第43話

「「「ありがとうございました!!!」」」


 クールダウンも終わり、両顧問の話を聴いたあと。

 両チーム整列して向かい合い、大きな声で挨拶を交わした。

 これで今日の練習は終了だ。


 学校学年関係なく、全員で後片付けを始める。

 両校入り乱れての後片付けだが、見た感じ学年で固まって作業をしているようだ。


 既に何度も合同練習をしているためか、お互いそれなりに仲が良いことが伺える。


 修はこの雰囲気に馴染めず、一人でタイマーの片付けをすることにした。

 テーブルに置くタイプではなく、高さのある自立スタンド付きのタイマーだ。

 コンセントを引き抜き、長いコードを巻き取ってスタンドのフックにかけた。


 ふと、これをどこに片付ければいいのか知らないことに気付き、誰かに訊こうと周りを見回した。


「お困りかい?」

「うぇっ!?」


 突然後ろから声をかけられて、驚きのあまり体をビクンと跳び上がらせてしまう。

 慌てて振り向くとモップを持った笹西の一年生二人が驚いた表情でこちらを見ていた。


「ご、ごめん、そんなに驚くとは……」

「だからやめとこうって言ったのに……」


 と言うことは最初から驚かすつもりで近づいてきたようだ。


「いや! 大丈夫大丈夫! 気にしてないから!」


 修は間抜けな声を上げてしまったことが恥ずかしくなり、大袈裟に手を振って誤魔化そうとした。


「ええと、二人は確か……」

「一年おか めぐみ。こっちは島田 陽子しまだ ようこ


 修を驚かせたのがめぐみ。ゲームではポイントガードとして出ていた。

 陽子は汐莉をマークしていたシューティングガードだ。練習中からクールな雰囲気が印象的だった。


「ごめん、朝にも紹介してもらったのに」

「いやいや、私も人の名前覚えるの苦手だからさ。それより、なんか探してた?」


 めぐみの言葉で自分がタイマーを片付けようとしていたことを思い出す。


「このタイマーを片付ける場所を教えて欲しいんだけど」

「あっちの倉庫だよ。あたしらもモップ片付けるから一緒に行こう」


 そう言って二人は歩き出した。修もキャスター付きのタイマーを押して付いていく。


「んで、永瀬くんは誰のことが好きなの?」

「……は?」


 めぐみの突然の質問を、修は意味がわからずに聞き返してしまった。

 陽子は呆れ顔でため息をつき、片手で頭を抱えている。


「男子で女子部のマネージャーなんて珍しいからさ。誰か狙ってる子がいるんじゃないかって話してたんだ~」

「話してたって、この子が勝手にベラベラ喋ってただけだから。永瀬くん、答えなくていいよ」

「いやいや! 答えなきゃダメだよ! どうなの永瀬くん?」


 めぐみは瞳をキラキラさせながら興味津々といった表情で修に詰め寄ってきた。

「好き」とか「狙ってる」と言われて、咄嗟に修の脳裏に浮かんだのは汐莉の姿だった。


(なんで今宮井さんが頭に浮かぶんだ!?)


 確かに修がこの部に入ったのは汐莉のためだ。

 だがそれはそういう気持ちではなく、自分をバスケに繋ぎ止めてくれたことへの恩返しのためだ。


「お、その様子だといるんだね!? 誰だれ!? 星羅!? 汐莉!? 優理!? それとも先輩かなぁ? 渕上さんとか美人だもんねぇ。でもあたし的には市ノ瀬さんみたいな気の強そうな人もタイプなんだけど」

「ストップめぐみ、そこまでにしなよ」


 急に捲し立てるように喋り出しためぐみを、陽子がTシャツを強めに引っ張って止める。

 修はぐいぐい来るめぐみに若干引き気味になってしまった。

 こういう話は苦手なのだ。


「えー、なんでよ! 恋愛バナシはそう簡単には止めら!」

「ん?」

「気にしないで。こういう子だから」


 今のはもしかしてダジャレだったのだろうか。

 ダジャレを言う女子高生など一般的にも珍しい生き物だろう。

 めぐみは変わった子だという印象が更に強まった。


「何のお話してるのぉ?」


 倉庫まで来ると同じくモップやボールを片付けに来た優理に鉢合わせ、声をかけられた。

 傍らには汐莉もいる。


 修は汐莉と目が合った。先程のめぐみとの話を思い出してしまいドキッと心臓が跳ねる。

 しかしここで目を逸らしたりすれば、めぐみに邪推されてしまうと思い、なんとか苦笑いで我慢した。


 汐莉はあどけない表情で首を傾げて笑っていた。


「あのねー、永瀬くんがねー、んーー!?」

「ほんと、そこまでにしなって。永瀬くん困ってるだろ」


 ベラベラと喋ろうとするめぐみの口を、陽子が強引に押さえて黙らせた。


「伊藤さんも気にしないで。バカがちょっと暴走してるだけだから」

「んーー!んーー!」


 めぐみが陽子の腕を振り払おうとしながら苦しそうに唸るが、陽子はかなり強い力で押さえているようでなかなか脱出できない。


「もう言わない?」


 陽子が鋭い目で睨むとめぐみは激しく頭を上下に振ったので、陽子は手を離す。

 解放されためぐみは苦しそうに呼吸をしてから、ぐったりおとなしくなった。


「え、結局どういう状況だったの……?」

「さぁ?」


 優理と汐莉はぽかんとしていたが、修の口からは説明してあげられないのでスルーしてタイマーを倉庫の端に置き、逃げるようにその場を離れた。


 フロアを見回すが片付けはすべて終わったようだ。

 倉庫にいた部員たちもぞろぞろとフロアに出てくる。


「終わったみたいね。じゃあ解散しましょう」


 片付けの終了に気付いた笹西の顧問が皆に声をかけた。

 おそらくまだ二十代の若い女の先生だ。

 川畑と同じくバスケ未経験者らしく、練習中指示出しは一切していなかったが、時折応援の声を出したりしていてとても感じの良い人である。


「あまりだらだらせずに、早く帰って休むようにね」


 彼女が穏やかに笑って言い、部員たちも素直に返事をした。

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