血の応報

egochann

第1話

世田谷区鶴岡三丁目公園は静寂に包まれていた。

夏の酷い日差しが終わり、黒い闇に包まれても、まだ昼間の暑さが漂っていた。

午後十時。

ひとりの男が上半身を折り、地面に顔がくっ付くようにしてうめき声を上げていた。

男の胸にはナイフが突き刺さったままだ。

男の薄れ行く意識のなかで何が映像となって現れてきたのか、それは本人しか分からない。



8月10日午前6時、警視庁に110番通報があった。通報を受けて、所轄の地域課に所属する白橋巡査が通報場所の世田谷区鶴岡三丁目公園に向かった。

その公園は、滑り台とブランコのある児童公園規模の公園で、小さな公園だった。

年寄りが早朝の散歩の一休みに入る場所でもあったから、通報も老人からのものだった。

所轄の担当課から連絡を受けたポリ箱の巡査が公園に着くと、救急車が既に来ていた。

野次馬はまだ早朝だったこともあり、数人しかいなかった。

救急隊員が立っている場所の足元に男がうつ伏せで横たわっていた。

「現状、心配停止です」

救急隊員は巡査に報告した。

男の上半身からの出血で大きく血溜りが出来ていた。巡査は所轄の地域課に連絡し判断を仰いだ。

助かる可能性があれば、救急車に乗せて病院に運ぶが、すでに死亡していれば現場保存のために遺体を置いておかなければならない。

「脈はありますか」

「ほとんど感じられないくらいです。あるようなないような」

巡査は男の顔や首を触った。まだ、少し体温らしきものがあった。

「取り合えず病院へ搬送、現場を規制しろ。応援はすでに向かっている」という指示があった。



西世田谷署の小山田六郎刑事はその日は非番で休みだった。そのために前日仲間としこたま飲んだ。

しばらく、大きな事件がなく、刑事課の刑事たちは、よその所轄の応援にいったり、他の課の手伝いをしたり、事務作業をしたりしていたので、小山田もすっかり気が抜けていた。

そんな朝、小山田のスマホがビリビリ鳴った。

「世田谷鶴岡三丁目公園で殺人事件が発生しました。すぐに現場へお願いします」という相棒の窪坂の興奮した声だった。

「おおー、来たか」

二日酔いの頭でふらふらしながら、素早く着替えた。「しばらく泊まりになるかも知れん。今日か明日には着替えを取りに来るからいておいてくれ」と妻の亜沙子に頼んで家を出た。


小山田が現場の公園についたときには、既に窪坂が来ており、鑑識の作業を見つめていた。

「おつかれさまです」

「ガイシャは病院だったな」

「そうです。病院で死亡が確認され、司法解剖のために大学病院に搬送されるのを待っている状態です」「死因は分かっているか」

「ナイフが胸に脇から突き刺さっていたそうで、そこからの失血死が考えられます」

「じゃあ凶器は残っているわけだな」

「そうです。一応そのままで解剖されるようです」「事件の目撃者はいるのか」

「これからです。第一発見者は近所に住む八十歳の男性で、散歩中に発見して、そのときはガイシャは横たわっていたそうですし、ガイシャ以外の人間は見ていないそうです」


小山田たちは、遺体のあった場所の確認をして、他の捜査員とともに、近所の聞き込みに入っていった。





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