第44話
修は手早く着替えて更衣室を後にした。
廊下に出ると会話の内容は聞こえないものの、女子更衣室から賑やかな声が漏れているのに気付く。
どんな話をしているのか少しだけ興味があったが、聞き耳を立てるなどといった低俗な行いはできるはずもない。
既に先輩たちとも挨拶を交わしたし、自由解散であることも確認済みであったので、修は女子部員を待たずに帰ることにした。
修は自転車に向かいながら先程のゲームを思い出す。
汐莉がフリースローライン付近からのミドルを決めた後、陽子にシュートを決められてしまったので、結局二本目は17-18で負けてしまった。
恐らく初心者の汐莉に上手くシュートを決められて、陽子も内心穏やかではなかったのだろう。
それまでになく強い意思でボールを要求していたし、ボールを持った時も目がギラついていた。
(初心者相手にムキになるなよ……と言われそうでもあるけど、やっぱ相手が誰であれ、自分のマークマンに良いプレーされたら熱くなるよな)
修はああいう感情を剥き出しにしたプレーはどんどんやっていくべきだと考えている。
もちろん常に冷静でいられるプレイヤーは素晴らしい。
しかしバスケは闘志とか意地とか、そういった感情のぶつかり合いをしてこそである、というのが修のポリシーだった。
(てか、やっぱり宮井さんすごいよな……。出る前はあんなにテンパってたのに、いざ始まったらきっちり言われたこと、こなしてるんだもんな……)
トリプルスレットもボールを持つ度しっかりやっていた。
教えられたことをすぐに実践する姿勢と、それら吸収していく柔軟さは誰しもが持っているものではない。
それだけでも才能と呼べるだろうが、汐莉はさらに上達のスピードが今まで修が見てきた人の中でも段違いだ。
(もしかしたら一年の内にバリバリ試合で活躍できるレベルになるかもしれない)
修は改めて汐莉の将来を非常に楽しみに思った。
自分の自転車に到着した修は、ポケットから鍵を取り出しリングタイプのロックを外す。
「永瀬く~ん! 待ってぇ~!」
すると後方から自分の名を呼ぶ声が聞こえたので振り返ってみると、制服に着替えた汐莉が走ってくるのが見えた。
修の心臓が跳ねる。
しかしそれは苦しい鼓動ではなく、トクントクンと軽やかなリズムで跳ねるような、心地の良い鼓動。
修は不可解な反応を示す自分の心臓に困惑しながら、走り寄ってくる汐莉の方へ歩を進めた。
「良かった! まだ帰ってなくて!」
さすがはアスリート。それなりに急いで来たようだが、体育館からの短い距離を走った程度では息を切らすこともなく、汐莉はすぐに喋り出す。
「どうしたの? 何か忘れ物でもしてたかな」
「ううん、そうじゃなくてね。今、ウリちゃんとミマちゃんとお昼食べに行こうよって話してて。せっかくだから永瀬くんも一緒にどうかな?」
「えっ、俺も?」
修は少し考えた。
というのも、いつも仲良しの女子三人組の中に雑ざるのは、最近知り合ったばかりの男子にとってはハードルが高い。
話に付いて行けずに気まずくなってしまわないだろうかと心配なのだ。
「もしかして、用事とかあった……? 無理にとは言わないけど……」
すぐに返事をしない修に対して、汐莉は少しだけ悲しそうに笑った。
その顔を見た瞬間、修はとてつもない後ろめたさを感じて顔をひきつらせる。
「いや! 行くよ!」
気付いた時には承諾の返事をしていた。
「ほんと!? じゃあもうちょっとだけ待ってて! 二人にも知らせてくるから!」
汐莉は嬉しそうにそう言い残し、また体育館へと走って行った。
不用意に行くと言ってしまったが、改めて考えるとやはり女子グループの中に男一人は緊張する。
これまで男女共に複数人のグループで遊びに行った経験は何度もあるが、このパターンは初めてだ。
また、学校付近や駅前なら部活帰りの栄城生も同じく昼食をとっている可能性もある。その中には修のクラスメイトもいるだろう。
(せめて誰にも見られませんように……)
修は心の中で祈りを捧げた。
平田健次は駅前のハンバーガーショップでポテトを頬張っていた。
サッカー部の同級生三人と共に部活後のランチタイムであるが、冷房の効いた店内が居心地良く、全員だらだらとした時間を過ごしていた。
