ゴースト=ライブラリ

D&Y

一冊目 549 - 066 - SPINEL

 その【図書館ライブラリ】は――天才たちの魂を《三日間だけ》記録している。


 日々の業務である壁一面に埋め込まれた書架の掃除を終えた私は、とある天才の魂を一冊だけ取り出して手に持った。

 その本に標題タイトルは書かれていない。ただ、【549 - 066 - SPINELスピネル】と分類番号が振られていた。

 非常に美しい金の装飾と大小さまざまな大きさの宝石が散りばめられている。光沢のある革で装丁されており、気品の感じられる装いである。


 本を開こうとした私の手を、男性にしては華奢な手が制する。


「助手ちゃん。あまり、他人の魂を覗き見するのはおすすめしないよ」


 この【図書館】の司書である男はにっこりと微笑みながら続ける。


「その本に君の知りたいことが載っているかは分からない。もしかしたら、君が知ってはいけない禁忌がそこにはあるかもしれない」


 助手と呼ばれた私は、ゆっくりと彼の手を払いのける。


「先生、邪魔をしないでください。私はただ知りたいだけなんです。この【図書館ライブラリ】に記録されるほどの天才がどんな人間で、どんな末路を辿ったのかを」


 無愛想に言い放った私は【549 - 066 - SPINEL】を開き、情報圧縮文字で記述された文章じんせいを読み解いていく。そして、私の世界が暗転した。




【February 22nd, **25 Weather == Sunny】


 【SPINEL】は宝石細工の天才である。


 彼女が働いている工房は、まさに絵本の世界に出てきそうな風貌をしていた。宝石細工に使用する小道具が綺麗に整頓されて並べられており、部屋の隅に作られた大きな炉には煌々と赤い炎が燃え盛っている。


 作業台の上には手作りと思うことができないほど精巧な細工が施された装飾品が放置されている。おそらく作りかけなのだろう。それには未だ宝石が嵌められていなかった。

 窓から差し込んだ太陽光が宝石や貴金属、細工の小道具に反射して部屋全体がまるで色鮮やかなプラネタリウムのようになっていた。


 その工房は、あまりに幻想的で世界と切り離されていた。


「貴方をどうやって生まれ変わらせてあげようかしら」


 彼女は手のひらの上に乗せられた未加工の尖晶石スピネルを転がしながらそう言った。

 未加工の鉱石をカットし、美しさが最も引き立つ形状に研磨していく技術を最初から身につけていたわけではない。血も滲むような努力の結果だ。


 ただ、両親の喜ぶ笑顔が見たかったのだ。

 だから、彼女は天才と呼ばれることを酷く嫌っていた。




【August 15th, **26 Weather == Cloudy】


 彼女の父親もまた、宝石細工の職人であった。

 業界では名の知れている職人であり、自らの技術に大きな自信を持っていた。しかし、自らの娘である【SPINEL】の足下には遠く及ばないものであった。

 彼女の父親はその自尊心から、己の技術が娘のそれに劣っていることを認められなかった。


「また、こんな屑物を作っているのか。世間では天才と呼ばれているようだが、俺から見たらお前に才能はない」


 これに類する言葉を、彼女は父親に自信作を見せる度に言われていた。

 いつしか、彼女の目標は父親に自分の技術を認めさせることになっていた。


「お父様に、私の技術を認めさせてみせる……!」


 彼女は父親に認めて貰うために、いくつもの宝石細工を作り上げた。その全てが世界中で評価され、その度に【SPINEL】の職人としての評価は上がっていった。


 しかし、それに反比例するように父親は彼女を毛嫌いするようになっていく。

 彼の目に【SPINEL】は娘ではなく、敵として映し出されていた。


 こんなことなら、宝石細工なんてしなければ良かった。

 彼女はただ、父親に認めて欲しかっただけなのだ。




【April 3rd, **27 Weather == Rainy】


 【SPINEL】の父親は流行病にかかって、呆気なくこの世を去った。


「お前のような娘を作らなければ良かった」


 自らの人生を狂わせた娘に対し、父親は恨みを込めた言葉を最期に贈った。


「あ、あ――」


 その言葉を聞いた瞬間、【SPINEL】の世界が完璧に崩壊した。


 彼女の身体が炉の炎のような熱を持ち、体内を流れる血液が沸き立っていく。体内から尖晶石スピネルのような結晶が大量に飛び出し、身体が襤褸のようになっていく。

 父親に認めて貰うことができなかったという事実と体内に生じた巨大な結晶がほとんど同時に【SPINEL】の心臓ハートを貫いた。


 走馬灯のように幼少時の記憶が思い出される。


 それは職人である父親の真似をして、不細工な宝石細工を作った時のことだった。

 父親には怪我をする可能性があるから、二度と細工の小道具に触るなと厳しく怒られたことを覚えている。にっこりと微笑んで、褒めてくれた父親の笑顔も。


「私はただ……」


 彼女はただ、昔のように父親に褒めて欲しかっただけだった。

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