第81話
「そういえば栄城、なんだか前より雰囲気良くなってなぁい?」
「確かに、私もそれは思った」
各々が自分の注文の品を胃に納め、一息ついたところで愛美奈が切り出した。陽子もそれに同意する。
「やっぱりそう見える?」
優理が少し嬉しそうに言った。
汐莉と星羅も褒められたことが嬉しくなったのか、顔を見合わせて笑う。
「その原因はズバリ市ノ瀬さんだろう? 明らかに前より機嫌が良い。何かあった?」
「うん、まぁ、ちょっと色々あってね」
得意気に真実を言い当てためぐみに汐莉が答える。
「色々?」
「色々は色々! そこは察して? ね?」
汐莉の答えにめぐみたちは一瞬不思議そうな顔をしたが、答え辛い件であることを察してくれたのか、それ以上追及してこなかった。
「でもヤバいなぁ。ただでさえ
「そ、そうだね……。こっちは二、三年の先輩、二人しかいないもんね……」
肩を落として弱音を吐くめぐみに有紀も遠慮がちに同意した。
たしかに、栄城と笹西は部員数こそほとんど差がないが、一年生の占める割合は笹西が高い。
曲がりなりにも高校バスケの経験が長い先輩が多いほど、単純に見れば戦力も大きい。
「それに、汐莉ちゃんもかなり上手くなっていってるよね」
陽子が汐莉をじっと見つめて言った。
その目からはただ褒めているだけではなく、何か別の感情が込められているようにも見える。
「えっ、そ、そうかなぁ」
「そうなんすよ! 汐莉ちゃんの上達ぶりは異常だって、部内でも話題になってるっす!」
「え!? そうなの!?」
星羅が口にしたことを汐莉は知らなかったようで、汐莉は驚きの声を上げた。
しかし汐莉が驚くのは場違いだ。
現に汐莉の上達速度は見る者すべてが「異常なんじゃないか」と思う程のものなのである。
(そろそろ自分のセンスの良さを自覚しても良い頃だと思うけど……。まぁ、宮井さんの場合はセンスに加えて人並外れた努力家ってとこも大きいな)
修ですらこれ程の短期間で他人が満場一致で驚愕するような上達をした経験はない。
そして汐莉の他にそんな人間を見たこともなかった。
「何か特別なことしてるのか?」
「特別なことかぁ。うーん、強いて言うなら……」
「言うなら?」
蘭の問いにもったいぶってタメを作る汐莉に皆の視線が集まる。
「優秀なコーチに指導してもらってるってことかな?」
「「「優秀なコーチ?」」」
汐莉の答えに笹西のメンツは声を揃えて首を傾げた。
優理と星羅はなんとなく察しがついたのか、横目でちらりと修のことを見てきた。
「それって、有名な指導者とか、選手に教えてもらってるってこと?」
「有名ではないかもしれないけど、実力は確かな人だよ」
「誰誰!? もったいぶってないで教えてよー!」
我慢のできないだだっ子のように身を乗り出すめぐみの制服の裾を、陽子が引っ張って抑える。
「それはね~……。なんと! こちらの永瀬コーチです!」
汐莉は満面の笑みで大げさに両手を修に伸ばした。
その腕に導かれるように、皆汐莉に向けていた視線を一斉に修に向ける。
修は反射的に後退りをしようとしたが、背後にはソファ席の背もたれがあるためそれ以上下がることはできなかった。
「い、いや! 俺は大したことは何もやってないよ!」
修は苦笑いを浮かべながら両手を顔の前で激しく振った。
「本当だよ~。しおちゃん、永瀬くんが来てからぐんぐん成長していったんだぁ~。この前なんか、しおちゃんが休み時間にわざわざ永瀬くんのところにバスケの質問しに来たんだよぉ」
「うん! 永瀬くんの教え方って、すっごく上手で分かりやすいんだ! 知識も豊富だし、すごいコーチなんだよ!」
汐莉が自分のことのように嬉しそうに話すので、修は照れ臭くていたたまれなくなった。
「その話が本当ならタガモノではないな?」
「蘭ちゃん……ただ者だよ……」
「タダモノではないな?」
「永瀬くん、君は何者なの?」
蘭と有紀のやり取りを無視し、めぐみが興味深そうに目を輝かせながら修を見つめた。
「私たちも自己紹介したんだし、永瀬くんのことも聴きたいなぁ?」
愛美奈もめぐみと同じ気持ちのようだ。そして他の面々も同様に修の言葉を待っている。
雰囲気に圧されて修はこれは話さざるをえないと感じた。
それに隠しておくべき話でもない。
「別に大したことはないよ。中学までバスケやっててさ、そこそこ知識があったから今はコーチの真似事してるだけだよ」
謙遜と言うよりは、修の場合は自分で自分の経歴を話すと自慢ぽくなってしまうので、それが恥ずかしかったためかなり省略して話した。
