人神叙事詩

猿烏帽子

プロローグ

―――――オペレーティング・システム、ビルド・ワン起動。    

      

―――――アカシック・レコードに接続を開始します。


―――――接続完了。


―――――ビューアーソフト、アース・ゲイザー視認開始。


―――――観測終了。

      

ドキュメントデータ生成完了。

ラベリング・タイトルを「Her name is Martha」に設定します。

ラベリング・タイトルは随時リネーム可能です。


N.O.A.Hによるアクセス権限、及び閲覧者の情報を確認します。


アクセス権限:有

所有権限順位:Administrator

閲覧者名:エドガー・クルズ

性別:男性年齢:四十五

アクセス権限、閲覧者情報の確認完了。

検索対象時代領域:一九一四年九月一*日


検索対象地域領域:アメリカ合衆国中西部 オハイオ州


検索対象保存領域:G:\Program Files \N.O.A.H


対象設定完了。


―――――検索を開始します。

―――――ソフトウェア、ストーリー・テラー起動。

―――――検索終了。該当するデータを出力します――――

これがビルド・ワンに残っている最初の稼働履歴。これ以降人類はアース・ゲイザー、及びストーリー・テラーにより多くの事象を閲覧し、それにより飛躍的進歩を遂げるようになる。

 

見る/観る/視るということは、万人に与えられたひとつの魔法だ。


見ること。

―――事象の判断。人の善悪。物の真贋。価値の有無。 

観ること。

―――喜劇を笑う。悲劇を嘆く。愛憎を知る。慈愛を望む。

視ること。

主観。俯瞰。――――人に与えられたのは、この二つ。


その力は素晴らしい。

手の届くことのない、あの宙に浮かぶ星でさえも。

目を向ければ届くのだから。


故に。

人は星を見上げる。

星は人を見つめる。

人は星に迸る情熱を抱き、星は人に永い営みを与えたもうた。

伝承に曰く。

 その瞳はすべてを見通したという。王の瞳。神と人とのあわいにあるその瞳が映したのは――――


瞼に少し、陽が射している。

アラーム音が部屋に鳴り響く。 時刻は朝の八時。 寝ぼけ眼をなんとか開こうとしながら私は体を起こす。

昨夜行ったプログラムのメンテナンス作業はなかなかの長丁場になった。おかげで三十路手前の体はあちこち悲鳴を上げていた。

「あー、腰が痛い……」

アラフィフもかくやと言わんばかりの体調不良。そのまま目を閉じて、ベッドに潜り込みたくなる衝動を抑えて、立ち上がった。

「うぁあああ……」

あくび混じりの悲鳴のような声をあげながら体を伸ばす。リビングへ向かう途中に時計型のポータブルデバイスを腕に巻き付ける。


(さて……まずは……)


「朝食作るか……」

キッチンの自動調理器に登録しておいたテンプレートタイプを選択する。

「今日は目玉焼きとウィンナーでいいか……」

こんな時、私に妻がいれば手料理の一つや二つ振る舞ってくれるのだが、そんな人はいないので朝は自動調理器にまかせている。

「さてお次は……」

トースターに食パンを入れ、スイッチを入れる。独特の動作音を出しながらパンを焼いているトースターを尻目に、今朝のニュースと、昨日探し出した資料を確認する。

「そういや今日は大学の入学式か」

宙に表示されているバーチャル紙面のセンターを飾っていたのはN.O.A.Hの技術理工大学の入学式についてだった。少し懐かしい気持ちになる。


(入学したのは十年前……だったか)


感傷に浸っているところにトースターの「チンッ」という小気味よい音が響いてくる。

焼きたてのパンにかじりつきながら、先日、申請を通して出力した情報資料の方に目を移す。

「なんだ、やっぱり"記録違い"なんかじゃ無いじゃないか」

この前話題に上がった、北極におけるオーロラの出現記録のページをぱらぱらと捲っていく。

「あいつ、自分の書いた記録表と違うとか言ってたけど、やっぱりあいつの方が間違ってるな」

朝食を食べ終え、食器洗濯機に食器を投入する。

まったく。アレが間違ってたなら、それこそ世界中が騒ぎ立てるだろうに。まぁ、アレにより記録されたものが"間違っているはずがない"のだが。

 

身支度を終え、駅に向かう。

車にポータブルデバイスを翳し、エンジンをかける。

いつも通りの出勤風景。

しばらく市街を走り、はたから見れば要塞のような建物に辿り着く。

入り口でポータブルデバイスを翳す。

これがなくてはタイムレコーダーに出社時刻を記録することさえ出来ない。

判別システムに承認され、足を踏み入れる。


(確か今日はシステムのメンテナンスだったか……)


