1.

心臓のすぐ横の辺りで、カウント・ダウンが始まる。

瞳を閉じて。耳もきゅっと押さえて。こうすると胸のカウントと、客席で彼の歌を待ち焦がれている少女たちのざわめきだけが、彼の中を満たしていく。

ホールには、一時間前からインストルメンタルが流れている。ゴスペルのイメージを感じさせる美しいメロディ、少し緊張した時の心拍に近いリズムの心地よい曲は、いつも彼の変化の一瞬を助ける呪文になってくれている。…しかし。

何かが、ずれている。今日は。

彼の内部のすべての音と、少女たちのMARIA・CALLがひとつになる、一瞬が得られない。

完全に作り上げられた、すべての中。彼だけが、肝心の主人公の鞠矢貴希(まりやたかき)だけが、二三歩置いてきぼりになっている。

(変だ…俺。俺じゃないみたい)

 自分の心と、MARIAの身体が、ゆらゆらとズレを繰り返している。互いが互いを把握していない。

 予定通りの時刻に、OPENING NO.の前奏が耳に飛び込んでくる。彼は、少し息苦しいまま、走り幅跳びで踏み切る気分でステージに飛び出した。少女たちの歓声が、MARIAの姿を包み込む。

 両腕をライトに向かって大きく伸ばす。早く、早くつかまえたい。いつもの俺の魂。

 早く、早くつかまえてくれ。あんたたちの愛する鞠矢貴希の歌を。

 目眩を押さえ、スタンド・マイクを掴む。彼以外は誰も知らない。彼の心の微かなずれ。


“さとこ…さよならなんて、厭だ”

―――Burning Heartbreak 俺の為になんて傷つくな

   すました横顔に 涙の代わりにルビーを投げつけたい

   傷心(ブロークン・ハート)が燃え上がる 爆発寸前のTonight

16ビートに重なる、痛々しいほどに激しい言葉。19歳の貴希に、大人と少年、二つの影が蒼く揺れる。


―――悔しいじゃないか あんたの瞳には

   俺は一度も映っていなかったって

   気づかない芝居をしていたのに…

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