第137話-2

「自分のダメさ?」

「うん。前からわかってたことなんだけどね~……。今日改めて……ううん、これまで以上に突きつけられたというか」

「えと……どういうこと?」


 修が尋ねると、優理は自嘲するように笑ってからゆっくりと話し始めた。


「見ててわかると思うけど、わたし、昔から運動は苦手だったんだぁ。中学のときは一応バスケ部に入ってたけど、お遊びみたいな部で、その中でもわたしはいちばんへたくそだった。だから高校では運動部に入る気なんてぜんぜんなかったんだよ」


 修は突然過去の話を始めた優理に少し困惑してしまった。

 しかしそれが恐らく今日のことに繋がってくることなのだろう。

 修は話の腰を折らぬよう相槌を打つ。


「じゃあ、どうしてバスケ部に?」

「しおちゃんが誘ってくれたんだ~。廊下でたまたまわたしの落とし物を拾ってくれてね。それがバスケットボールのチャームがついたシャーペンだったから、しおちゃんったら目をキラキラさせながら『バスケ好きなの?』って話しかけてきて……」


 当時を思い出しているのか、そう話す優理の表情は段々と柔らかなものに変わってきていた。


「はじめは断ったんだよ。でもしおちゃんがしつこくてねぇ。クラスにはバスケ部に入部希望の子がいなかったみたいで。そのとき、しおちゃんはこう言ったんだ」


 ――私、高校では絶対バスケやるって決めてたんだ! 経験者の優理ちゃんが一緒にやってくれたらすっごく心強いよ!


「わたし、どんくさいしバカだから、誰かに頼られたり必要とされたりしたことなんかなかった。だからしおちゃんに一緒だと心強いなんて言われて、嬉しくて、舞い上がって……。だからバスケ部に入部したんだぁ。単純なやつだなって思ったでしょ?」


 照れ臭そうに優理が笑う。

 しかしそういう感情は誰にでもあっておかしなことではない。

 修は真剣な顔で首を横に振った。


「ううん、俺もそんな風に言われたら嬉しくなるよ。伊藤さんと同じように」

「永瀬くんでも……?」


 少し驚いた表情の優理に、修は頷いた。

 すると優理は安心した様子で「そっか……」と呟いた。


「伊藤さん、それで?」

「うん。そういう感じでバスケ部に入って、わたしもけっこう張り切ってたんだ。しおちゃんにたくさん色んなことを教えてあげようって。あのときは先輩たちがなんにも教えてくれなかったし、私がやらなきゃって使命感みたいなものもあったよ。でもどれだけ教えてもしおちゃんはぜんぜん上達しなくて……」


 優理はため息を吐いて肩を落とした。

 彼女らが入部したての頃は先輩たちからの指導やアドバイスを見込める状態ではなかったため、きっと優理なりに一生懸命汐莉にバスケを教えていたのだろう。


「そのときはしおちゃんにセンスがないのか、わたしが教えるのがへたなのかわからなかったけど……。永瀬くんが教えるようになって、みるみる上手くなっていくしおちゃんを見て、理由がはっきりわかった」


 修は言葉を返すことができなかった。

 汐莉は修や凪、灯湖だけでなく強豪校の準レギュラーである凛も認める才能の持ち主だ。

 修が指導するようになり、さらに凪や灯湖も本腰を入れてアドバイスをするようになった今は、周囲も驚きを隠せない程上達している。

 そして裏を返せばそれは優理の指導力のなさを物語っていた。


「ショックだったけど、それでもいいやって思えたんだ。初めはしおちゃんに頼りにされたことが嬉しくて入った部活だったけど、そのときにはしおちゃんのことが大好きになってたから、そういうの抜きにして一緒にいたいって思ったから」


 その穏やかな表情から、優理の言葉が嘘や強がりではないことはひしひしと伝わってくる。


「でも、永瀬くんが来てからしおちゃんだけじゃなくて、部の状況も大きく変わっていった。先輩たちがみんなやる気になっていって、いつの間にか目標は全国出場。わたしは意見を求められることもないまま置いてけぼりにされちゃった。まさかそんなことになるなんて思ってなかったから、驚いちゃったなぁ」

「それは……ごめん。本当は伊藤さんと美馬さんにもちゃんと話しておかなきゃいけなかったのに、あのときは渕上先輩と大山先輩のことで頭がいっぱいで……」


 目標を全国出場にするということは、最大の難関である三年二人をその気にさせてから、一年の二人に話すつもりだった。

 しかし灯湖の問題が予想以上にこじれてしまい、優理と星羅には成り行きで話すことになってしまっていた。


「ううん、それはもういいの。全国出場っていう高い目標を決めたことにも文句なんてない。部活動って、本気でやる人が優先されるべきだと思うし。それに、恥ずかしいけどわたしだってけっこうやる気だったんだよぉ? 中学のときは軽い気持ちでやってたバスケだけど、今回は頑張りたい、みんなと一緒に上手くなって、少しでも役に立ちたいって……思ってたんだよ……」


 優理の表情がまた曇っていく。

 トイプードルの垂れ耳のようにふわふわとした髪が、うなだれる優理の横顔を隠した。


「でもやっぱりダメみたい……。永瀬くん、わたしが泣いてた理由を知りたいって言ったよね」

「……うん」

「インターバル走が終わって、足がもつれて転んじゃった。そこまでは大丈夫だったんだよ。でも、立ち上がろうとして脚に力を入れようとしても、ぜんぜん動かなくなってた」

「それは仕方ないよ! 連日の二部練で疲れも溜まってるんだし……」

「でも、他には誰もそんなことになってない」

「それは……。あ、笹西の一年生はそもそも今日の練習前にリタイアしてたし、それと比べれば伊藤さんは頑張ってるよ!」


 優理の落ち込んだ気持ちをどうにかしようと必死にフォローしようとするが、優理はゆっくりと首を横に振った。


「笹西のみんなは、全国目指してないもん。そこと比べたって意味ないよ……」

「う……」


 優理の反論に修はたじろいで言葉が出なくなってしまった。

 確かに優理の言う通りだ。


「脚が動かなくなって、急に怖くなったんだ。実力も低い上に体力もみんなより劣ってる。こんなんじゃ、このまま続けてたってチームの足を引っ張るだけなんじゃないかって……。そう思ったら、涙が止まらなくなっちゃった……」


 また感情が昂ってきたのか、優理は鼻をすすり始めた。


「伊藤さん……」


 そんな優理の肩に修は手を伸ばしかけるが、触れてしまえば壊れてしまうのではないかと思う程に弱々しく震える姿を見て気が引けてしまった。


「体も心も折れちゃった……。元々不純な気持ちで入った部活だったし、全国なんて大それた目標掲げて頑張る資格なんてなかったんだよ……。このままみんなに迷惑かけ続けるくらいならわたし……バスケ部辞める。その方が自分にとってもみんなにとっても良いことなんじゃないかな……」

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