27.俺は、シィナを……。
老齢の女王と俺の視線が、ガッツリと合う。
確か、イファルナ……だったっけ。
女王の傍らには、俺たちを拘束した神官も控えていた。
多分、女王が眠っている間もずっと傍についていた、一番の側近なのだろう。
姿を消していたことといい、俺たちを拘束したときの手際の早さといい、優秀なんだろうな。
「……なかなか大変だったようじゃの」
女王が扇で顔を仰ぎながらのんびりと言った。
ずっと俺たちの世界を監視していただけあって、とてもきれいな日本語だ。
「……お前が時の欠片の少年じゃな」
女王がユズを見て言う。その「困ったものよ」というニュアンスを含んだ言い方に、俺はちょっとムッとした。
この国にとって、時の欠片が大事なものだというのは分かった。
でも……。
「……そちらの男。トーマじゃったかの。……何か言いたそうだな」
俺をちらりと見た女王がふんと鼻で笑った。
「……女王様のやり方は間違っていたと思います」
馬鹿にされた気はしたが、せっかく俺に関心をもってくれた訳だし……言いたいことは、ちゃんと言おう。
「時の欠片がとても大切で、予言に必要だということはわかりました。でも、それだけを優先して事を運ぶから、こんなことになったんじゃないですか?」
「ふ……ん?」
俺は女王の目の前まで近寄った。
控えていた神官がちょっと殺気立ったのがわかったが、女王が制した。
どうせ鉄格子の中だし、何の力もない俺は、どうすることもできない。
……ただ、訴えるだけだ。
「力の強い者が国を治めるのが一番いいとは限りません。今回だって……」
俺は鉄格子を握りしめた。
「ギャレットさんが女王になって、時の欠片を継承したシィ……シルヴァーナが補佐につく、という形だってよかったんじゃないですか?」
「そんな前例はない」
「これから作ればいいじゃないですか」
「簡単に言うな!」
女王が俺を睨みつけた。
そして続けざまに、ユズをビシッと指差す。
「そもそも、ミュービュリなんかと関わるからこんなことになるのじゃ。
「何だと!」
俺は腹が立って女王に食ってかかろうとしたが、背後にいたユズが俺を止めた。
「トーマ……いいって!」
「よくねぇ! お前のこと、諸悪の根源みたいに言いやがったんだぞ!」
「いいから!」
「だって……!」
「……ふん」
女王は俺をちらりと見ると忌々しげな顔をした。
「ま、お前のような真っ直ぐな人間だったからこそ、あの
女王はそう言うと、控えていた神官に何事かを命令した。
神官の一人がすっと姿を消した。
「あの剣……?」
「わが国に昔から伝わる剣だが、ずっと忘れられていたようだ。その昔は祠に封印されていたはずのものじゃが、知らない間に封印が解けてしまい、世に出てしまったようじゃの。ギャレットは心の隙を突かれて取り込んでしまったのじゃろう」
心の隙……シィナを妬む心、だろうか。
だったら尚更、この強引な皇女変更がこの事態を招いたってことにならないか?
「我々フェルティガエは力を吸い込まれる故、持てん。そしてフェルティガエでない人間でも、心に隙があれば闇に食われる」
「闇に……」
そのとき、微かに足音が聞こえてきた。
しばらくすると、さきほど消えた神官がシィナを伴って現れた。
「……シィナ!」
シィナは、昔の貴族の令嬢のような薄いピンクのドレスを着ていた。髪もサイドをきっちりと結いあげ、サークレットのようなものをはめている。
このウルスラでの、正装なのだろう。とても奇麗だった。
シィナは女王の前までゆっくりと歩いて来た。俺とは一切、視線を合わさない。
きっと、俺が見つめていることは気づいている。……だけど、意識的に逸らしている。
女王の前まで来ると、シィナは膝を深く曲げ、静かに挨拶をした。
その瞳が、わずかに揺れている。
シィナ……覚悟を、決めたからか?
俺を見たら、その覚悟が緩むと……そう思っているのか?
