ロキ様はラグナロクがお嫌い
がっかり子息
第1話 極小巨人が神になるまで
まずは、俺の身の上話から始めよう。
俺は巨人の国、ヨツンヘイムで産まれた。
そう、俺は純血の巨人族だ。
しかし、体が敵対してる神族と変わらぬほどに小さかったことが原因で、産まれて間もなく出来損ないとして捨てられた。こうなってしまったら、そのままのたれ死んじまうのが世の常だ。
だが、俺は違った。
子供が欲しいと願っていたが、それがかなわず悩んでいた巨人の女、アングルボザに拾われたお陰で無事、元気にすくすくと成長したんだ。で、お陰さまでしっかり一人で生きていくことができるようになりました。ということ。しかも彼女ったら、やりたいことをやらせてくれてさ。今となっては俺も皆に一目置かれる魔術の使い手なんだぜ。ありがたい話だよ。
だがな、重要なのはここからだ。
俺がちょうど反抗期のころ、育ててくれたアングルボザが大怪我をしてしまった。すぐに彼女の手当てをしたけれど、もう手後れ。
あとは、死ぬのを待つだけだった。そんなとき、泣きながら彼女を抱く俺に、アングルボザは言ったんだ。
「私の心臓を食べなさい。そうすれば、貴方はまた家族を得ることができる。大丈夫。一人にはさせないわ」
言ってることの意味がさっぱり分からなかったんだが、俺は何度も頷いた。そして、彼女が息を引き取った直後に、その言葉を実践した。
でだ。
ここ、びっくりポイントな!
アングルボザの心臓を食べるじゃん?そのときはなにも起こらなかったんだけどさ、数ヶ月後、判明するんだよ!
俺、妊娠してたの!
そりゃ、慌てたね。慌てに慌てた結果、とりあえず女に変身してひっそりと出産の準備を始めたんだけどな、ここで考えたわけよ。俺自身のサイズは神族や人間と同じで、巨人族よりずっと小さい。いや、喧嘩には自信があるんだけどさ、今回は状況が状況だ。身重の女がひとり。しかもそいつは、巨人族と敵対してる神族サイズ。巨人族に見つかったりしたらどうなるか。
慌てて人間の国であるミッドガルドまで逃げたよね。
で、無事俺はミッドガルドでかわいい女の子を産んだんだ。
半身が腐ったかわいい女の子。名前はヘルにした。大切に大切に七年間育てたんだが、女心ってやつは、女の姿で七年過ごしても分からなかった。そのせいで娘と大喧嘩しちまって。彼女は「ママの選ぶダサい服なんて、うんざり!」なんて言いながら出ていったっきり帰ってこなかった。
そりゃ、なんども探したさ。でも、彼女は見つからなかった。
育ての親は死んで、彼女が残してくれたかわいい娘も出ていって、さすがに俺もかなり落ち込んださ。勤め先の牧場主は気にかけてくれていたが、プロポーズは断った。いいやつだったんだけどな、俺、男だし。いや、当時は女に変身してたんだけど。
そんな時、俺の人生を変える男に出会った。近所の川辺で不貞腐れてた俺に、あいつは話しかけてきたんだ。
「美しいお嬢さん、貴女に泣き顔は似合いませんよ」
なんだこのナンパ氏は。
べつに泣いちゃいない相手にその口説き文句は無いだろう、と舌打ちしながら振り返ってみたら、とんでもない人物がそこに立っていた。無駄につばの広い帽子をかぶって、日差しの強い午後だっていうのに分厚いコートを着ている、どう見ても普通という言葉と、かけ離れた姿の男。つか、ナンパしてるくせに帽子のつばで顔が見えやしねえ。いかにも犯罪者風の男に俺が後ずさりながら苦笑いをかえすと、彼はつばを少しあげて、綺麗な二重の片目を笑わせた。その人懐っこそうな表情に少しだけ警戒心がとけ、距離を取りつつも男と向き合うと彼はまた口を開く。
「なにか、悩みごとでも?」
「いえ、気になさらないで。ごめんなさいね、気を使わせてしまって」
彼の風貌はその、正直あれだが、いいやつなのかもしれない。見た目で判断してごめんなさい。表には出さないが、心で誰にも届かない謝罪を繰り返しながら返事をすると、彼はまたにこりと笑い、即座に距離をつめて俺の手をとった。いいやつではあるようだが、この気安い態度は気に食わねえな。
