ワーツワルの指輪

滝沢諦

第1話 彼女は転生者

彼女は転生者



「内緒だよ」

 まるで漫画のワンシーンみたいに、左手の人差し指を唇に当てて、まひろはそう言う。まるで漫画に出てくるような美少女がそうすれば絵になるんだろうけれど、幼稚園の年少から付き合いのある、ごく普通の女子高生がするには、多少の痛々しさを感じなくもなかった。自分以外に人がいないことにホッとしていた。

 夕日が差し込んでいて、教室は茜色一色だった。校庭から運動部の、多少だらけた掛け声が聞こえてくる。SNSで教室に残れとメッセージがきて、二人になれるまでには多少時間がかかてしまった。どうにもこうにも、これまでまひろには振り回されることが多いので、何かを期待するとか言うよりは、身構える気持ちが先に来ていた。

 美少女ではないにしてもまひろは、自分にとって一番身近な女性だったし、物分かりの悪い人間と長く交友を続けれるほど自分はできた人間ではない。

 グロスを塗った唇から人差し指を離すと、後ろ手に手を組んで、秘密を打ち明けるように話し始める。まひろが冗談を言っているのか本気なのかは、いつも際どいところで判断しかねるのだが・・・

「私、転生者なんだよ」

「・・・」

 とっさに反応できなかった。

 まず、通常の日常会話で「テンセイシャ」という単語が、果たしてどのくらいの頻度で使われるのだろうか。脳内で漢字変換をして、それからその意味を脳内検索するまでに、おそらく30回は瞬きまばたきをしたのではないかと思う。まひろはそれを、真剣な表情で見つめている。

「ずっと黙ってて、ごめんね」

「・・・で、なに?」

「これまで以上に厳しい戦いになるから・・・」

 少し腹が立ってきた。まひろと喧嘩をすることは皆無というわけではなかったが、それほど多いわけではなかった。まひろの冗談も天然ボケも、大体は笑って許せる範囲だったからだが、それは、彼女個人に特別な感情を抱いてしまっていたと言う事情も、ないわけではなかった。

 放課後に教室に残されて、二人っきりで話をすることになって、自分たちはもう高校三年生、夏休み前、コンマ何ミリでも期待してなかったといえば嘘になるが、話があまりもな斜め上に行ってしまっているし、何が困ったかというと、まひろの顔がいたって真面目なことだ。

「質問していい?」

「うん」

「転生者って何よ?」

「16次元世界にあるヴォルゲートっていう世界から生まれ変わったのよ」

「何と戦ってんの?」

「破壊大帝イシュバルトとその配下よ、彼らはヴォルゲートを完全支配するために、3次元世界・・・つまりこの世界を侵略しようとしているの」

「なんで?」

「イシュバルトを倒すことのできる能力者が数人、こっちに転生しているの。そしてなにより、イシュバルトを倒すことのできる指輪、ワーツワルは3次元世界でしか具現化しないのよ」

「その指輪で、破壊大帝さんを倒せるってわけ?」

「すぐに信じられないのはわかるよ・・・でも、本当なの」

 困ったことに、話せば話すほどまひろは興奮しだして、話しがわけのわからない方向に流れていく気がする。夕日を浴びた顔が、高揚して赤くなっているのがわかるほどだ。

 ため息が出た・・・

「俺たち17だぜ」

「16次元では、時間の概念も違うのよ」

「へぇ、そうなんだ」

 個人的に少しがっかりしていた事と、がっかりするような内容の期待をほんの少しでもしてしまていたことに、自分で自分にがっかりしていたので、そろそろ話を打ち切りたいところだった。ほんとはこの場から走って逃げたいくらいだ。

「じゃあ、頑張ってよ」

 カバンを持て歩き出すその手を、すかさずまひろにつかまれる

「んと、なに?」

「なんで今頃、この話をしたかわからないの?」

「・・・夏休み前だから、かな?」

「違うよ、よく見て」

 掴んでいた手首を、力任せに捻りあげる。と言っても女子の力だから痛くもなかったが、されるがままにする。二人の顔の、ちょうど真ん中に右手が位置する。

「これがあなたの力なのよ」

 まひろがそう言うと・・・でもまあ、しばらく待っても何も起きなかった。

「見えたでしょ、これが破壊大帝を倒すことのできる唯一の神器、ワーツワルよ」

「・・・すまん、なんも見えない」

「そんな・・・もう覚醒していないと間に合わない・・・」

「ま、そう言うこともあるよ。母さんが、七時半に飯作るから遅れるなってよ」

 まひろの親はシングルマザーで働きに出ていたので、週の半分は晩飯を一緒にしている、お節介な親を持つと子供は苦労するものだ。

 まひろは俯いて、肩を落としていた。いたずらがうまくいかなかった時でも、そこまでがっかりしている姿を見たことはなかった。少し悪い気がしないでもないが、ごく個人的な理由で、早くこの場を離れたい気持ちが強かった。まひろが何をしたかったのかを整理したかったし、自分が、自分で思っていた以上に落胆してっしまっているのにも、自分を取り戻す時間が欲しかったからだ。

 教室のドアを閉める時、影になってよく見えはしなかったが、俯いたまひろが少し泣いているようにも見えた。

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