第149話

「あっ、永瀬くんおかえり~。体調はどぉ?」


 皆の元に帰って来た修と汐莉に、最初に気づいた優理が心配そうに尋ねてきた。


「うん、もう大丈夫」


 そう答えた修の顔を見て、優理がぽかんとする。


「なんだか永瀬くん、さっきより顔色が良いねぇ」

「え、ま、まぁ、そりゃさっきは体調が悪かったから……」

「それはそうっすけど、そういうんじゃないと言うか。なんか、晴れ晴れしてるように見えるっす」


 星羅が補足すると優理もうんうんと頷いた。

 確かに星羅が言う通り、今の修の心はとても晴れ晴れしていた。

 それは先程あった出来事のせいなのだが、二人にもそれが伝わるほど表情に出ていたことに少し顔を赤らめながらも、修は柔らかく微笑む。


「うん……。ちょっと良いことがあったからな。今、すごく気分が良いんだ」

「へぇ、何があったんすか?」

「それは秘密」

「え~!」


 抗議の声を上げる二人をいなして自分の席に戻ると、こちらを見ていた凪と目が合った。

 しかし凪は弾かれたように視線を逸らす。


(……?)


 一瞬しか顔は見えなかったが、何やら切なげな表情に見えたのは気のせいだろうか。


「あっいたっ! おーーい! 栄城のみんなっ!」


 すると突然大きな声がして、栄城のメンバーだけでなく周りの人のほとんどがその声の方へと一斉に顔を向けた。

 そちらからは笑顔で手を振りながら走り寄ってくる空と、その後ろから「ちょっ、空さん声デカすぎ……!」と恥ずかしそうにしている飛鳥他笹西のメンバーが追いかけてくるのが見えた。


