第75話

「よろしくお願いします」

「あんまり期待しないでね」


 凪が自信なさげに言ったところで話に一区切りついたので、二人は食事を進めることにした。


 話し込んでしまったせいでポテトもハンバーガーも冷めてしまっていたが、凪は気にする様子もなく美味しそうに食べていた。


「こういう食べ物好きなんですか?」

「好き……ってわけじゃないけど。うちのお母さんが作る料理って、けっこう味薄めなのよね。だからこういう味の濃い物もたまに食べたくなるって感じよ」

「へぇ、そうなんですね」


 話の流れで凪の母、瑛子が出てきたので、修は気になっていたことを尋ねることにした。


「お母さんとは、あのあとどうですか?」

「相変わらずムスッとしてるけど、前みたいに口うるさくはなくなったわね。お父さんも交えて話の折り合いもついてるし、向こうの気分が変わらない限りはうまくやっていけそう」

「良かったですね……本当に」


 凪がバスケをすることを阻むものはもうない。そのことを改めて確認することができて、修の顔には自然と柔らかな笑みがこぼれた。


「……ほんとあんたって、いいヤツね」

「えっ、なんですか突然?」


 凪の方を見ると、彼女も修に負けず劣らずの柔らかな表情で微笑んでいた。

 凪が纏う雰囲気に魅了され、修は思わず見とれてしまう。


「自分が一番バスケがやりたいって思ってるでしょうに、他人のことでそんな風に笑えるなんて、すごいことだと思うわ。尊敬する」

「そっそんな! バスケ好きな人が、好きにバスケができるってことが嬉しいだけですよ!」


 べた褒めされたことが気恥ずかしく、修は背中がむず痒くなったので両手を激しく振って謙遜した。


「そういうところのことを言ってるのよ。……ねぇ、あんた怪我の具合はどうなの? というか、それについても詳しく聴きたいと思ってたのよ」

「俺の怪我のことですか」


 入部時に怪我をしていることは全員に告げたが、どのような怪我なのか、どうしてそうなったのか等を知っているのは部員では汐莉だけだ。


 ベラベラと喋るようなことではないが、隠しておくようなことでもない上に、凪になら話してもいいと思った。

 それに、汐莉のおかげで既に過去とは決別している。この話をしたところで修の心は痛まない。


「そうですね……。全部話すと長くなるので、端折りはしょりながらになりますけど……」


 修は自分が怪我をした経緯や程度、現状などを要点を絞って説明した。

 そこにはもちろん、汐莉のおかげで再びバスケと向き合えるようになったことも含まれる。


「なるほどね……あんた、けっこう大変だったんだ」

「でも、今はもう大丈夫です。完全に吹っ切れましたから!」


 修の気持ちをおもんばかってくれた凪が暗い表情になってしまったので、修はもう心配はいらないとばかりに元気よく言い放った。


「というか、宮井も大した子よね……。そこまでしてくれるって、もしかして宮井とあんたって昔からの知り合い?」

「いえ、俺もそうなのかなって思ったんですけど、宮井さんに訊いたら『会ったことはない』って言われました」

「ふーん……。ま、ようやく合点がいったわ。なんであんたが女子部のマネとして入ってきたのか、なんで宮井が突然上手くなってきたのか」

「確かに上手くなり始めたのは俺が教え始めてからですけど、宮井さんの上達速度は異常ですよ。ああいうのを天才って言うんですかね」

「そうね……。長年やってると色んな人たちを見る機会があったけど、宮井は天才だと思うわ」


 県優秀選手クラスのプレイヤー二人が口を揃えて天才と称する少女。

 高校から始めたばかりの初心者だが、ここ一ヶ月程でめきめきと伸びてきている。


「でも、あんたがアドバイスしてるの横でたまに聞くことがあるけど、かなり的確だと思うわよ。宮井の成長はあんたの手腕によるところもあるってことは自負してもいいと思うわ」

「そ、そうですかね……。ありがとうございます」


 修は立て続けに褒められてにやけが抑えられずもじもじした。


「二人はもう付き合ってるわけ」

「はい?」


 突然凪から予想外の質問が飛び出してきたので修は面食らってしまった。

 そう言えば少し前にも同じようなことを平田に尋ねられた。

 自分たちのことを客観的に見るとそういう風に映ってしまっているのだろうか。


「いや、付き合ってないですよ」


 汐莉の名誉のためにも修は頑とした態度で否定する。


「宮井さんには恩があるから、それを返すためによく一緒にいるかもしれませんけど、それだけです。宮井さんも俺との関係は師匠と弟子みたいなものだって言ってますし」


 修は紛うことなき事実だけを口にしたつもりだった。

 しかしそれとは裏腹に、修の胸の内には何やらもやっとした感覚が広がる。


(なんだ? この変な感じ……)


「そうなんだ」


 困惑する修をよそに凪は短く返事をした。その声は淡々としたものであったが、表情は何故か少し嬉しそうにも見えたのは見間違いだろうか。


 その後はお互いの昔のことなどのバスケの話をした。

 バスケ好きの度合いだけで言えば汐莉も負けていないが、知識やスキル等が自分と同等かそれ以上である凪との話は楽しく、だんだんと昔の自分に戻っていっている実感がとても心地よかった。


 汐莉も上達していっているし、先輩の一人とも打ち解けられた。自身のリハビリもゆっくりではあるが進んでいる。

 栄城バスケ部に入ってから、今のところ修の周りのあらゆることは順調であるように見えた。

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