ユウト

usagi

第1話 ユウト

友達の悠斗には右手の人差し指がなかった。

彼のことを、野口(=英世のこと)と呼んだり、人差し指のことを、「ゆうとゆび」、とわざわざ悠斗の目の前で呼んだりする悪いやつもいたけど、彼は全く気にしていない様子だった。

 

悠斗は指がない方の手が利き手だったのに、うまいこと字を書いた。


中指を鉛筆に押しつけた変わったスタイルだったが、字はビックリするくらいきれいだった。彼が日直の時に黒板に書いた字を見ると、習字の先生のようだと感心した。

 

ある日僕は、悠斗の中指の真ん中あたりポコっと膨らんでいることに気付いた。


「その指のところ、どうしたの?」

と僕は中指を指さして聞いた、


「あ、これ。ペンダコって言うんだって」

悠斗は表情を変えずに答えた。

 

彼は小さいころ、指がないことできれいな字が書けないことがくやしく、何度も何度も字の練習をしたということだった。それでタコができたんだと教えてくれた。


僕はそれを聞いてはっとした。


彼が自分の指がないことを気にしていたんだと初めて気づいた。指のことでバカにされる度に気にしていたのかもしれない。彼は人知れずに人一倍の努力をしていたんだ。


それに引き替え・・・。僕は自分のノートに書かれた自分の字を見ながら思った。僕ももう少し努力しないと。


そのことがきっかけになったのか、それから僕は悠斗と仲良しになった。


彼は指のことをバカにされるのは嫌だけど、それに反応するのも嫌でがまんしてるんだと教えてくれた。僕はそんな悠斗の友達でいることを誇りに思った。そんなようなことを彼に直接言ったこともあったと思う。


時が経ち、二人とも違う学校に進学し、お互いが連絡もとらなくなったころ、本屋のお薦めコーナーに悠斗の名前を見つけた。その本は、何か有名な賞を受賞した話題作と紹介されていた。


作者の後書きを見ると、指がなかったことできれいな字を書けるようになったこと、そしてそれがきっかけで物書きになったことなどが綴られていた。


後書きの最後には、出版社などへの御礼と合わせて

「小学生のころ、僕の友達でいることを誇りに思うと言ってくれた武史に感謝」

と僕の名前が書かれていた。


僕はそっと本を閉じた。

僕なんて何も悠斗にしてあげたことなんてなかったのに。


悠斗は自分の大事な作品の最後に僕の名前を挙げてくれた。悠斗の心に自分を残すことができたのには何か理由があったのかもしれない、と思った。

そのことは僕に小さな自信をくれた。もっと自分に自信を持てるようにならないと。悠斗に負けないように頑張らないと。


まだこの本は読めない。読みたいけど読めない。きっと悠斗に追い付けない自分をくやしく思ってしまうだろうから。だから、早く自分に自信がもてるようになって、その時にまたこの本を開こう、と僕は思った。


また彼に自分の背中を押されてしまった。

僕は小学生の頃と全く同じ気分になった。

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ユウト usagi @unop7035

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