元がふらついた。


 その瞬間を見逃さなかった。


 加賀瑞樹は跳びかかり、姉の身体を押し倒した。

 同時に、最後の気力を振りしぼって、再び『静止のアビリティ』を発動させた。


 姉は、加賀瑞樹の身体の下で仰向けになったまま動かない。

 アビリティで軍服を静止させたのだ。


 しかし、加賀瑞樹も姉の『凝固のアビリティ』により、自分の身体が硬直していくのを感じた。

 じわじわと、冷やされて凍っていくようだ。


 ―――これが姉さんのアビリティ。なんて、冷たくて寂しい力なんだ。


 孤独。そんな言葉がしっくりくる。


 手足が冷たくなっていく。


「姉さん……」


 加賀瑞樹は、かろうじて動く口で声を出した。

「ずっと本当の姉さんのことを知ろうともしなくて、ごめん。……でも、それでも僕は姉さんが好きだよ」


 ―――やっと、逃げずに言えた。本当の気持ちを。


「……だって、たった一人の、僕の姉さんだもの」

 

 優しく微笑んだ加賀瑞樹の瞳からしずくがこぼれた。


 水滴は姉の首元に落ち、静かに首筋へと垂れる。

 その軌跡がキラリと光った。


「瑞樹……」

 姉がつややかな唇をゆっくりと動かした。


 すると、急に身体が軽くなり、手足の感覚が戻った。

 加賀瑞樹の身体の硬直が解けていた。


 ―――姉さんが、アビリティを解除してくれたのか?


 姉は両目を閉じていた。

 全身にまとっていたアビリティの光は消えている。


 加賀瑞樹の頭に、NT研究所でアビリティについての説明を受けた時の中沢美亜の言葉が浮かんだ。


『最後に、ひとつだけ伝えておく。アビリティは体力と精神力を大幅に消耗する。いざという時以外は、なるべく能力を発動させるな。いいな』


 姉は、どうやらアビリティの使い過ぎで体力と精神力を消耗し、意識を失ったようだった。


 つまり、中沢美亜、山下拓、赤西竜也の3人が姉と戦い、アビリティを使用させ続けていたことが、最後の最後で効いたのである。


 ―――みんなのおかげで、姉さんを止められた。


 加賀瑞樹が床に両手をつき、身体を横にスライドしてから上体を起こした。


 もう一度、姉の美しい顔を目に焼きつける。


「小僧、よくやってくれた」

 中沢美亜の声がした。


 見ると、硬直が取れた中沢美亜が、すぐそばに安堵の表情で立っていた。


「本当に、ありがとう」


 中沢美亜が手を差し伸べ、加賀瑞樹の手を握る。

 そして、優しく引き上げた。


「加賀、やるじゃねーか!」

 いつのまにか隣にいた赤西竜也が、加賀瑞樹の肩に腕をまわし、首をしめるように抱きしめた。

「やっぱ、お前はやる男だ!」


「痛い。赤西さん、痛いです」


「残念ながら、悠長に感傷に浸ってる場合じゃなさそうだぜ」

 山下拓が耳に当てていたスマホをポケットに戻しながら、厳しい表情で言った。

「今、ダテヒロから衛星回線で電話があった。自衛隊の第3航空団が極東軍の拠点を爆撃し始めたらしい。『今すぐ逃げろ』だとさ」


 その直後、また建物全体が揺れた。


 先ほどの揺れと同じような振動だ。しかも、爆発音が連続して聞こえる。


「たしかに、時間はなさそうだな」

 赤西竜也は加賀瑞樹を解放して、眼鏡の位置を直す。


 ―――そっか。姉さんと戦っていた時の揺れは、地震じゃなくて、自衛隊の爆撃だったのか。

 加賀瑞樹は服を整えながら思った。


「皆の衆、脱出するぞ!」

 中沢美亜の掛け声に対して、山下拓と加賀瑞樹と赤西竜也が「おう」「はい!」「了解」と返事をする。


 ☆


 中沢美亜を先頭にして4人は極東軍の本拠地を脱出した。


 加賀瑞樹は、最上階の部屋を出る時に、姉にかけたアビリティを解除しておいた。


 ―――次に会った時には、ありのままの姉さんと向き合おう。たとえ、また戦うことになったとしても。

 きっと、それが現実から目をそむけない、逃げないってことなんだよね?


