24.俺はようやく、覚悟を決めた

 作戦開始――。

 俺たち五人は、王宮地下の隠し通路を進んでいた。

 コレットはいない。ついていく、と駄々をこねていたが、シャロットがどうにか説得した。


 コレットは今、眠っている女王の傍に跳んだはずだ。これから何が起こったとしても、女王の傍が一番安全だからだ。

 それに、『その時』が来て女王が目覚めるかもしれない。

 その場合はシャロットのもとへ女王を連れてくるように言い含めていた。

 だから実は、一番重要な役割かもしれない。


 隠し通路は、シャロットによると西の塔の庭につながっているはずだった。

 ユズの作戦では、兵士が少ない庭から部屋に侵入し、入り口側の兵士をまずは足止めする。そして、その隙に寝室のギャレットを拘束、隔離することになっている。

 シィナは兵士が鎧の下に着る白い服に着替えていた。

 そして俺は、黒い布に包まれた古びたつるぎを抱えていた。

 どちらも、シャロットが用意してくれたものだった。

 あのとき……――。



  ◆ ◆ ◆



「トーマ兄ちゃん。ちょっとこっち来て」

 シャロットはそう言うと、さっき俺とシィナがいた書庫みたいなところに連れてきた。

「あれ……わかる?」


 さっき、俺とシィナがいたスペースとは真逆の、奥の方を指差す。

 近づいてみると、隅っこに黒い布に包まれた細長いものが立てかけてあった。


「わかるが……あれが、どうした?」

「トーマ兄ちゃんなら使えるかと思って。持ってきて」

「ん……?」


 近寄って手に取ってみる。

 黒い布でかなり厳重に包まれた状態だ。触ってみた感じでは……かなり軽かった。

 何かの棒……?


「触れる? 変な感じしない?」

「別に……これがどうした?」

「やっぱり、トーマ兄ちゃんなら大丈夫かな」


 シャロットは安心したようにホッと胸を撫で下ろすと、

「じゃ、部屋に戻ろう」

と言って先に書庫を出て行った。

 何だか妙な反応をするな……と思いながら、俺も続いて部屋を出て、みんなのところに戻った。


『シルヴァーナ様。これ、着替えです』


 シャロットが白い服をシィナに渡す。

 それを横目で見ながら、俺は黒い布を広げて開けてみた。古びた剣が現れる。


「うわっ!」

「きゃあっ!」


 開けた瞬間、俺以外のみんながバッと遠ざかる。

 何だ、急に。

 この剣が……どうかしたのか? 