「来てくれたんだな」


 一番近くに立っていた灯湖が迎えると、空は嬉しそうにぴょんっと跳ねる。


「もっちろんっ。練習終わってから飛んできたよっ。灯湖っ、一試合目はどうだったっ?」

「おかげさまで快勝だったよ。スパルタなコーチの方針で皆へとへとだがね」


 灯湖が流し目でこちらを見てきたので、修は苦笑いで返した。


「良かったねっ! 次の試合は?」

「今やっている試合の次だよ」

「おっ、じゃあちょうどいいタイミングだったねっ。ほら飛鳥っ、急いだ方がいいって言った通りでしょっ」


 そう言って空が飛鳥の方を振り返る。


「はいはいわかりましたから、もう少し声のボリューム落としましょうね」


 飛鳥が相変わらずやれやれといった具合にため息をついた。

 そのタイミングで、すっと立ち上がった凪が部員たちに声をかける。


「そろそろアップの時間よ。下で待機してましょう」


 その言葉に返事をして、部員たちは準備を始める。


「すっごい応援するからっ、頑張ってねっ!」

「あぁ、ありがとう」


 笹西の面々を置いて修たちはコートの隅でハーフタイムを待つために階下へ向かった。


「飛鳥ちゃんたち、来てくれて嬉しいね。私も明日見に行こっかな」

「菜々美が、行くなら……アタシ、も」


 部員たちがそれぞれおしゃべりをしながら階段を下り、エントランスに到着したとき。


「あっ、いたいた! シュウくん! シオリ!」


 聞き覚えのある声に呼ばれ振り返る。

 するとそこには予想外の人物が立っていた。


「リンちゃん!?」

「久し振りね! 元気にしてた?」


 修の幼い頃の友人にして、強豪校東明大付属名瀬高校の順レギュラー、相馬凛がツインテールを揺らしながらニコッと笑った。


「な、なんでこんなところにいるの?」

「ふふっ、なんでだと思う?」


 いたずらっぽい笑みを浮かべながら上目遣いで見てくる凛に、修はたじろいでしまう。


「凛ちゃん、本当に来たんだ……」


 隣で汐莉が驚いた表情で言った。

 その口振りからすると、汐莉は凛がここに来るかもしれないことを知っていたらしい。


「どういうこと?」


 ますますよくわからなくなり、たまらず修は汐莉に尋ねた。


「あ、うん。実はね……」


 汐莉がこうなった経緯を話してくれた。

 どうやら凛は汐莉とメールのやりとりをしていて、栄城がこの大会に出ることを知ったらしい。


「そしたらこの前、栄城と試合するチームに助っ人として入ることになった、って……」

「そういうこと!」


 凛が得意気にふんぞり返った。


「なんでそんなことを? 宮井さんとまたやりたかったの?」

「いいえ、そうじゃないわ。今の汐莉とじゃ、差がありすぎて勝負にならないもの。あぁ、ごめんなさい! 悪気はないのよシオリ」


 汐莉がムッとした表情になったことに気づいた凛が、言葉通り悪びれずに詫びた。


「別にいいよ。その通りだから」


 言葉とは裏腹に汐莉は不機嫌そうな表情のままだったが、凛は構うことなく続ける。


「興味があったのは栄城っていうチームそのものよ。シュウくん言ってたわよね。全国目指してるって。シュウくんが入れ込んでるチームが、どれ程のものなのか確かめてみたくって。シオリから上手い先輩がいるってのも聴いてたしね

「そうなんだ……。てか、そんな簡単にチーム登録できるものなのか」

「まぁ、ゆるい大会だしね。それに、ライトニングには知り合いの知り合いがいたから、その人に頼んでスムーズに登録してもらったわ。ちょうど人数も少ないからって」

「へぇ……」


 栄城の力を見たいなら観戦だけでも充分なのでは、と思ったが、実際に試合をしないとわからないという凛のこだわりもあったのかもしれない。

 どちらにせよそのためにわざわざチーム登録までしてくるなんてと、修は凛の行動力に舌を巻いた。


「言ってくれれば良かったのに」

「シュウくんをびっくりさせたくて、汐莉にも秘密にしておいてもらってたの。どう? 驚いたかしら!」


 ふふっと、凛が無邪気に笑う。


「うん、驚いた。でも、こんなことよく顧問が許したな」


 すると急に凛の笑顔が固まり、次第に顔色が悪くなる。


「ま、まぁそんなことはいいじゃない! 今は試合ができる喜びを噛み締めましょう!」

(さては無断でやってるな……)


 修がジト目を向けると、凛は目を逸らして空中に視線を漂わせた。

 強豪校ともなると本来はこういったことに対して厳しいだろう。

 おそらくバレたら凛は大目玉を食らうだろうが、そんなリスクを負ってまでも栄城と試合をしたがってくれたのは少し嬉しかった。


「相馬さん! そろそろアップ始まるよ!」


ライトニングのメンバーとおぼしき女性が遠巻きに凛に呼び掛けた。


「あ、すみません! すぐに行きます! ……とまぁ、そういうことだから。また試合が終わったら話しましょう? シオリ、手加減しないからね! それじゃ!」


 凛は修と汐莉に軽く手を振ったあと、駆け足で去っていく。

 と思えば急に足を止め、ぐるりと振り返った。


「シュウくん。私の六年間、しっかり目に焼き付けてよね」


 そしてニコッと笑い、今度は本当に去っていった。


 凛のプレーは以前の汐莉との一対一以外に、全国総体で見たことがある。

 しかしそのときは出場時間も少なく、凛だという認識がない状態だった。


 今回は目の前で、じっくりと凛のプレーを見ることができる。

 修との出会いがきっかけでバスケを始めた少女。

 その六年間の努力を、成長を見られることは、修にとっても楽しみだった。


 修が無意識に唾を飲み込んだ、その瞬間。


「うぇ!」


 突然横腹をつつかれて、修は変な声を上げながら跳びあがった。


「私たちも早く行こう」


 人差し指を修の横腹に突き付けながら、まだ不機嫌そうな顔の汐莉が言った。

 そんなに凛に軽んじられたことが悔しかったのだろうか。


「そ、そうだな、行こう」


 そして二人で他のメンバーが待つコート隅に向かう。

 そのときふとひらめいた。


「宮井さん、もしかして、昨日言ってた隠してることってこのこと?」


 昨日の夜、体育会で汐莉が言っていたこと。

 そのときははぐらかされたが、凛のことだったのではないだろうか。


 すると汐莉は目を逸らして


「あっ、あ~…………うん! 実はそうなんだ!」


 と笑って肯定した。


「やっぱり。秘密にしとくように言われたのに、うっかり口を滑らせそうになったんだな」

「そう! そういうこと!」


 汐莉が何度も強く頷いた。

 これでまた一つもやもやが解消された。


 これで最高のコンディションで試合に臨める。

 修は試合が始まるのが楽しみで仕方がなかった。

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