「わたしにはもう時間がない」
女王はシィナを一瞥すると、少し淋しげに呟いた。
「本来なら女王の血族が全員揃い、主だった神官や兵士も集めて盛大に行うところであるが……残念ながら、マーガレットはすでに正気ではない。ギャレットはあの状態であるし、エレーナも起き上がることはできん。神官や兵士もまだそこまで機能しておらんしの。よってとりあえず、時の欠片の継承だけこの場で行う。即位式は、もう少し落ち着いてからじゃの」
「……!」
俺は思わずシィナを見た。
シィナは覚悟を決めたように、女王を真っ直ぐに見つめていた。
「ではシルヴァーナ……」
「お待ちください、イファルナ女王」
シィナが凛とした声で女王の言葉を遮った。
「その前に、お聞きしたいことがあります」
「……何じゃ」
女王が面倒臭そうに返事をした。
「トーマとユズはどうなるのでしょうか。無意識とは言え、私が呼び寄せました。私は、元の世界に二人を返す責任があります」
「……」
女王はしばし考え込んだ。そしてついっと俺たち二人を冷めた目で見ると、シィナの方に向き直る。
「返すのは構わん。ただし……ヴィオラの息子には今後、監視がつく。女王の血族じゃからの」
やっぱり……どうしても、そうなるのか。
だって今後、ユズが結婚して家庭を築いて……となっていく限り、女王の親戚がずっとミュービュリに続いていくことになるんだもんな。
ひょっとしたら、急に器を持った子供ができるかもしれない。
そうなったら……ユズや、その子孫がまたウルスラに巻き込まれるのだろうか?
そればかりは、仕方のないことなんだろうか?
「……女王様」
ユズがすっと前に出て跪いた。
「僕は一生、誰とも添い遂げませんし、子供も作りません。……独りで生きていきます。僕の血を、僕の代で絶やします。それならば、干渉されることはなくなりますか?」
「……ユズ……」
ユズは……俺の考えていることを読んだんだろうか。
女王は、どう答えるのだろう?
そう思って女王の方を振り返ると、「ふん」と忌々し気に鼻をならした。
「お前がそのように一生を終えることを確認して、終わりじゃろうな。わたしはミュービュリに極力関わりたくないのじゃ。そのようにしてくれるのなら非常に助かるのう。お前がその生を終えるまで見届けるだけで、そちらに干渉することはないと言ってよい」
「……わかりました」
ユズが頭を下げた。
女王は一応納得したように頷くと、次に俺の方を見た。
「では、ヴィオラの息子には約束を守ってもらわねばならんから、そのままでよい。……しかし、トーマ。お前にはウルスラのことはすべて忘れてもらわねばならんな」
「何で……!」
俺が思わず抗議しようとすると、シィナがさっと俺を左手で制した。
「忘れる……とは?」
「――こうじゃ」
女王が俺を扇で指す。その途端、ものすごい頭痛が俺を襲った。
ハンマーで何度も頭を殴られている感じだ。重い、脳天が揺さぶられるような痛み。
「こっ……何す……」
「言ったであろう。忘れてもらう」
誰が、忘れる……かよ!
「ぐああ……!」
「トーマ!」
シィナの悲痛な声が聞こえた。
ユズが俺に触れようとしたから
「ユズ! お前は触るな!」
と思わず蹴飛ばした。
精神を視るユズがこんな攻撃を受けたら、どうなるかわからない!
