1.
『水色のはずの雨が、ある瞬間にレモン色に見えてしまう。
そんな風に、
見慣れた毎日が、突然見たこともない色に輝きだす。
そんな目まいに襲われる予感が、こめかみの辺りに刺さっているの』
風合碧(かざい みどり)はシャープペンシルで、テストの問題用紙にそんな言葉を書き付けた。解答用紙は別にあるので、この紙は持ち帰ることが出来る。
窓の外一面に降る、冷たい雨を見ながら突然思いついて、なんとなく気にかかるフレーズ。後で、新幹線の中でいつものノートに書き写そう。
短大生活最後の試験が、あと二分で終わる。そうしたら、名古屋駅へ直行して東京行きの新幹線に乗る。夜には三月(みつき)ぶりに晴都(はると)に会える。早く、早く会いたい。あの紅茶色の瞳を、うんと背伸びするだけで直に見つめることができる。写真じゃわからない甘い光を見たい。いっぱい、いっぱいキスしたい。ぎゅっと抱き締めて、大きな柔らかい手で頭をトントンたたいてほしい。
試験終了のベルが響く。碧は椅子にかけておいたコートを羽織って教室を出た。廊下でさえ息が白く凍る二月。やはり、これ以上一人でいられない。
自分でも不思議だけど、ここ三月ほど、鞠矢貴希(まりやたかき)の歌をきいていない。意識的に避けているわけじゃない。ただ以前のように、彼の歌が欲しいと思うような時が無いだけだ。部屋に貼ったままのポスターカレンダーとも目を合わさない日々が続く。
あの日、東京で鞠矢のコンサートに行きそびれ、ワインで酔いつぶれて、晴都の部屋で目覚めたあの日。新幹線のホームで、このコートを着せかけて、一度長いキスをくれた。あれから、何かが微かにずれ始めた。
(鞠矢から卒業するってのは、こんなにあっけないことなのかしら)
アイドルに恋するなんてこと、いつまでも自分に許していられるほど、子供じゃない。なのに。早く卒業しなくてはと願っていたのに、いざこうなってしまうと何だか虚しい。自分はとんでもなく薄情なファンなのではないか、と悲しくさえなってしまう。
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