第76話
翌日の昼休み。
昼食を終えた修の目の前では二人の生徒が会話を繰り広げていた。
「それでポップを見たらさ、みそ"ラメーン"て書いてあったんだよ。なんかそれが面白くて思わず買っちゃってさぁ」
「ええ~? ラメーンってそんなに面白いかなぁ?」
「いや、その場にいて自分の目で見たら絶対吹き出すって! くそぉ~、なんで伊藤さんあの時一緒にいなかったかなぁ!」
「わたし、平田くんに誘われてないもん」
同じクラスの
他愛のない会話だがとても楽しそうだ。優理が肩を揺らして笑う度に、ふわっとしたボブヘアーが柔らかく跳ねる。
平田とは以前から昼食を共にしており、その流れで五限目まで二人で時間を潰すということは良くあったが、修がバスケ部に入部してからは優理が女友達との昼食が終わった後に、こちらに混ざってくることも少なくない。
「あ、じゃあ今度面白ポップを探す旅にでも行く?」
「おっ、いいねぇ! 何人かに声かけてみる? なぁ修、お前も行こうぜ!」
子供のようにはしゃいだ顔をこちらに向けてくる平田に、修は真顔で答える。
「いや、興味ないからパス」
「断り方よ! もうちょっと考える素振りとか見せるべきでは!?」
オーバーな動きと共にツッコミを入れる平田が可笑しくて、修は真顔を留め切れずに少し吹き出してしまった。
「悪い悪い、冗談だよ。でも興味ないのはマジだから」
「そこはマジなんかい!」
平田のキレの良いツッコミに修は声を上げて笑う。
こうやって平田がそばでバカな話をしてくれるおかげで、修はクラスでも孤立せずに学校生活を送ることができている。
今は部活というコミュニティに属しているので以前より人間関係はマシになっているが、教室にいる時は平田の存在がとてもありがたかった。
しかも一見道化のような男であるが、実は平田は空気も読めるし少し達観しているような節もある。
勉強はできないが頭の良いヤツなのだろう。修も何度も助けてもらったことのある恩人だ。
そんな中ふと横目で優理を見ると、同じように笑っているかと思いきや何やら不満そうな顔であった。
そして何やらボソッと呟く。その声は完全には聞き取れなかったが、「二人でって意味だったのにな」と言ったように聞こえたので修は驚いた。
(もしかして、伊藤さんて平田のことを……)
そんな考えが修の頭を過った時、人影が一つ修たちに近づいてきた。
「永瀬くん」
「あれっ、宮井さん。おいっすー」
そこに現れたのは汐莉だった。体育館や自主練習コートでは頻繁に会う彼女だが、何気に教室で会うのは少なかったりする。
「おいっす平田くん、ウリちゃん」
「どうしたの? 永瀬くんに何か用?」
そう言った優理の表情は、先程までのふわふわした笑顔に戻っていた。
「うん、楽しそうなとこごめんね。どうしても気になることがあって……」
「どうしたの?」
汐莉の表情を窺うに、別段深刻な話ではなさそうだったので、修はその場で聴くことにした。
「あのね、この前ミート時のストップにはストライドとジャンプがあるって教わったでしょ? でも、あれ? これってもう一種類あるんじゃないかって思って。ストライドの逆の足から止まるやり方もアリなんじゃないかなって……どうしたの?」
汐莉は不思議そうに首をかしげなから言葉を止めた。それもそのはずだ。話している相手である修が目を丸くしていたのだから。
しかも修だけではない。平田も優理も、汐莉がわざわざ休み時間にやってきてまで気になっていたことがあまりにも予想外の内容だったため、三人して同じような顔になっていた。
「ちょ、ちょっと待って! しおちゃん、そんなことをわざわざ訊きに来たの?」
「そうだよ? 四時間目の時にふと気付いちゃって……。部活の時に訊こうと思ったんだけど、気になりすぎてこのままじゃ授業に身が入らないよ~! ってなっちゃったから」
