第17話 朱璃と桃弥

通天のほぼ中央に位置する豪邸櫂家の離れではまったりとしたお茶会始まっていた。


お互い甘いもの好きという事が分かり、ご当地グルメや、穴場スポットなど話に花が咲いたところで、桃弥が少し改まって話を切り出した。


「それで、だな、1つ聞いてもいいか?」

「は、はい」

「お前、兄上の恋人なのか?」

 

お茶を吹き出さなかったのを褒めてもらいたいと朱璃は思った。

変わりに気管に入ってむせこんてしまったが……。


  朱璃の背中をさすりながら、桃弥はため息をついた。やはり嘘かーー。

 どうやら自分ら兄弟を仲直りさせるために莉己が仕組んだ罠に引っかかるところだった(もう引っかかっているが)

兄上に言わなくて良かった……危うくまた馬鹿にされるところだった。、

(実は筒抜けだったが)


「すまん。そういう噂があってー。ま、間違いの様だな」


 力一杯間違いだと頷いてから、朱璃は苦笑した。

「あり得ませんよー」


「だな、兄上とは歳も離れてあるからな(それだけじゃないだろうけど)……って幾つだっけ? 俺聞いてなかった」

「20才です」

「えーっ 俺より」

「ふふっ 1つお姉さんですよ~」

「まじか。えーー」


3年前12、3才だと思っていたので、完全に予想外だった。

「15、6と思ってました?」

「あ、いや……そんな事は」

「ふふふっ気にしない気にしないで下さい。いつも驚かれるんです」

 

ニコニコ笑ってるが、きっと傷ついたに違いないと桃弥は焦った。

「いやっ、でも若く見えるのはいい事だ」


「ええ、そうですね」

 必死にフォローする桃弥が可愛い。女性の年のことで怒られた事があるのだろうか。朱璃は内心可笑しくて仕方がない。


「本当だ。可愛くていいっ。俺は美人よりも可愛い方が好きだ」

 必要以上に大きな声での告白?に朱璃はたまらなくなって笑い出す。


その無邪気な笑顔が可愛いと思わず赤くなってしまった桃弥が、誤魔化す様に 話を続けた。

「嘘ではないからな。それよりも、俺の方が一個下なんだから、様は要らない。敬語も要らない。って俺が使わないといけないくらいだ」


「でも、そういうわけには……」


「どうしてだ? そもそも、お前はこの国の人間ではないのだから身分など気にしなくてもいいだろう?」

「でも、景先生の弟君ですし」


困った様な顔をする朱璃に桃弥は少し考えて言った。

「じゃあ、俺とお前は友達だ。甘味同好会の同士でもある。友達の間柄で敬語を使うのは堅苦しい。お前がそれでも嫌だっていうのなら、おれも敬語使ってめちゃくちゃ他人行儀になるからな」


「友達……」

 

桃弥がニカッと笑って右手を出してきた。

握手?

おそるおそる手を出すとがしっ手を握られる。温かい大きな手に胸がきゅっうと詰まった。


「ありがとう。桃弥は友達、な」

はにかむ朱璃の笑顔に桃弥もうれしくなり、ブンブンと手を振って笑った。


「あとで、桜雅も混ぜてやろうな。拗ねるから」

3人の中では一番年下なのに1番偉そうにそういう桃弥が面白い。


「そか、桜雅様入れると私ら年子なんやな」

「ああ。ところでさ、さっきから気になってて、お前、発音が違うよな。商人弁?」

「うん、普通に話すと商人弁になってしまうねん」

「商人に言葉を習ったのか?」

「景先生に習ったんだけど」


桃弥は首を傾げた。何のために?

「お前商人になるのか?」

「ううん、武官になりたいと思ってる」


思いもよらない答えが返ってきた。朱璃が弓矢が出来ることは知っていたが、女で武官の道を選ぶのは無謀だと思った。まして目の前の可愛い女の子と武官では結びつかない。


桃弥の考えてあることが大体分かり、朱璃が少し笑った。

「剣術も弓術も頑張って鍛錬してるんやで。秋の武術大会に出場するねん」


「そうなのか。すごいな」

人を見た目だけで判断するなとよく言われてきたし、身近に見た目と中身が恐ろしく違う人を知っているので、桃弥は朱璃の言ったことをすんなりと受け入れた。それに兄上と琉晟が鍛えているのならかなりの腕前の筈だ。


じゃあどうして、商人弁?

庭に目を向けると長椅子で昼寝中の景雪に、琉晟が団扇で風を送っていた。


一体なんのために?

