24.送別会(2)

 伊達裕之が語ってくれた山下拓についての話は、こんな内容だった。


 山下拓は10歳の時、『7つの天災セブン・ディザスター』に巻き込まれた。


 両親と弟の家族4人で住んでいた札幌の街に、突如、フォーマルハウトという名前の『代理人エージェント』が現れ、一瞬にして街ごと壊滅させられてしまった。


 山下拓たちは郊外に住んでいたおかげで、かろうじて家族4人とも生き延び、被害の少ない山側に向かって逃げていた。


 山のふもとの小学校までたどり着き、ようやく助かったと安堵した瞬間だった。


 校庭の上空に飛んできたエージェントから、赤いビームのような閃光が砲弾のように降り注いだ。


 山下拓が気がついた時には、両親は子供たちをかばうように兄弟の上に覆いかぶさって息絶えていた。


 弟も「お兄ちゃん……。寒いよ……」と言い残し、すぐに息を引き取った。


 ☆


 伊達裕之は言葉を続けた。


「拓ちゃんはね、家族を助けられなかった弱い自分を許せなかったんだよ。その後、親戚の家に引き取られてから、キックボクシングを始めたんだ。もう二度と、大切な人を失わないように、自分が強くなろうと決心したらしいよ」


 青空を見上げながら話していた伊達裕之が、ちらっと加賀瑞樹を見た。


「そういえば、拓ちゃんが言ってたんだけど。加賀っちの、ちょっとドライなところが弟に似てるんだって。だから、ほうっておけなかったんじゃないかな」


 加賀瑞樹は、何と答えて良いかわからず、黙ったまま目をパチクリさせた。


 伊達裕之は「この話を小生から聞いたことは内緒だよ」と口元に人差し指を当てた。


 山下拓の過去を知って、驚いたというよりは納得した。腑に落ちた。


 命を懸けて自分を守ってくれたのは、家族を助けられなかった辛い経験があったからなのだ。


 あの行動は、偽善ではなく、表面だけの友情でもなく、心の底からにじみ出たものだったのだ。


 ―――相手を信じるためには、その人の過去や生き方を知る必要があるのかもしれない。


 加賀瑞樹の心に、『人を信じる』という感覚が、すっと湧き出たような気がした。


 そういえば、今まで、他人の人生に興味を持ったことがあっただろうか。


 振り返れば、これまでの20年間、自分のことしか考えてこなかった。

 裏を返せば、他人に対して興味や関心を持っていなかったということだ。


 相手のことを深く知らなければ、『相手に対する自分の期待』と『自分に対する相手の行動』に差異が生じるのは、当たり前である。


 そして、『期待が外れた』ことがあると、すぐに『裏切られた』と勝手に思い込んできた。


 だから、他人を信じられない。信じない。

 周りには薄っぺらい人間関係ばかり。


 そんな人生を歩んできたのかもしれない。


 加賀瑞樹は上半身を起こすと、伊達裕之の方に顔を向けた。


「ダテヒロさん、ありがとうございました」


「それは良かった」

 伊達裕之も身体を起こして答えた。

「そしたら、みんなのところに行こうか。加賀っちから主賓の挨拶をしてもらわないとね」


 ☆


 加賀瑞樹がパラソルのそばに立つと、その周りに全員が集まった。


「最後に、本日をもってアルファレオニスを卒業する加賀っちからです。どうぞ」


 伊達裕之が加賀瑞樹の方に手を向けた。


「えーっと……、加賀瑞樹です」


 加賀瑞樹は頭を上げ、一人ひとり、みんなの顔を眺める。

 

 赤西竜也、中沢美亜―――。


「このたび、優理さんへの借金を全額返し終えて、晴れて自由の身になりました」


 佐々木優理―――。


「約1か月の短い時間でしたが、みなさん、大変お世話になりました」


 小泉玲奈―――。


「アルバイト中は、いろいろと怖い思いもしました。……でも」


 木村小春―――。


「でも、それ以上に……」


 伊達裕之―――。


「みなさんと一緒にいられて……」


 加賀瑞樹の左目から想いがあふれ、一筋のしずくとなった。


 山下拓―――。


 その顔が見えた時、心の堤防が決壊するかの如く、涙が一気にあふれ出た。


 加賀瑞樹は泣いた。


 悔しいのか、寂しいのか、悲しいのか。

 なぜ涙が止まらないのか、自分ではわからなかった。


「加賀……」


 隣に来た山下拓が、大きく暖かな手のひらで加賀瑞樹の頭を撫でた。


 ―――そうか。そうだったんだ。


 ようやく加賀瑞樹は気がついた。自分の気持ちに。


「拓さん、ありがとうございます……」


 加賀瑞樹は呟くと、一歩前に出た。


「僕は、みなさんと一緒に……、一緒にいたいです」

 加賀瑞樹は顔を上げると、思いっきり叫んだ。

「バイト、辞めません!」


 河原に、そよ風がふいた。


 その風に乗って、拍手が沸き起こる。


「良かった……」

 伊達裕之が眼鏡を押さえ、涙ぐむ。


「おかえり」

 佐々木優理が微笑んだ。


「良かったじゃねぇか! 加賀ぁー」

 なぜか赤西竜也が加賀瑞樹と肩を組むようにして、左腕で首を絞める。


「痛い、痛いです」

 加賀瑞樹は、泣きながら笑った。


「お兄ちゃん!」

 木村小春も、どさくさに紛れて加賀瑞樹に抱きついた。


「このー、良かったなぁ!」

 赤西竜也が楽しそうに笑う。


 その姿を眺めていた中沢美亜も微笑む。


 そんな中、突然、小泉玲奈が真面目な顔のまま、右手をピンと挙げた。

「私も、バイトします! アルファレオニスで」


「えええー!?」


 初夏の河川敷に、一同の驚く声が響き渡った。

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