第48話
休日明けの月曜日。
二時間目が終わり休憩時間になった。
朝からガンガン働いている冷房のせいか、修は喉が渇いたので水筒を取り出そうと鞄を漁る。
「あれ?」
毎日持ってきている1リットルの水筒に、どれだけ手を動かしても触れることができない。
今度は鞄を開いて目でも確認しながら漁ってみるが、水筒は見当たらなかった。
(マジか……忘れてきた)
毎朝麦茶の入った水筒は祖母の明子が用意してくれている。
明子が忘れることはほぼないので、修が鞄に入れるのを忘れてしまったのだろう。
修は顔をしかめてため息を吐く。
我慢しようかとも思ったが、やはり喉が貼り付く感覚が不快でならず、自動販売機で飲み物を購入しようと判断して席を立った。
「あれ? どっか行くのか?」
自分の机に頬杖をついてぼーっとしていた平田が修に気付いた。
「ちょっと飲み物を買いに。お前も行くか?」
「いや、俺はできるだけ教室から出たくない。外はジメジメしてて、中庭まで行って帰ってくるだけで汗だくになっちまいそうだ……」
「そうか、じゃあな」
平田はぐったり机に突っ伏して、修の方を見ずに手をひらひらと振った。
修は平田の席を後にして廊下に出る。
平田の言う通り、冷房の効いていない廊下に出た瞬間湿度の高い暑い空気がもわっと修を包み込んだ。
もう7月だ。夏と言っていい季節となり、太陽もようやく出番だとばかりに張り切っているようだ。
そんな空気にげんなりしながら、修は廊下を進み中庭の自動販売機が並ぶエリアにやってきた。
自動販売機には先客がいた。染めているような明るい茶色いショートヘアーの少女。
その少女は取り出し口からペットボトルを引き抜くと、修の方へ体を向けた。
修はその顔が見知ったものであることに気づく。
「あ、こんちわっす! 白石先輩!」
二年の先輩、白石涼だ。
涼は修に気付くといつものようにむすっとした顔で普段から細い目をさらに鋭く尖らせて、小声で「うん……」と言った。
相変わらず社交性のない先輩だなと修は思った。
涼とは入部以来部活のこと以外で話したことはない。
そもそも他の部員ともほとんど喋っている所を見たことがない。
強いて言うなら、だいたいいつも同級生の菜々美と一緒にいることが多いので、二人で話している所は見かけるが。
「……何?」
「へ?」
涼の声が聞き取れず、修は間抜けな声で聞き返す。
「だから、何?」
今度は若干ではあるが先程よりも大きな声で涼が声を発した。
何の用かと訊いているようだ。
「いえ、俺も飲み物買いに来たんです。水筒忘れちゃって」
偶然会っただけで涼に用事はなかったのだが勘違いさせてしまったのだろうか。
修は実は不良っぽい見た目で目付きが悪い涼に対して恐れを抱いているので、挨拶をした後はさっさと立ち去って欲しかったが予想外の展開になってしまった。
「だから、何買いに来たの?」
涼は今度は少し苛立ち混じりの声で、更に目を細めて言った。
(なんで怒ってるんだ!?)