桃弥は深くため息をついた。わかってしまった。おそらくそれしか考えられない。


景雪の気まぐれだ。理由なんてない。


突然、異世界の娘を預けられたのだ。素直に普通に教育係をするわけがない。


とにかく、三年前は赤ん坊のように真っ白だった朱璃は、商人弁を話す女武官へと見事に育て上げられてしまったのだ。変人の仲間入り……。


桃弥は、黙り込んだ自分を心配そうに覗き込んできた朱璃が不憫で思わず抱きしめた。

「すまなかった。あの時お前を兄上に預けるのを阻止出来なかった俺のせいだ」


「あ、あの? 桃弥」


誰1人として頼るもののいないこの世界で預けられたのがあの兄だったとは……。琉晟が居たのがせめてもの救いだ。考えれば考えるほど朱璃が可哀想で気の毒で涙が出てきた。


「俺が責任をとる。これからはお前が辛い目に合わないように守ってやるから」

「くっくっくるしい」

 

朱璃は腕の中でもがきながら、まさかのプロポーズ!? んなわけないなとボケツッコミをしていた。


 その時だった。1本の矢が放たれた。

 公子の護衛を務めるだけあって、優秀な武官である桃弥は朱璃を抱いたまま、難なくその矢を避けた。


「……兄上!」

「お~っと、手が滑った」

お昼寝中だった景雪が白々しく手を振っていた。

決して お〜っと手が滑った~レベルではない。

桃弥でなければ無傷でいられなかっただろう。

「朱璃に当たったらどうするんです!?」

「当たる方が悪い」

いやいやいや、意味がわからない。


その頃、庭では何も言われずとも琉晟が2本目の矢を用意していた。景雪の手がその矢に伸びようとした時だった。

「あーーー!」

朱璃自ら桃弥の腕から抜け出し、矢の刺さった柱へ駆け寄った。

「先生! 陵才様のお屋敷なんですよ。お屋敷の中ではやめて下さい」

「家の中ではない」

庭にいる景雪が屁理屈を言う。

「一緒ですっ。あーあー 立派な柱に穴が……」


 再びごろーんと長椅子に横になる景雪を桃弥は信じられない想いで見ていた。

 兄上が怒られてる。しかもあり得ない理由で……。


にしてもどうして矢を?

もしかして俺に早く帰れってことか?

たしかに長居し過ぎたか。

朱璃を抱きしめていたからだとは夢には思わず、桃弥は素直に退室する事にした。


「友達だからな。困った事があったらなんでも言ってくれ。お前の味方だからな!」

と最後に言い残して去って行く桃弥を見送りながら、朱璃はため息をついた。


「なんちゅういい人やねん……。本当に兄弟なん?」

『本当のご兄弟です』

桃弥を見送る為に戻ってきた琉晟があっさりと肯定する。


『秦家の皆様は名家には珍しく、基本的に桃弥様の様な人の良い方ばかりです』

 表情も変えずにズバッと言い切る琉晟。

言いかえれば、景雪だけが特殊なようだ。


 今更ながら大変な人を師に持ってしまったと朱璃は思いつつ、長椅子で寝そべる景雪を見た。

 他人の家だろうが何処だろうが彼は変わらない。そんな日常がとっくに自分の中で当たり前になっている事。そして、3年ぶりに再会を果たした桜雅達の事を思い出した。

「時間が過ぎるのって早いな……」


「おい、バクっ、玉子売りって何だ? 説明しろ」

 庭から景雪の声がし、朱璃が首をすくめた。聞こえない聞こえない。


『朱璃、少し奥で休みなさい。隈が出来てますよ。景雪様には言っておきますから』

 ぼーーと空を見上げている朱璃を部屋まで連れて行く。


 昨夜殆ど眠らず馬を走らせ、加えて玉子売りやらなんやらで朱璃の疲労はピークに達していた。

 元気に振舞っても琉晟や景雪はとっくに気がついていたのだ。


「琉、心配かけてごめんなさい」

 寝台に上がってからそう言う朱璃の頭を撫でていると、ものの数秒で寝息が聞こえてきた。


 数日後には王都へ向かう予定である。怪我が少しでも回復するよう祈り朱璃の髪を撫でる。そして3人だけで過ごした日々が終わりを告げたことを実感し、寂しく思わずにはいられなかった。

一方でこれから朱璃が向かう道が決して平坦なものではなく、この上なく波乱に満ちたものであることは容易に想像でき、この小さな身体で歩んでいく朱璃を出来る限り支えていこうと改めて決意する琉晟であった。


 その王都では、波乱の幕はすでに開けられていた。もちろん琉晟の予想を超え、国の一大事になるとは、まだ誰も知る由はなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る