第61話

 修が汐莉の練習コートに到着した時、既に汐莉はシュート練習を行っていた。

 学校から自宅までの距離は修の方が近いのだが、修は徒歩、汐莉は自転車通学なのでその分汐莉の方が早く着いたようだ。


「ごめん、遅くなった」


 修は声をかけながら金網の扉を開けてコートの中に入る。

 シュートを撃って着地した汐莉がその声に振り向いた。


「ううん、大丈夫だよ!」


 そう言って笑う汐莉の背後でバスンッと音を立ててボールがゴールネットを通過した。

 相変わらず綺麗なシュートだ。「ただシュートを撃つ」ということに関しては、もはや修が汐莉に言うことは何一つないと言えるレベルに達している。


 才能か、それとも努力の結晶か。

 どちらにせよ総合的な実力に不釣り合いなそのシュート力をどう活かしていくかが、今後の汐莉の課題になってくるのは明白だ。


「さぁ、今日はどんな練習をしようか」


 修は荷物をベンチに置き、軽く腕のストレッチをしながら汐莉に尋ねた。


「実は考えてたことがあるんだ」

「考えてたこと?」


 見ると汐莉は神妙な面持ちでこちらを見つめてきた。


「私を試合に出られるようにしてほしいの」

「試合に出られるように? どういうこと?」

「……この前笹西との試合形式ゲームでちょっとだけ出させてもらったでしょ? あのときは永瀬くんが私にやることを限定してくれて、それだけを意識したからシュートを決められたけど、それ以外は何もできなかった」


 確かに、あのときはあらかじめ決めておいたパターンのストップ&ジャンプシュートは上手く決まったが、汐莉のディフェンスからの失点が目立っていたし、パス回しの際も大きなミスはなかったもののテンポを止めてしまっていた。


「あんなんじゃまだまだ試合には出られない。だから、私が試合に出るために必要なことを教えて……!」


 汐莉はそんなことを考えてたいたのか、と修は驚いた。

 笹西との試合形式ゲームの時は、やるべきことをしっかり達成できて修は感心したし、汐莉も満足していたものだと思っていた。

 しかし実際は、汐莉は自分の無力さを実感して悔しい思いをしていたのだ。


(だからあんなに自主練習することに躍起になってたのか……)


 飽くなき向上心は汐莉の良いところだ。ただ今回のことに関しては少し焦りすぎているようにも感じる。

 栄城は部員が少ないこともあって、試合に出るチャンス自体はそれなりにあるとは思うが、汐莉の言う「試合に出る」とはただ出場するということではなく、戦力になるということだろう。

 まだ始めて3ヶ月そこそこの汐莉にはなかなか高いハードルではなかろうかと修は思った。


 ふと改めて汐莉の表情を見る。

 唇を固く結びぱっちりと開いた目で修を見ていた。強い意志の籠った真剣な表情。既にこれまで幾度となく見た顔だ。


 修は軽く息を吐いて笑った。汐莉のこの顔には弱い。


「わかった。じゃあ当面の目標は試合で戦える力を付けるってことでやっていこう」

「ありがとう! ディフェンスでも一対一ワンオンワンでもなんでも来いだよ!」


 汐莉が顔を綻ばせて喜ぶが、修はそれを遮るように右手を上げ掌を汐莉に向けた。


「ごめん、勘違いしてるようだから訂正させてもらうよ。多分宮井さんは、試合に出るためにはシュート、パス、ドリブル、ディフェンスとか、すべてのスキルが一定以上のレベル、あるいは総合力で一定以上のレベルが必要だと思ってるよね」

「え、うん……。だってそうじゃないの? 実際この前はシュート以外何もできなくて足を引っ張っちゃったし……」


 汐莉は修が言いたいことがわからずに困惑した表情を見せた。


「それももちろん間違ってるわけじゃないよ。なんでもこなせるプレイヤーっていうのは理想型に違いないしね。でも宮井さんは初心者で、その域に達するにはかなり時間がかかると思う。宮井さんの言う『試合に出たい』っていうのは、遠い先の話じゃなくて、できれば今すぐにでもって感じでしょ?」


 修の問いに汐莉はコクンと頷いた。


「でも、それじゃあどうすればいいの? やっぱりこつこつ練習していくしかないのかな」

「いや、そうとも限らない。今まで色んなチームと試合をしてきたけど、試合に出てる人全員がなんでもバランス良くこなせていたかと言えば、全然そうじゃない。もちろん強いチームも例外なくね」

「つまり……どういうこと?」


「何かしら一芸に特化すればシチュエーションによっては試合に出れるってことだよ。例えば相手のエースを止めたい時にディフェンス特化の人を当てるとか、展開の速いゲームにしたい時に足が速くてアウトナンバーオフェンス(二対一等オフェンス側の人数が多いシチュエーションでの攻撃)が得意な人を入れるとかね」

「なるほど。手っ取り早く試合に出るためには、何か一つ使える武器があれば良いってことだね」

「その通り!」


 汐莉は修の言いたいことを理解してくれたようだ。顎に手をやり真剣な表情で少し俯いている。


「宮井さんの場合、その一芸ってのは既に身に付いてるわけだから、そこをさらに伸ばしていけば試合に出られる可能性は高まる。何のことを言っているのかはわかるよね」

「うん。私の一芸――武器は、シュート」


 汐莉の答えに修は満足したように頷いた。

 すぐに答えたということは、汐莉自身自分のシュート力に自信を持っているということだ。人に言われるのと、自分で理解しているということの差は大きい。


「ということで今後の練習ではシュートを磨いていこう。とは言っても、宮井さんは撃つだけならもう充分なレベルにあるから、いかにノーマークを作るか、という所に焦点を当てることにしようか」

「いかにノーマークを作るか……」


「ノーマークを作るのに一番簡単なのはスクリーンプレーなんだけど、人員が足りないから今は一人でマークを剥がす動きの練習をしようか」

「わかった!」


 汐莉が元気よく返事をした。新しいことを教わるときの汐莉はいつもこんな感じだ。

 目がキラキラ輝いていて、わくわくしているのが伝わってくる。


「やり方は色々あるけど……そうだな、これまで教えたミートとトリプルスレットから繋がるプレーを教えようか」

「うん! お願いします!」

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