「アース神族の王、オーディンたるもの。美しいお嬢さんをほおっておくなどあり得ませんよ」
「はい?」
彼がとった手を見て顔をしかめていたところで耳に入った言葉に、俺は一瞬ついていけなかった。俺達巨人族の敵、アース神族。その王が、なぜ人間の国であるミッドガルドにいる?アース神族はあいつらの国であるアスガルドにいるべきだ。王ならなおさら。いやいや、それよりも自分で名乗る時点で胡散臭すぎる。つくならもっとまともな嘘をだな…
それとも、これは彼なりに必死に考えたギャグなのだろうか、逆に半周回って本当のことなのだろうかと思考をめぐらしていると、彼はさらに笑みを深くして顔を近づけてきやがる。そして、確認出来たのは、彼が隻眼だということ。戦の神であるはずのオーディンが隻眼とは、そんな話は聞いたことがない。
俺は、ここにきて彼が嘘をついていることに気がついた。あ、めんどくさいやつだ。さっさと追っ払おう。
「この私ならば、貴女の悩みなどベッドの上ですぐに忘れさせてあげますよ」
よし、今すぐ、即座に、有無を言わさず追っ払おう。
「結構です」
「そういわず、天国を見せてさしあげますから」
「結構です」
「貴女のその悲しそうな表情もすぐヨ「結構です」
何度も何度も断り続け、しまいには手を振り払い家に帰ろうとするが、彼は無駄にしぶとくついてきた。彼のごつくて硬い手を十七は振り払ったころ、いいかげん俺の気力も尽きてしまい、少しやりかたを変えることにした。
「では…今夜、またこちらにいらしてください。もし私のようなみすぼらしい女とオーディン様が関係を持ったなんて知れたら、良くない噂がたってしまうかもしれません」
「ああ、そんなことを気にしてくれていたんだね。わかった、君の好意に甘えて、今夜こっそり訪ねることにするよ」
にっこりと笑い素直に引いた男に、俺も笑顔を向けて手を振った。名残惜しそうにその場を去る彼の背中を見送り、俺は思考する。もちろん、夜にあいつが来たところで相手なんかしてやるつもりはない。男、自称オーディンの姿が見えなくなった事を確認すると、俺は小さな自宅へむけて歩き出した。
さてさて、そろそろミッドガルドからはおさらばかな。ヘルが帰って来たときの事を考えてここに滞在していたけど、その気配も無いし。
と、いうことで。
俺は素早く身支度をすると、八年ぶりに本来の姿である男に戻り、空に向かって指を滑らせた。
俺の指を追うように光の線が綴られて、あっという間に魔方陣が完成する。そして、仕上げに指を鳴らせば大量のネズミが魔方陣に出来た空間の扉から地面に向かってぼとぼとと落ち始めた。まあ、百匹もいれば大丈夫かね。適当なところで扉を閉じ、次に鎮火してしばらくたつ暖炉にあった灰を掴み、魔力を込めるとネズミたちに振りかける。すると、ネズミは次々に人間とそっくりな姿へ変身した。あとは、なんか兵士っぽい鎧でも着せたら完成。
自称オーディンが訪ねてきたら、家のまわりを取り囲む百人の兵士っていう、なかなか粋な嫌がらせだろ?ついでに近所の野良犬をベッドに仕込んどいてやろう。まあ、兵士見た時点で諦めなかったら本物のバカだけど、一応な。
仕込みを終えて大満足し、俺はその日軽い足取りでヨツンヘイムへ戻った。
だが、問題はその後だ。
もう問題ばかりで頭が痛くなりそうだけど、俺の人生が変わるのはここからなんだ。
いろいろな説明を省いて言うが、八年ぶりに帰った本来の我が家は、跡形もなく取り壊されていた。
まあ、うん。
元からボロかった家を八年間も留守にしてたんだし、廃墟だと思われて当然というかなんというか。とはいえミッドガルドからの長旅で疲れきっていた俺は、とりあえずその日だけということで野宿をすることに決めた。事情がなければ、そこら辺の巨人族なんか怖くないし。
適当な薪を集めて、火をおこす。そして、兎を狩ってそれを夕食にした。今日は寒くもないし、ということで古草の上で横になると俺は襲ってきた睡魔にしたがって眠りについた。
そしてきた朝一番。