「県の優秀選手でベスト4のチームのキャプテンだったんだって!」
自然な流れで汐莉が補足説明を入れてくれたので、笹西の五人は感心した声を上げた。
「でも本当に、宮井さんが上手くなっていってるのは宮井さんが頑張ってるからだよ。誰が教えたってこのくらい上達したさ。それがたまたま俺だっただけだ」
これに関しては謙遜ではなく本心だった。
もし汐莉が優秀な指導者のいる高校のバスケ部に入っていたら、もっとすごいことになっているだろう。
「それは違うよ」
するとそれまでの浮かれた感じが一変、とても真剣な声色で汐莉が言った。
「永瀬くんだったから、皆に褒められるくらい上手くなったんだよ。他の誰でもない、永瀬くんに教わったから。だから、ありがとう」
汐莉は修から目を逸らさずに柔らかく微笑みかけた。
あまりにも汐莉が真面目な雰囲気で言うものだから、修の心にもくるものがあった。
しかし修も汐莉もまだ何一つ成し遂げてはいない。
「それを言うのはまだまだ早すぎるんじゃない?」
「うん、そうだよね。じゃあ、これからもよろしく」
「あぁ、もちろん」
修と汐莉は顔を見合わせて笑った。
「ちょっとお二人さーん? 私らどうすればいい? 帰った方がいいかな?」
すると突然めぐみの声が割り込んできた。
現実に引き戻された修はすぐさま汐莉からテーブル下へと視線を変える。
汐莉の醸し出す雰囲気に飲み込まれてしまっていたが、周りには多くの同級生たちがいるのだ。
「驚いたよ……いきなりイチャつきだしたもんだから」
「これでも付き合ってないらしいよぉ」
呆れたように嘆くめぐみに優理が不満そうな顔で返す。
修はどうしてそこで優理がそんな顔をするのかはわからなかった。
「ごめん、私が変なこと言ったから……」
横目で見ると汐莉が頬を染めて小さくなっていた。
その仕草がとても可愛らしく思えたが、ずっと見ているとまたあらぬ疑いをかけられてしまうのですぐに視線を戻した。
そんな中、汐莉と修の間に流れる妙な雰囲気を断ち切ってくれたのは優理だった。
「ねぇ、こういう流れなんだし、恋バナしない?」
「ひらめいた!」と言わんばかりに手を叩き、目を輝かせながら言う。
「お、いいねぇ! とは言えこっちにはあんまり弾はないぞ。陽子が八人に告られたことはさっき言ったしなぁ」
めぐみもノリノリのようだった。
修は女子という生き物はどうしてこう色恋沙汰を好むのだろうと本気で思った。
しかし実際のところ高校生は男女問わずそういう話が好きなのだが、その辺りのことに修はぶっちぎりで疎かった。
「それで、陽子ちゃんはその内の誰かにOKしたの?」
「してないよ! 別に恋愛に興味ないわけじゃないけど、なんというか、タイプじゃない人ばっかりだったから……」
「じゃあタイプの人から告白されたらOKするの?」
「そりゃあ……まぁ、その時になってみないとわからないけど……」
「どんな人ならいいの?」
「えっ? えっと……真面目な人、かな……」
興味津々に質問を投げ掛ける優理に、陽子が照れながらも答える。
意外に陽子も年相応の乙女だったようだ。
「も、もういいでしょ! 五人の中では愛美奈が唯一の彼氏持ちなんだし、愛美奈に訊いてよ!」
「えっ!? 愛美奈ちゃん彼氏いるのぉ!?」
優理が今度は愛美奈に食い付いた。
愛美奈が陽子を見る。表情の変化は乏しいが、おそらく睨んだのだろう。
陽子は小声で「ごめん!」と言いながら拝むように手を合わせた。
「……そうね、中二の夏から付き合ってる彼氏がいるの。今も同じ高校よ」
「へぇ~すごい、羨ましいなぁ」
観念したように話す愛美奈に、優理はうっとりした表情で体をくねくね動かした。
「どっちからアプローチかけたんすか?」
「彼の方からよ。最初は相手にしてなかったんだけど、デートだけでもって言うから何度か一緒に遊びに行ってる内に……って、改めて説明するとなんだかとっても恥ずかしいわねぇ……」
愛美奈は相変わらずにこにこしていたが、その頬は真っ赤に染め上げられていた。
「私の番はおしまい! そっちはどうなの? 汐莉ちゃんなんて、陽子に負けず劣らずの美少女じゃない。もう何人にもアタックされたんじゃなぁい?」
愛美奈の一言に修の神経が敏感になる。
まさかこの流れで訊きたかったことが聴けるとは思わなかった。
それは汐莉が何人に告白されたか、ではなく、寺島に告白されたのかということだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます