第6話 屋○島警察警察官N

第6話

   屋○島警察警察官N   乙音メイ


 私はあきれていた。

 上階の住人による、6回にわたる新品自転車のタイヤのパンクから始まり、朝7時から夜の9時20分頃までの必要以上の騒音と振動、お線香の香りと呪っているようにしか聞こえない早口の念仏、スタンガンや電磁波とマイクロ波のトリプルセットに。

 ここまで雑多な嫌がらせや、極悪非道な犯罪行為があるのかと、驚くと同時に他にやることがないのだろうか、という憐みの気持ちが綯交ぜになっている状態だった。

 役場福○課の方の勧めでこの恵○須団地に暮し初めて、丁度1年半だった。慣れない土地で、出だしからこのようなことをする団地の住人達に遭い、流石にげんなりしていた。

 

 しみじみとそんなことを考えたのは、前日の2018年の6月24日、生まれて始めて110番通報をするという体験をすることになったからだった。警察官2名が来てくれた。

「建物の所有者である屋○島町役場に知らせ、天井裏を調べてもらいなさい」

と、適格な助言をいただき、話の理解がちゃんと出来ていることに安堵した。



 その翌日のことだった。

「ピンポ~ン!」

と、チャイムを鳴らす警官の姿がドアの外にあった。

「今日は電話をしていないのに来てくださった?」

でも、警察の制服を着ているのだから大丈夫、と思いドアを開けた。

「屋久島警察のNです」

「? 」

「……あの、それからまだマイクロ波は来ますか?」

「? 」

昨日の今日で、もう通達があってパトロールが強化されたのかしら?  連日の慣れない被害で、まだ少しぼ~っとしている頭で考えた。

「今日はこの団地の住人確認で来ました。私、この団地の担当なんですよ。あなたが越して見える前の方などもこうして記入しています」

と言いながら、名簿らしきボードを見せた。

 以前この部屋に住んでいた人がどんな方なのか、日頃から不思議に思っていたため、私はその名簿を覗き込んだ。

 

 何故かというと、玄関に設置されている壁の電話線ジャックから電話線を止めるための、コの字型の鋲がやたらと多く、壁に打ち付けられているためだった。辿ってみるとそれは家の真ん中まで続き、キッチンと廊下を隔てる約18センチの空洞の壁の、後から開けられたと思われる、直径2~3センチの穴を通って、天井裏にも床下にも電話線を這わせて行ける様子だったのだ。

 他にも、各部屋の天井近くや襖をはめる木の枠に、釘や金属のフックが随所に打ち付けられていた。要するに、鉄類が柱に多くあり、その珍しさに目を引いたのだった。

 そしてまた、この部屋の真下に住んでいた方は、今お元気なのだろうか? 外からその窓を見る度に気になっていた。私がこの安○小学校隣の恵○須団地E‐3棟302号室に2016年12月に入居した頃、うちの下の部屋に当たる202号室の1階のポストが、郵便物で溢れそうになっていた。上のほうには携帯電話会社からの封書で、港○○○様の文字と、「親展」の文字が印刷された封書も見えた。空っぽのはずの部屋には、レースのカーテンと、窓辺には家具のシルエットも見えていて、家具を置いていくほど切羽詰まって引越しをしたのだろうか、と思っていた。

 

 探偵ではないけれど、このことがシャーロック・ホームズ気分を、私の内に醸した。1年かけて、この小さな謎たちが、謎を呼んだ。

 夜がまだ明けきらぬ暗い早朝、ジョギングをしようと、1階の集合ポストの脇を通ったときに、ドブのような匂いがしていた。と思ったその直後、線香の香りに変わったことが1回あった。線香の香りだけがしたことも1回あった。この団地に住んでいた人の、霊たちが、

「隠されていることを、みんなに明らかにして欲しい」

と言っている、と、受け止めた。



「ここに前住んでいた方はどんな方ですか? (階下の住人に、犯罪行為をしてはいなったかどうかが)ちょっと気になるんです」

と尋ねながらボードを覗き込むようにしたら、警官Nさんは、急に見られたくなくなったのか、ボードを自分の胸に押し当てて隠した。男性名が書いてあったが忘れてしまった。また見れば思い出せるかもしれない。その後、名簿に名前を書くようにとは言わなくなった。初めに感じたとおり、住人確認はどうでもよかったのだと思った。