朗らかに言う汐莉に優理は呆れているような苦笑いになった。
平田は腕を組んで「なるほど、宮井さんて意外に不思議系の子なんだな……。いや、単なるバスケバカなのか……?」とぶつぶつ一人言を言っている。
修は予想外の質問に一瞬面食らったが、汐莉は練習中も気になることがあればこうやってすぐに尋ねてくる。
タイミングが珍しかっただけで、いつもだいたいこんな感じであることを思い出して平静を取り戻した。
「宮井さん、それはもちろんアリだよ。
「だよね! 教えてくれた中になかったから、もしかしたらダメなのかなって思ってたんだ!」
汐莉が嬉しそうに何度も頷くので、サイドテールがぴょこぴょこと跳ねる。
まるで動物のしっぽのようでとても可愛らしく感じ、思わず修の顔もほころんだ。
「前のミートの時教えなかったのは、あんまり基本的なことじゃないからだよ。でも、そういうのもあるってのは教えておくべきだったな。ごめん」
「ううん全然! 永瀬くんが私に合わせて教えることを絞ってくれてるの、わかってるから。サイドストップ、だね。これってどういう時に使うの?」
「あぁ、それはね……」
汐莉は言葉や文字、写真といった情報だけで理解するのが苦手なので、修は立ち上がって身振りを交えながら解説してあげた。
「なるほど~! よくわかったよ!」
「部活でボール持って軽く確認しよう。そうした方が理解もしやすい」
「そうだね! ありがとう! じゃあまた部活でね!」
悩みの種が一つ消えた汐莉は晴れやかな表情で教室を出て行った。
「お、やっと終わったか」
「しおちゃんの行動力と探究心には頭が下がるよぉ~……」
修が汐莉に指導している間、平田と優理は二人で話していたようだ。
「クラスのヤツら、すげー見てたぞ」
「えっ、マジで!?」
修は驚いて周りを見回したが、既にこちらを見ている者はいなかった。
しかし、クラスでも日陰者である自分が不用意に目立つ行動をして注目を集めてしまったことを、今さらながら恥ずかしく思い修は身を縮めた。
「そろそろ時間だから、わたし席に戻るね」
そう言って優理は自席に戻ったが、平田はまだ修の机の前に留まっていた。
「宮井さん、ずいぶんお前のこと信頼してるみたいだな」
「……まぁ、一応バスケに関しては詳しいからな。色々教えてたら自然と、ね」
すると不意に平田が身を屈め、座っていた修の顔に自分の顔を近付けてきた。
「そういう関係じゃないことは前聞いたけどさ、やっぱり外から見ると勘違いするぜ。俺の知り合いに宮井さんを狙ってるヤツらもけっこういるんだけど、そいつらがお前のこと目の敵にしてるから気を付けろよ」
目を細めて小声で耳打ちする平田からは、いつものようにからかうような雰囲気が感じられず、修はドキッとした。
「き、気を付けるって何にだよ……?」
「え? うーん……言われてみれば気を付けるようなことはないか……。さすがに嫌がらせをしたりとかはなさそうだし……。うん、すまん! 考えすぎだったわ!」
いつもの様子に戻ってヘラヘラ笑いながら謝る平田に対し、修はジト目で睨み付けた。
「怖いこと言うなよな……」
しかし実を言うと修にも思い当たる節があった。
以前汐莉と二人でいた時に、遠巻きに恨みのこもった視線を向けてきていた男子生徒。
(たしか寺島とか言ったか……。平田と同じサッカー部だったよな。ちょっと訊いてみるか)
そう思って平田に声をかけようとしたタイミングで予鈴が鳴った。平田が自席に戻って行く。
(まぁ、後で訊けばいいか)
そう思っていた修だったが、五限目が終わる頃にはそのことをすっかり忘れてしまっていた。
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