 加賀瑞樹は、そう自分に言い聞かせていた。


 秦野亜梨紗との合流ポイントには黒いワゴン車が止まっていたが、誰も乗っていなかった。

 ドアのカギは開いており、車のキーがささった状態になっていたおかげで、すぐに発進できた。


 そして、検問所も自衛隊の爆撃により混乱しており、楽々と強行突破できたのだった。


 無事に石狩の港につくと、すぐに待機していた船に乗り込み、川崎のNT研究所を目指して出航した。


 ☆


 加賀瑞樹は船室に入ると、ベッドに倒れ込んだ。


 長い夜だった。


 色々なことがあり過ぎて、まだ頭も心も整理がつかない。

 

 ―――でも、ようやく帰れるんだ。


 ほっとした瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。

 船の規則正しい揺れが心地良く、急に睡魔に襲われる。


「お疲れさま」

 加賀瑞樹は、頑張った自分自身に言葉をかけ、静かに眠りについた。


 窓から朝日が差し込み、船室の壁が一面オレンジ色に染まっていた。


 ☆


 その翌々朝。


「えー!? なんで?」

 アルファレオニスのオフィスでテレビをつけた加賀瑞樹は、思わず絶叫した。


 テレビ画面には、加賀瑞樹の叔父―――極東軍の総帥である金城龍の姿が映っていた。

 字幕には『日本国初代総帥 金城龍』とある。


 アナウンサーのセリフを聞いていると、総帥就任式をニュース番組で生中継している、ということまでは理解できた。


 ―――でも、なぜ叔父さんが日本の総帥?

 極東軍は自衛隊の攻撃により崩壊したんじゃないのか?

 そもそも『日本国初代総帥』って、いったい何なんだ?


 加賀瑞樹は混乱して、頭を抱えた。


「おっはー」

 出社してきた佐々木優理が、どさっとソファーに腰を下ろし、バッグを置く。ブラウスの胸元が大きく開いており、相変わらずセクシーな格好だった。


 佐々木優理は、加賀瑞樹の様子を見て不思議そうな顔をした。

 そして、一瞬考えた後、納得した表情をした。


「そっか。かがは海の上にいたから、ニュース知らないのか」


 しばし、沈黙。


「え、ひとりで納得しないでくださいよ! いったい何が起きているんですか?」

 加賀瑞樹が必死に訊く。


 佐々木優理が脚を組みながら答えた。

「うーん、結局は、全て金城龍のシナリオ通りだったってことかな」


「ダテヒロさん!」

 佐々木優理を諦めた加賀瑞樹は、今度は伊達裕之に視線を送る。


「えーっとね、極東軍の北海道占領は陽動だったんだよ。本当の目的は日本の支配」


 伊達裕之の話によると、加賀瑞樹たちが極東軍の本拠地を脱出して北海道から出航した頃、日本の総理大臣、閣僚、そして、警察や自衛隊の幹部の自宅が一斉に極東軍に襲撃され、本人や家族が人質に取られたのだそうだ。


 つまり、極東軍が北海道を占領したのは、北海道の自治権を得るためではなく、日本政府の注意や自衛隊の軍事力を北海道に向けさせるためだったのだ。


 案の定、自衛隊の部隊の多くが北海道に集結していたため、本州の軍事力は半減。政府要人の警護もザルだったそうだ。


 そこからは展開が早かった。


 北海道の住民の犠牲は「仕方がない」と割り切っていた総理大臣や閣僚も、自分や家族の命となると、割り切れなかったらしい。

 数時間も経たずして、金城龍の要求をのんだ。

 その要求とは、金城龍が総帥として日本のトップに君臨すること。極東軍の幹部が国を支配すること。


 そして、本日、金城龍が日本国初代総帥に就任したというわけだ。


 佐々木優理は大きく伸びをした。

「さぁて、仕事する前にアイス食べよっと♪」

 ソファーから立ち上がると、キッチンの冷凍庫に向かったのだった。

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