「さてと……」

目的地である部屋に辿り着いた。

いつものようにドアを開け、いつものように挨拶を交わす。いつも通りの一日が、いつも通りに始まった――――


――――二一一七年、人類は過去の偉人の遺し給うた機構を手に入れた。完成したそのシステムはこれまでの人類史に於けるどの発明よりも画期的で暴力的で無神経な発明だと言っていいだろう。

何せその瞳はすべてを見通してしまうのだから。

いやはや、このシステムを作った人間は全く持ってプライバシーと言うものを考えていないのではと、つくづく作業中に思う。

自分がシステム技師に任命されてからずっとずっと、このシステムと向き合ってきたがまだまだ底が見えない。そもこれは我々人類に扱いきれる代物なのかどうかという疑問さえ湧いてくる。

まぁ、これも人が生み出したシステムだから使いこなせないと困るんだが。


「まーたしかめっ面でメンテナンス作業か、オースティン。全く、そんな一年中眉間にしわ寄せてたら俺みたいにモテないぜ~?」

後方から声が聞こえた。この聞くだけでちょっとイラッとするこの声音の持ち主は――――


「余計なお世話だカイル。そもそもなぜお前はここにいるんだ?別に今は休憩時間じゃあないだろうに。どうせまたお偉方に駄々こねくりまわしてサボりに来たんだろう?」

「ハハ、バレてやんの。まー、その通りだよ。だって俺は忙しいからネ!少しは休憩を挟まないとやってられないんだよー。天才だし、俺」

軽薄。適当。大雑把。ちゃらんぽらん。

この世すべての適当という概念が擬人化したような男、カイル・ベイカー。

この男は私の友人だ。小学生の頃から友人である彼とは何故かこうして職場でも顔を合わせる様になった。腐れ縁のようなものである。

ちなみに天才であることには間違いない。何せ、オペレーティング・システム、ビルド・ワンのMODの存在を自ら演算し、示唆したのは他でもないこの男であった。

そして現に、去年の九月にニップル(イラクの首都、バグダードより南東約一六〇キロに位置)にてビルド・ワンのMODと思しきプログラムコードの刻まれた粘土板が発見された。どのような機能をもたらすものなのかはまだ解析中らしいがこのシステムの可能性を新たに見つけた功績は誰がなんと言おうとも覆らず、正しく「天才」の偉業であった。


「……この天才バカめ。まぁともかくだ。お前、確かお偉方にMOD発見の際の演算処理の説明をしなきゃいけないんじゃなかったのか?この前アミータが、今度お前がサボったら強硬手段を取るとかなんとか言ってたぞ?」

「マジかよ……?彼女やる時はやるタイプだからなー……。これはいよいよ年貢の納め時ですかネー?」

「カイル。いい加減お前は我慢ってものを覚えたらどうだ?自分の仕事にもう少し責任を持つことを――――」  

「オースティン・レイニー技師の言うとおりだ。カイル・ベイカー特別技師。君の素行にはいささか問題が多い。あまりに酷い場合は特別技師の任を解くのもやぶさかではないと所長が仰っていたぞ?」 

ホールに低い声が響く。聞くものを否が応でも緊張させる老練たるこの声の持ち主は――――

「げっ!?エルダー総統括官!?な、なんでこんなところにいらっしゃって……」

先程までの余裕綽々の態度はどこへやら、カイルは自らの安寧に差し込まれた突然の刺客に目を剥いていた。


それも無理はない。エルダー・ガーラントはこのN.O.A.Hの総統括官だ。まかり間違ってもこのシステムオペホールに顔をだすような人間ではない。

彼はこのN.O.A.Hの施設の最奥に近い場所にある部屋でずっと画面を眺め続けている機械人間のような人間だ。  

自らの業務をひたすらに全うする。顔を出すとすれば何かの行事くらいで、普段何か指示をだす際にはオペレーターにチャットを送るのみなのだ。

それにも関わらず、ここで働いている職員は彼の声を聞けばその力に萎縮する。それだけかの総統括官の持つ雰囲気は重厚なものなのだ。


「……エルダー・ガーラント総統括官、まさか御身自らこちらに出向かれるとは。作業への指示、もしくは職員の呼び出しならオペレーターにおまかせすればよろしかったのでは?」

「今回ばかりはそういう訳にはいかないのだ。オースティン技師。今回私が出向いたのは"君たちにのみ"用があるからだ」

「私たちにのみ……?」

「そうだ。より正確に言うのならば現状、君たちにしか出来ないであろうこと"がある」

空気が張り詰める。その一言が彼から紡ぎ出されたら最後、私の平穏が少し遠くなってしまう予感がしていた。

「……はっきり仰っていただいて結構です。エルダー・ガーラント総統括官。一体何があったのですか?」

 

「――――"王の瞳"が曇り始めた。」


人の物語は、機械仕掛けだ。

錆と油に彩られた歯車。

積み上げた時間こそが原動力で。

大きな歯車はそれに呼応し、ゆっくりと回り出す。

それぞれの歯が噛み合い、次の物語を紡ぎ出す。

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