目を開けた直後、俺は断末魔のような叫び声をあげた。
「おはよう、美青年」
開眼一番視界に入ったのは、昨日口説いてきた隻眼の男。
彼が人好きする笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいたものだから、そりゃ、叫ぶわ。しかもすげー至近距離で軽い挨拶まで言われてさ。
昨夜彼がどんな目に遭ったか容易に想像ができる分、今現在わざわざ俺が起きるまでここに居たらしい事に俺の内心は穏やかでいられるわけはない。
「え、お、おはよう?」
挨拶を返して、相手の顔を押し退け上半身を起こす。そもそも、いくら寝ていたとはいえ普段なら誰か近づいてきたら気付いているはずだ。この男、本当にオーディンだったりするのだろうか。
「ずいぶん気持ち良さそうに寝ていたからね、ついつい見いってしまったよ」
「目覚めて一番に野郎の顔を間近で見せられた俺の本来来るはずだった爽やかな朝を返せ」
「わたしは朝一に美しい寝顔を拝めて最高の気分だよ」
「綺麗な寝顔が見たいならそこらへんで女ひっかけて隣に寝かせとけよ。迷惑だ」
からからと笑いながら俺の隣に腰を落ち着けているこの男。もしかして、昨日の女が俺であることに気がついたりはしていないだろうかと、俄然不安になってきた。何故、ヨツンヘイムで野宿してるだけの男にわざわざ絡むのか。ていうか、さっさとアスガルドなりミッドガルドなりに帰れよわりとマジで。
「それよりも聞いてくれないか。君の今の言葉で思い出したんだが」
「空気読めよ。なに普通に話し始めてんだよ」
俺が不愉快そうにしているなんて、この男にはどうでもいい事なのだろうか、陽気に話し始める彼はにこにこと笑いながら俺の肩に腕を回して離そうとしない。若干痛いが、男はそんなこと全く気にしていないようだ。
あ、これは、良くない。
ぜったい良くないやつだ。
「昨日ね、美女を口説こうとしたんだがね」
やっぱり、こいつ、気付いている。思わず自分の口がひきつりそうになるのをぐっとこらえるが、思うように出来たかは分からない。
「彼女、かなりの恥ずかしがり屋さんだったみたいでね、夜に来て、なんて言われてさ。私もその言葉通り夜に訪ねることにしたんだよ」
「へえ、のろけならよそでやれよ」
とにかく逃げたいし話を切り上げたい。俺は身をよじるが、がっしりと捕まれた肩はけして解放してもらえなかった。
「まあ、待ちなよ。話しには続きがあってね。夜、訪ねたはいいけど、家のまわりでは百人の兵士が待ち構えていたんだ!牧場近くの小さな家に住んでいる美女が、そんな沢山の兵士を連れて来るなんてびっくりだろう!」
「そいつら、その美女とやらに惚れてたりしたのかね」
「違う違う、彼女は沢山の鼠を魔法で人間の姿にしていたんだよ。アース神族の王であるオーディンに、そんな事が見抜けないわけなんて無いのにね」
「突然ナンパしてきた不気味な男がアース神族の王だとか普通に思わなかったんだろうよ常識的に考えて」
こいつの言いたいことが回りくどくてじれったい。言いたいことがあるならさっさと結論から話せよ。とは言えず、とりあえずまだ昨日口説いた女の正体がばれていない仮定で返事をする。が、九割の確率でばれてる。だから怒ってるのならさっさと怒ってくれまじで心臓に悪い。しかし、自称オーディンは先日見せた軽いノリでからからと笑ってから話を続けた。
「ははは、女って信用ならないね!やっとの思いで彼女のもとにたどり着いたと思ったら、ベッドに雌犬まで仕込んでいたんだ!」
「部屋まで行ったのかよ!最初に気づけよ!嫌がってんだよ!」
「それは、残念だ。だというのなら、私が君を追ってここまで来たことも迷惑だったかな」
あ、ですよね。しゅん、と項垂れて言った自称オーディンは、間違いなく昨日の女が俺であることを知っていた。しかし怒るでもなくただ項垂れ、悲しそうに目を伏せた。絶対に怒られると思って身構えていた俺は、予想外の反応にどう返して良いのか分からず言葉を失う。
