レオズシクル ~美女に救われ、姉と世界を救えるか~

ゆきや

覚醒編

プロローグ

0.プロローグ

「あれがレグルス。獅子座で一番明るい星」


 満開の花びらのように咲く星空と、天を埋め尽くす銀河のような桜の丘。


 吸い込まれそうなほど透き通った夜空に向かって、少女は白く華奢な指を掲げた。


 気高い桜の甘い香りと冬の余韻を残す空気が混じり合い、凛とした夜風が肩にかかった柔らかな黒い髪をとかす。


「そこから上の方に、鎌の形のように連なっている星たち―――」


 大切なものを愛でるかのように少女の指は優しく宙を描いた。


獅子の大鎌レオズシクル

 

 少女のすぐ隣で、幼い弟が不思議そうに姉の顔を見上げる。


「れおず……しくる?」


 姉の手を絶対に離すまいと強く握っていた弟の小さな手が、心なしか緩む。


 純粋で真っすぐで、お月様のように真ん丸なエメラルドグリーンの瞳。


 きっと、まだ何にも汚されていない。この世に渦巻く憎しみ、悲しみ、妬み、怒り。その不幸の泉に、まだ弟は染められていないのだ。


 少女は、ゆっくりと右手を弟の髪の上に沿える。


「獅子座の鎌だからレオズシクル。私が名前を付けたの」


 その手で、包みこむように優しく頭を撫でた。


「そうなの? カッコイイ!」弟は、くりっとした瞳をさらに大きくして言った。「お姉ちゃん、スゴイね」


 魅入られてしまいそうなほど美しい瞳が輝く。


「そうかなぁ」


 尊敬の眼差しに恥ずかしくなった少女は頬を赤らめながら、少しの間、足元を眺めていたが、視線を空に戻すと急に光が流れた。


「あ、流れ星!」


 それが合図だったかのように、広い夜空のあちらこちらで星が流れ始めた。


「あっちにも!」弟も歓声を上げた。「わぁ、こっちにも!」


 次から次へと星たちがこぼれ落ちる。

 二人は、その小さな身体の全身で光のシャワーを浴びながら、目を閉じて祈った。


 ☆


瑞樹みずきは、お星様に何をお願いしたの?」


 家への帰り道、少女は弟に尋ねた。


「僕はねぇ」弟は、少し照れながら答えた。「大好きなお姉ちゃんと、ずーっと、ずーっと、一緒にいられますように、って」


 それを聞いて、少女は微笑んだ後、「でも、大人になったら一人で生きていかないといけないのよ」と諭すように言った。


「いやだよ。僕は、ずっとお姉ちゃんと一緒だもん」


 弟は、むすっと頬を膨らませると、姉の服の裾を引っ張った。


「瑞樹ったら、まったく、寂しがり屋さんなんだから」


 それが嬉しくもあり、しかし不安でもあった。いつまでも弟と一緒にいることはできない。それは自分が一番よくわかっていた。


「お姉ちゃんは?」

 何も知らない弟が尋ねた。


「私は―――」


 少女は再び星空を見上げると、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「お父さんとお母さんに、もう一度会いたい。会って、もう一度抱きしめてもらいたい」


 少女の記憶の中の父親と母親はいつも笑っていた。

 優しくて暖かくて、毎日が幸せだった。


 そのころ、まだ赤ちゃんだった弟は、両親のことを全く覚えていない。

 だから、悲しまないように本当のことは伝えていない。それに、伝えたところで、それを理解するにはまだ幼すぎる。


「お父さんとお母さんって、お星様の世界に住んでいるんだよね? いつも空から僕たちを見ててくれるんだよね?」


 親代わりに兄弟を育ててくれている叔父が、いつも弟に言い聞かせていることだった。


「そうよ。いつでも私たちを見守ってくれているの」


 以前より嘘を平気で言えるようになってしまった自分に内心驚いた。だんだん、大人に近づいてきているのかもしれない、と子供心ながら思った。


「それじゃあ、僕は寂しくないよ。それに僕にはお姉ちゃんがいるもん」

 弟はニコっと天使のように笑う。


 少女は、そっと幼い弟を抱き寄せると呟いた。


「瑞樹は、強い子だね」


 その少女の瞳からは、美しい星の雫が溢れ、流星となって零れ落ちていた。


 ☆


 それから15年後、姉弟は命を懸けて対峙することになる。


 薄暗い広い部屋。

 20歳の青年に成長した弟の前には、白い軍服を着た姉が佇み、氷のような冷たい視線を弟に向けていた。


「姉さん……」

 弟の口から出た言葉は、宙に消える。


 姉は憐れみの表情を浮かべ、「どうして、来ちゃったの?」と問いかける。


「もうすぐ世界は滅びる。その時、どうせみんな死ぬの」


 今度は落胆したような声で「なのに、残念ね……」と続ける。


「ここに来なければ、幸せに死ぬことができたのに」


 そして、両手を前方に掲げた。


「エアリアルソード」


 姉の声とともに部屋全体が白い光に包まれる。

 特殊能力アビリティにより純白の剣が空中に現れ、姉はそれを両手で握った。


「瑞樹、さようなら」


 姉はその剣を大きく振りかぶると、弟に向けて振り下ろしたのだった。

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