修は焦りながらも速く返答せねばどうなるかわからないと思い、急いで口を開いた。
「緑茶を買おうと思ってます!」
背筋を伸ばしはっきりとした口調で言う。
こういう態度は中学時代に身に付いたものだ。先輩には礼儀正しく。文化部はどうかはわからないが、運動部ならどの部も叩き込まれる作法だろう。
それを聞いた涼は自動販売機に視線を戻し、手に持っていたがま口から小銭を投入してボタンを押した。
よく見ると小さくてかわいいがま口を持っている。
見た目によらず趣味はかわいいものが好きなのだろうか。
「……ん」
そんなことを考えていた修に、涼は取り出した緑茶のペットボトルを差し出してきた。
修は状況が飲み込めずにまたもや「へ?」と間抜けな声を出してしまう。
涼が修の胸にペットボトルを押し付けてきたので、修はそれを両手で受け取った。
修は代金を払おうと慌てて自分の財布を取り出そうとするが、涼に手で制される。
「いい。おごり」
「あ……ありがとうございます」
「別に。先輩が後輩におごってあげるのって、普通のことでしょ」
「はぁ、そうなんでしょうか……」
社会人ならともかく、高校でその構図が当てはまるのかは少し疑問が残る。
しかし、涼は不良っぽい見た目とは裏腹にもしかしたらずっと優しい人なのかもしれない。
それに、涼がちゃんと自分のことを後輩だと思ってくれていることが修には嬉しく思えた。
バスケ部について涼と話せるチャンスかもしれない、そう思い修は立ち去ろうとする涼を呼び止めた。
「あの、白石先輩!」
「……何?」
「白石先輩は、バスケ部のこと、三年の先輩のことどう思ってるんですか?」
「……どういうこと?」
修はうろたえた。修の言葉で涼はぴくっと眉にしわを寄せたが、その顔がとても怖かったからだ。
だがここまで言ってしまえばもう誤魔化しはきかないだろう。
涼の中に垣間見えた優しさに賭けて、修はそのまま続ける。
「三年の先輩たちって、なんか冷たいっていうか、ドライっていうか……。一年にアドバイスとか、全然してないじゃないですか。ああいうの、二年の先輩はどう思ってるんですか?」
正直な所今修が言ったことは二年にも当てはまることではあった。
だが、菜々美は比較的一年に教えている姿はあるし、涼に関しては性格的に教えたりするのができないのだろうと思っていた。
「三年の先輩たちは、普段は優しくて良い人たちだと思います。でもバスケに関しては、ずっと違和感を感じてるんです……」
修はそこまで言って涼の反応を探った。
涼は未だ修を睨み付けているが、先程よりも幾分怖さは減ったように感じる。
「……永瀬は、どうしたいの?」
「俺は、このままは良くないと思います。せっかくチームとしてやってるのに、チームが強くならないやり方は変えていきたいと思ってます」
汐莉は「やるなら上を目指したい」と言っていた。
だがバスケがチームスポーツである以上、上に行くにはチームで強くならなければいけない。
そのために、修は汐莉の指導をするだけではなく、チームをまとめる必要があると考えていた。
涼は真意を推し測るかのように修の瞳を見つめてきた。
修も負けじと見つめ返す。すると涼は観念するかのように視線を地面に落とした。
「……三年には、三年の事情があるんだと思う」
優理も同じようなことを言っていたのを思い出す。
「事情って一体何です?」
「それはわからない。でももし、永瀬がチームのために何かしたいって思ってるなら……」
涼は一旦間を置いて再び修と目を合わせた。
「最初にアクションするなら凪さんが良いと思う」
「市ノ瀬先輩に……? なんでです?」
「灯湖さんと晶さんは割と前からあんな感じだったけど、凪さんはそうじゃなかった。ああなったのは進級する前くらいからだったかな……。最近は特に、何かにイラついてるように見える」
涼が遠い目をしながらゆっくり語る。
凪の問題は他の二人よりも根強いものではないと涼は踏んでいるのだろうか。
「一年のこと、ごめん。アタシ、こんな性格だから教えるのってほんとに苦手で……。でも、これからはできるだけ一年に教えるように頑張る……。下手だから教えられること少ないけど……」
じゃあ、と言って涼は踵を返した。
「あ、ありがとうございました!」
修は去っていく涼の背中に向かって頭を下げた。
涼は振り返ることなく歩を進めて行ってしまった。
涼は一年にアドバイスしてくれると言っていたし、三年に関する情報も少しではあるが得られた。
少しずつでも状況が打開できるかもしれない。修は希望の光が差してきたように感じた。
涼と話したことで元々渇いていた喉がカラカラだ。
修は涼からもらった緑茶を一口飲み喉を潤した。
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