「……何だ?」


 俺は黒い布から取り出してよく見てみた。

 ……かなり軽い。柄から刃先まで全部真っ黒だ。刃はもとは銀色だったみたいだが、錆ついてボロボロになっている。


 そうか、シャロットはこれを俺の武器にしろ、という意味で渡したのか。

 これならうっかり殺さなくて、ちょうどいいかもな。


 振ってみると、長さといい重量といいなかなかいい感じだった。

 しかし周りを見回すと、みんなビクビクして誰も俺に寄ってこない。


「シャロット、あれ、何だ……?」


 ユズが俺の方を指差して恐る恐る聞いた。


「まだオレとコレットが小さかった頃、一緒に王宮の裏庭で遊んでいたときに見つけた剣。その剣に触れたのがきっかけで、オレもコレットもフェルティガが発現したんだ」

「……裏庭の、剣?」


 ユズはそう呟くと、少し考え込んでから

「それって……ひょっとして、祠があったりする?」

と聞いた。


「うん。空っぽの祠。何を祀ってたのかもわからないけど……。ユズ兄ちゃん、何か知ってるの?」

「直接は知らないけど、母さんが言ってたな。裏庭の祠には剣が祀られていた、と……」

「えっ? でも、剣は祠とは全然違うところにあったよ」

「……」

「ところでその剣は何? 何だか近寄りがたい、変なものを感じるんだけど……」


 シィナが少しおどおどしながらシャロットに聞いた。


「憶測だけど、フェルティガを吸収する剣。フェルティガエは直接触れないみたいなんだ」

「吸収……」


 慣れてきたのか、皆が徐々に近寄って来た。


「直接触れない限り大丈夫だけど、最初はびっくりするよね」

「早く言えよ……。急に嫌われたかと思った」


 俺が思わず言うと、シャロットがからからと笑った。

 シィナも軽く吹き出していて、こんなことで気持ちが明るくなるんならよかった、と思った。



  ◆ ◆ ◆



 とにかく俺以外の人間にとっては恐怖のシロモノらしいので、今は元の通り黒い布に包んである。

 いざ突入、となったときに取り出すことにした。


「しかしこんな道、よく見つけたな……」


 二人並んで歩くのがやっとの広さだった。

 天井も俺の身長でギリギリだ。

 通路には蝋燭のような灯りが一切ないので、ユズがランプのようなものを取り出して照らしている。

 シャロットはキョロキョロと辺りを見回し、何かを確認しながら歩いていた。


「オレは……母さまに遠ざけられたけど、あの東の塔の端っこに住んでいる限りは結構自由だったんだ。庭にも出られたし。そのときに見つけた。どうやら、東の塔と西の塔から裏庭に行くための道らしいんだ。でも実際に歩くのは今日が初めて」

「じゃあ、何でこれが西の塔や裏庭につながっているって分かったんだ?」

「オレがいた部屋の、隣……本がいっぱいあっただろ? 昔の神官が古文書とか本とかを管理していた部屋だったみたいなんだ。隠されてたのを見つけた。何で隠されてたのかはわかんないけどね。それで、いろいろ調べてみて……うわっ」


 シャロットが足を滑らしたので、俺は慌てて腕をつかんで支えてやった。


「ちゃんと足元を見て歩けよ」

「……うん」


 シャロットがちょっと照れたように頷いた。


「じゃあ……日本語はどうやって覚えたんだ? 誰も教えてなんてくれないだろ」

「時の欠片の経緯を知ってから、ミュービュリを夢鏡ミラーで覗いてた。トーマとユズの兄ちゃんを見てて……それで覚えた」


 俺たち、一体どれだけの人間に覗かれてたんだよ……。何か変なことしてないよな?


 ユズがちょっと笑って

「そうか、だから口調が男の子みたいなんだね」

と言った。


「えっ! 変だった?」

「女の子っぽくないってだけで、変ではないぞ」


 俺が言うと、シャロットは

「そっか……」

とちょっとホッとしたようだった。


「ミュービュリって楽しそうだよな。皆、何か自由でさ。ウルスラではミュービュリに関わることは固く禁止されてるんだけど、無理ないかも。あれじゃ、みんな行きたくなっちゃうよね」

「……」


 シィナがそっとシャロットの手をつないだ。シャロットは少し驚いたようにシィナを見上げた。


「シルヴァーナ様……」

「王宮も、これから変わっていけばいいのよ。この戦いが終わったら……一緒に頑張りましょう?」

「……うん!」


 そんな二人の会話を聞いて……俺は少し、先のことを考えてしまった。

 そして、淋しい気持ちになった。


 シィナは、女王になる決意を固めたのかもしれない。

 だって、もともとこの世界の住人なんだから……俺たちの世界に戻る訳がないんだ。

 でも、女王になったら……。


 この国の女王になったときのしきたりのことを思い出して、思わず頭を振った。

 そんなこと、今考えている場合か。


 でも、そうか。この戦いが終わって、うまくいったら……お別れなんだな。

 ――いや、待てよ?

 シャロットが、俺はゲートを越えられないと言っていた気がする。

 つまり、逆に俺がもとの世界には帰れなくなったということか……?

 ……そうか……。

 じいちゃん、心配するだろうな。学校の先生になって、今度は俺がじいちゃんの面倒をみるつもりだったのにな……。

 ユズが言っていたのは、こういうことなのかな。いずれにしても、辛い思いをすることになるって……。


 でも、絶対、余計なことだったとは思わない。

 このあとどういう風になっていくかは全然わからないけど……シィナと出会ったこと、後悔は、しない。

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