第150話

「で、次の試合はどういう運びでいくの?」


 ハーフタイムのアップが終わり、再び外に出た栄城バスケ部は、木陰でミーティングを行っていた。


「じゃあまずはディフェンスの話から。さっきのライトニングの試合を見てわかる通り、向こうはまったくと言っていいほど速攻を仕掛けてきません。ゆっくり時間を使って、スクリーンやペネトレイトから崩して攻めるんですが、フィニッシュのほとんどはミドルシュートです。そして、そのミドルがとても厄介です」


 修の言葉の意味をきちんと理解している部員たちは、皆一様に頷いた。


「成功率がすごく高いのよね。見てただけでもスパスパ決めてた印象だわ」


 と凪が称賛すると、


「そうですね。特に12番と9番、この二人はフリーで撃てばほぼ決めてたと思います」


 菜々美も情報を付け加えつつ同意した。


「その通りです。その二人は最警戒ですが、あとのメンバーも軽く見ることはできません。なので意識することは二つです。一つはディフェンスローテーションを素早く行うこと。スクリーンに対しては、基本的にはファイトオーバーかスライドで対応しますが、やむを得ないときはスイッチ。その際の声かけを怠らないでください。これは普段から練習していることなので、その成果を出すいい機会になると思います」


 そこで一旦間を置いて部員たちが理解しているかを確かめるため、それぞれの顔を見る。

 困惑しているものは一人もいない。

 どうやら皆しっかり理解しているようだ。


「二つ目は、ボールマンに対して必ずシュートチェックをしてください。間合いも普段より半歩詰める意識で、ドライブよりもシュートを止めることを優先します。この二つを必ず行うことを常に頭に置いておいてください」

「たったそれだけでいいの?」


 晶が拍子抜けしたように言った。


「はい。ですが、逆に言えばこの二つは絶対におろそかにしてはいけません。相手は基本に忠実かつ、隙を見逃さないしたたかな攻撃をしかけてきます。今言ったことを守らなければ、すぐに崩されてしまうでしょう」

「それに、簡単に思えることを試合を通してやり続けるのって、なかなか難しいわよ。ま、あんたなら楽勝なのかもしれないけど」


 凪が意地悪な笑みを浮かべると、晶は顔を赤くしてたじろいだ。


「そ、そんなこと言ってないだろ……。ええと、ローテを速くと、シュートチェックね! わかってる、ちゃんとやるよ!」


 晶は早口で言ったあと、「そんな怖い顔しなくてもいいだろ……」とぼそぼそ呟く。

 そんな晶の肩に手を優しく置きながら、灯湖がこらえるように笑っていた。


「で、オフェンスの方は?」


 気を取り直すように凪が尋ねる。


「オフェンスは一つだけ。今回はなるべく速攻をしかけないでください」

「速攻をしかけない?」


 凪が怪訝な表情になった。

 他の部員も同じように頭の上に疑問符を浮かべる。


「はい。見たところ相手はそんなに走れるチームではありません。普通ならそこを突いて速攻でガンガン攻めるべきなんですが、今回はそうしません」

「理由は?」

「向こうのディフェンス、ちゃんと陣形が整ってる状態なら結構堅いんですよね。だからうちのセットオフェンスの練習にぴったりだと思った、っていうのが理由です」

「ふむ。さっきの試合もそうだったが、この試合もあくまで練習だ、というわけだな」


 腕を組み顎に手をやるというとても様になったポーズで灯湖が言った。


「そうです。もちろん公式戦では勝つための作戦をとりますが、今はまだうちがどういう試合ができるのかを試す期間だと思ってます。だから、こだわるのは勝敗よりも内容です。とはいえ、負けるつもりは毛頭ありませんが」


 あえて相手がやり易いように合わせた攻め方をする。

 本来試合はどれだけこちらが有利な状況を作れるかが重要だが、この試合では不利な状況でもどれだけやれるか、という点に重きを置くということだ。


「考えはわかったわ。それでいいと思う。皆は?」

「異論はないよ」

「OKでーす」


 凪の問いかけに灯湖と晶が答え、他のメンバーも肯定の反応を示した。

 そこで修はもう一つ言っておくべきことを思い出す。


「あっ、すみません、あと一つ言い忘れてました。ライトニングなんですけど、さっきの試合には出てなかった追加のメンバーがいるんです」


 皆の視線が再び修に集まる。


「そういえば若い子が増えてたね。永瀬、知ってる子なの?」


 晶の質問に修はこくりと頷いた。


「はい。あの子は相馬凛。助っ人として急遽加わったメンバーで、正体は東明大名瀬の一年生ベンチメンバーです」


 その瞬間、汐莉以外の全員が目を見開いてざわつき始める。


「と、東明大名瀬って、たしか県トップの強豪校だよねぇ…?」

「なんでそんなトコの子がこんなところにいるんすか?」

「ええと、実は彼女、俺と宮井さんの知り合いで。色々あって栄城に興味持っちゃったみたいです」


 すると腕を組んで考え事をしていた凪が、思い出したようにぽんと手を叩く。


「そっか。さっきあんたたちと話してた子、どこかで見たことあると思ったら名瀬の子だったのね」

「全国総体でも少し出てましたよね。攻守のバランスがいい選手でした」


 それを聞いて菜々美も続き、涼も小さく頷いた。

 総体のとき、凛は出場時間が短かったが、それでも三人の頭に残るほどの印象は与えていたようだ。


「ていうか、それって問題ないの?」


 晶が訝しむように言った。


「大会のルール的には大丈夫みたいです。……名瀬高のルール的にはどうかわからないですけど」

「ふっ。面白い子だな」


 灯湖が感心したように笑う。


「どのくらい試合に出てくるのかわかりませんが、彼女は一年生にして名瀬の準レギュラーになっているプレーヤーです。つまりその実力は本物です。この試合において、彼女の存在は大きなイレギュラーになることが予想されます。皆さん充分に気をつけてください。特に……」


 修は灯湖に視線を向けた。


「ポジション的にも実力的にも、マッチアップは渕上先輩に任せることになります。大変だとは思いますが、よろしくお願いします」


 そう言うと灯湖はふっ、と笑って


「あぁ。楽しませてもらうよ」


 頼もしい言葉を口にした。

 それを聞いて修は思わずごくりと唾を飲み込んだ。


 灯湖が凛の実力を知っているかどうかはわからないが、名瀬のベンチメンバーという情報だけである程度は予想できるだろう。

 だがそれでも灯湖に臆した様子はない。

 それだけ自分に自信があるのか、それとも言葉通り純粋に戦うのを楽しみにしているのか。


 どちらにせよ、修は渕上灯湖という先輩の計り知れなさを感じざるを得なかった。


「……じゃ、ミーティングはこの辺まででいいかしら?」

「あ、はい」

「それじゃ各自、試合に合わせて軽く体を動かしましょうか」


 凪の指示に従い、部員たちはアップを再開した。

 しかし修は一人、この後始まる灯湖と凛の戦いへの期待に胸を高鳴らせていたのだった。

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