育ち盛りの男子高校生の部活後である。皆それぞれ多種多様なハンバーガーを二つも三つも平らげていた。
平田は元々少食な方なので、普通のハンバーガーとポテト、ドリンクのセットのみを食べており、仲間たちの食べっぷりを感心しながら眺めていた。
「なぁお前ら知ってるか? この店お冷や頼んだらものすごいちっちゃなコップで出てくるんだぜ?」
「あー! 知ってる! てか前それで出てきてちょっとイラっとした!」
「え~? ハンバーガーショップでお冷やなんか頼むなよケチくさい」
「いやいや! 普通飲食店はどこもお冷や飲み放題だろ! でもここはなんかあからさまに『ドリンクも頼め』感出してくるからさぁ。なんかヤじゃね?」
「わかってねぇなぁ。ハンバーガーにポテトと来たら、そこにはコーラがあって然るべきなんだよ」
「いやいやそれはぁ~……わかる!」
「わかるんかい!」
三人は他愛のない会話でバカみたいに盛り上がっていた。
このメンツでいると大抵こんな中身のない話ばかりだ。
それはそれで楽しいが、いつもこのレベルの話ばかりしているとバカに磨きがかかってしまいそうである。
平田はふと修のことを思い浮かべた。
修は基本的には冷静で頭も悪くない。修のようなタイプの人間との会話は、普段ここにいる者たちとしている会話とギャップがあり、良い刺激になる。
入学時はかなり影を帯びた性格をしていたが、最近はとても明るくなった。
平田は中学時代の修のことは知らないが、恐らく最近の方が元々の性格なのだろう。
もちろん平田は彼らを修と比較して見下しているわけではない。
どちらも自分にとって必要な存在だと平田は感じていた。
「健次聞いてんのか?」
会話に入らずぼーっとしていた平田に友人が少し機嫌が悪そうに言った。
「聞いてるよ。てかお前ら、あんまりデカい声で文句ばっか言うな~? チーフっぽいおばちゃんがレジからめっちゃ睨んでんぞ~」
「えっ、マジかよ?」
三人は声を小さくしただけでなく、一斉に身を屈めて横目でレジの方を向く。
しかしそちらには綺麗めのお姉さんが立っており、こちらの方には目もくれていない。
「おばちゃんなんていねーじゃねーか!」
「くくく、嘘だよ」
平田は三人の反応が面白くて腹を押さえながら笑った。
そしてなんとなく視線を窓の外へと移していった。するとその先に見知った顔が二つ。
(あれは……宮井さんと……修?)
制服姿の二人が並んで信号待ちをしていた。
(おいおいもうそんな仲なのか? 聞いてないぞ)
平田は予想外のことに少し驚きながら二人を見つめる。
「ん? あれってB組の宮井じゃね!?」
すると友人の一人もそれに気づいて窓の外を指差して声を上げた。
「ほんとだ宮井さんだ! あれ!? 男と歩いてね!?」
「マジかよ! あれ誰だ?」
汐莉は学年でも可愛いと評判で、下世話な男子なら誰しもが知っている存在だ。
しかし反対に修は最近まで目立たず部活にも入っていなかったので、認知されていないのは無理もない。
「あれ、永瀬だ。健次のクラスメイトだろ?」
先程まで高いテンションでバカ話をしていた友人の一人、寺島があからさまに不機嫌な顔で言ったので平田は面食らった。
「そ、そうだな。クラスメイトの永瀬修だ」
「あいつらって付き合ってんの? 健次、永瀬と仲良いだろ? なんか知ってんじゃねーの?」
「い、いやぁ……付き合ってはないんじゃないかな? そんな話聞いたこともねーよ」
詰問するように寺島が捲し立てるので平田は少したじろいだ。
恐らく付き合っていないというのは合っているだろう。
しかし恋愛感情かどうかはわからないが、修が汐莉のことを特別な存在だと思っているのは確かなはずだ。
ただそのことを言うのは修のプライバシーに関わることなので、平田は言葉を心中に留めた。
「俺も宮井さんみたいな子と付き合いてー!」
「宮井汐莉……いいよな……」
相変わらずの会話をする二人だったが、寺島は仲良さげに歩く汐莉と修を怖い顔で睨んでいた。
平田は目だけを動かして寺島と修を交互に見やりながら、ドリンクをストローで吸った。
氷がとけて味気がなくなった液体を喉に流し込みながら、平田は内心で冷や汗をかく。
(めんどくさいことにならなきゃいいけど……)
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