「初めは美しいお嬢さんだと思って声をかけたさ。しかしね、今は君の魔術に惚れ込んでいるんだ」
そして続いた彼の言葉があまりにも意外で、俺はそのまま先の言葉を待つしかできなくなった。
「自らの姿を変えたままあの数の鼠を召喚し、しかもその鼠をも人間の姿に変えたまま半日維持する。そこまでの魔力、私にも使いこなせるか分からないよ。ここまで君を追ってこれたのも、君の魔力が色濃く残っていたからだ」
自分の痕跡は消したつもりだったのに、この男はそのあとを難なく追ってきたらしい。そんな技は魔力と無縁と言っていいミッドガルドの人間には不可能だろう。できるとしたら、例えばヨツンヘイムの巨人でもごく一部。アスガルドのアース神族、ヴァナヘイムのヴァン神族、これまた両者のごく一部。アルフヘイムの妖精たちの中にも魔法を使えるやつがいるが、あいつらはこの男と違ってもっと陰湿で性格の悪そうな顔をしている。
「あんた、ほんとに、オーディンなのか?」
「昨日からそう名乗っているはずだが」
男の顔を覗きこめば、返ってくる苦笑。彼の隻眼は驚くほど強い輝きをもって此方を見つめ返してきた。
「戦の神が、なぜ隻眼なんだよ」
「ああ、これは、知識の代償だよ。私は武力と引き換えに、知識を得たんだ。ほら、これからは賢い方がモテるしね」
その強すぎる目力でいうことはそれかい。というツッコミさえ出てこないくらい唖然として俺が口をあんぐりしていると、彼は俺の肩に回していた腕をさらに自分のほうへ寄せた。
がっちりとホールドされて痛いんだが、やはり男は気にしていない様子だ。この男の目的や、心情がさっぱり見えないため俺も拒否することなくされるがまま身を任せた。
「ところで、昨日からなにやら悩んでいるようだけど、何かあったのかい?」
「別にあんたにゃ関係ねえよ」
「いやいや、私なら力になれるかもしれないからね。オーディンに不可能なんてないんだよ」
ああ、ほんとになにがしたいんだ。思わず頭を抱えて唸っていると彼はまた一度、にこにこと笑いはじめた。嫌な予感がする。とても。嫌な予感が。
「私の玉座、フリズスキャールヴに座れば世界を見渡せる。君の娘もきっとすぐに見つかるだろう」
「なんで知ってんだよ!!」
さらっと言ってのけた男に俺は思わず声を荒らげてから、ひとつの考えに至ってしまった。さ、と顔から血の気が引く。もしかしてこの男、すべて見ていたのか。自慢のフリズスキャールヴとかいう玉座から。
「目的はなんだ」
肩をがっちり掴む男の手に自分の手を重ねて爪を立てながら睨み付け、そう問うが男は笑顔を崩さない。だんだんと気味が悪くなってくるが、彼の手は離れる気配など無い。
「簡単なことさ」
軽い口調で返ってくるが、俺は警戒を解かない。
「君の娘をみつける代わりに、君には私の義弟になってもらおう」
「何故だ。敵である巨人を神族に迎えるなんて、正気とは思えない」
「だから、簡単なことだって」
爪を立てた部分から血が滲んで流れた。それでも男はにこにこと笑い、続けた。
「君が美しいからだよ」
「適当すぎんだろ!!!」
次の瞬間俺は、先程まで全く動かなかったはずの男の腕をつかんで綺麗な背負い投げを決めていた。
とまあそんな感じで巨人族の出来そこないだった俺は、アース神族の王、オーディンと血の誓いを交わして彼の義弟になった。なんで敵であるオーディンの話を受けたかって言うと、正直俺自身は巨人族に心残りなんてこれっぽっちもないからだった。どっちがどっちかなんて本当にどうでもいい。小さな体でこそこそ暮らすより、サイズが同じ奴らの中で暮らした方がずっと楽だっていうだけだ。まあ、娘であるヘルを探してくれるっていうのが一番大きいんだけどな。
長くなったけど、これが、今に至る経緯だ。おかげで今は毎日楽しく過ごしてる。神族のやつらはちょっとのんびりしすぎて天然なところがあるが、まあ、そこも嫌いじゃないしな。
平和が一番、楽しければそれでいい!
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