「トーマ!」
「女王! おやめ下さい!」
シィナが俺を庇おうと何か力を発揮したのを感じた。
しかし、普通の攻撃とは種類が違うのか、一切痛みは和らがない。
「ぐぐぐ……!」
「いい加減に諦めぬか」
「絶対……嫌だ!」
「……頑固じゃの」
女王が扇を下ろした気配がした。……ぴたりと、頭痛が止む。
「……痛ってぇ……」
「抵抗しても苦しいだけじゃぞ」
「俺は、忘れるなんて嫌だ!」
「ならば一生、このウルスラに留まるがよい。一応、国を救ってくれた人間じゃからの。殺しはせん。……ただ、ここから出す訳にもいかんがの」
「……」
それって軟禁っていうんじゃねぇのかよ……。
でも、そっちの方がマシなのかな……。
……ま、覚悟はしてたしな。
「しかし、それは……」
今度はユズの方が不服そうに言いかけたが
「どちらかじゃ。これ以上は譲らん」
と女王がビシリと言い放った。
「よく考えることじゃの。……シルヴァーナ。お前もじゃ。頭を冷やせ」
「……」
シィナは黙って俯いた。
「その返事はもう少し待ってやってもよい。……とりあえず、時の欠片の継承を済ませるぞ。異論はないな?」
「済ませた途端に殺す、とかないよな?」
俺がちょっとムッとして言うと
「無礼なことを言うな。先ほど言った二つのいずれかじゃ。記憶をなくしてミュービュリに帰るか、このままウルスラで拘束されるか、この二つ。約束は違えん。女王の誇りにかけてもな」
と女王はかなり憤慨したように早口で捲し立てた。
……確かに、頭でっかちだけど嘘をつくタイプの人ではなさそうだ。
「……ユズ……」
シィナが……すっと顔を上げてユズを見つめた。
「シィナ……?」
その視線を受け止め、ユズがシィナを見つめ返す。
……かなり長い間、二人は見つめあっていた。
ユズは何か、読みとったのだろうか。
せつなくてもどかしい……そんな旋律が二人の背景に聞こえたような気がする。
やがて……ユズは黙ってシィナの手をとると、目を閉じた。
俺には二人の間にどういうやりとりがあったのかは分からなかった。
しかし……二人が手を離したとき、シィナの瞳がひときわ綺麗な紫色に輝いてるのが分かった。
時の欠片を、継承したんだろうか。
「……ありがとう。ユズ。……トーマ」
シィナは固く目を閉じると……何かに祈りを捧げた。
『何を……』
女王のちょっと慌てたような声が聞こえたのが、最後。
――次の瞬間、俺の周りが紫色に染まった。
何も見えない。ユズも、女王も、控えていた神官も……そして、シィナも。
「……何だ?」
〈……トーマ〉
どこからともなく、シィナの声が聞こえてきた。
「シィナ? どこにいる?」
〈忘れないって言ってくれて……嬉しかった〉
「そんなの、当たり前……」
〈でも……それじゃ、トーマはウルスラから解放されない。だから……私は、時を戻す〉
「何……?」
〈初めて、会った、あの日に……〉
シィナの声が涙で滲んでいるように感じた。
「待てって! 勝手に決めるな! せめて姿を見せろよ!」
顔を見なきゃ……何を考えてるかわからないだろう!
〈……〉
少し離れたところに、シィナが現れた。何だかぼやけている。
「シィナ……!」
俺は駆け寄って触れようとしたが……掴めなかった。
「何で戻す? どうするつもりなんだ? まさか……」
〈私を見て……トーマ〉
シィナがじっと俺を見つめた。
〈私は……ウルスラの女王の末裔。金髪で……瞳も紫色で……ミュービュリの人間には、なれない〉
「そん……」
〈私には……使命がある。もう……あの頃には……戻れないの……〉
「……っ……!」
俺はそこにいるはずの、シィナを抱きしめた。
感触は何も感じられない。ただ……温かさが伝わるだけだ。
「――好きだ」
〈……!〉
シィナが驚いたように俺を見上げた。
「見た目が変わろうが、何だろうが、シィナが好きだ。俺が……ウルスラに残る」
〈……駄目!〉
腕の中の温かさが消える。
慌てて周りを見回すと、少し離れたところにすうっとシィナが現れた。
〈私も好き。トーマが大好き。――ずっと見ていたから……〉
「だったら……!」
俺の言葉を遮るように、シィナは首を横に振った。
そしてじっと俺を見つめた。
涙ぐんでいる。
でも……今までのような、何かに怯えるような涙や、悲しみにくれる涙では、なかった。
紫色の瞳には……強い決意が見て取れた。
〈好きだから……トーマを自由にしてあげたい。……ミュービュリで、ずっと幸せに暮らして欲しい〉
そして……にっこりと微笑んだ。
〈――私が、守ってみせるから……ね〉
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