 その代わりに、

「マイクロ波は、301号室と303号室と402号室から来るのでしたね。あとはどこから来ますか? ちょっと部屋を見せてもらえますか」

と尋ねてきた。少しでもこのバカげた犯罪を押し止めてもらえるならと、家の中に入ってもらった。私の創作活動の部屋でもあるキッチンのテーブルの脇を通って案内した。そして窓から見えるE‐2棟304号室からも、マイクロ波が来ることを説明した。取り立ててアドバイスなどはなく、マイクロ波を僅かでも防御したいという気持ちから窓に貼ったアルミシートなどに目を留め、言葉少なに、

「分かりました。それでは」

と言って、我が家を後にした。


 N警官は団地の住人確認と言っていたから、他の家にも行くのだろうか。警察官というのに、少しだけ佇まいのどこかしらに怪しい雰囲気を漂わせているN警官、その行動に安心できるものを感じたく、ドアスコープから行動を追ってみた。うちの玄関の前は、西隣にあたる301号室である。N警官は301号室のチャイムを押し、すぐに開けられたドアの内側にスルリと入って行った。その動作に、何となく親しげな感じがした。


 301号室の住人は、我が家にマイクロ波を送るという犯罪行為を行なった言わば犯罪グループの仲間だ。警戒感もなく中に入り、ドアをピタッと閉めるだろうか? 前科のある人だったらどうするのか、と思う。

 そうすると、知り合いなのか? すぐ隣の我が家には聞かれたくない言づてでもあったのかもしれない。

 

 3~4分で出てきたNさんは、今度は4階に行った。上階の玄関のドアの音がしたと思ったら、家の中を歩く足音がした。

 私は、ドアから離れてキッチンに移動した。どうやら屋久島警察のN警官は、団地担当と言っていたにふさわしく、今度は問題の我が家の402号室に上がり込んでいるらしい。気の置けない雰囲気で、会話が弾んでいる様子をエンパスした。やはり屋久島の知古の間柄なのか? 

「知古なら犯罪行為は許されるの?」

自分が異邦人に思えて、心許ない気持ちになった。

 

 テーブルのパソコンで執筆作業をしようと椅子に腰かけ、パソコンを起動した。その時、これまでより格段に強いマイクロ波が、ピンポイントでパソコンに届いたことが分かった。

 私はパソコンを乱暴な周波数の電波で壊されてしまうことを避けるため、入力作業をする場所を頻繁に変えていた。今日はまだパソコン使用中にマイクロ波での妨害がなかった。昨日とは違う位置にパソコンがあり、先程までは知られていなかったからだ。


 N警官! ピンポイントにPCにマイクロ波の照準があったということは、パソコンの位置をN警官が聞かれるままに話したのだ。しかも、昨日の朝に301号室から来た強いマイクロ波くらいのパワーがあった。それは110番通報せざるを得ない威力のものだったのだ。


 N警官が来る前とは違うパワーの大きさに、N警官がその準兵器的な代物を、301号室の住人から受け取り、402号室に運び込んだのかもしれない。そして、試し打ち程度に短い時間で止まったのは、Nさんが起動の仕方を教えたのか、或は逆に、上階の人物からNさんが面白半分に発動方法を教わったのか。どちらにしてもNは犯罪者の仲間だ。N警官が来て数分で悪化した。


 私は、パソコンをN警官に見られた位置から安全な場所に移動させた。少し違和感を感じる警官から、一気に悪者一味の一人に成り果てたN警官の動向が気になり、ドアの外の気配に再び注意した。10分経っても20分経っても、N警官は出て来ない。40分経っても出て来ない。こうなると、狭い島での知古というのは親戚か、友人か、学校の先輩後輩の間柄なのか。N警官が1時間何十分、主なる実行犯宅402号室に居続けているのかを見届けたかったが、その探索をあきらめた。


 今では他の部屋同様、玄関の天井にも覗き穴があることがわかっているが、その頃は、玄関にも覗き穴があることを私は知らなかった。当然、402号室住人は私の動きを、覗き穴から見て察知していたことは確信できる。それが夫婦共々、仕事ととして成り立っているらしいのだ。

 夕方に近かったことだし、N警官は暗くなってから帰ったのかもしれない。夕食を一緒に食べてから帰ったということも考えられる。伊達メガネのようなフレームの向こうの目が思い浮かぶ。小さい子共たちをどんな顔であやしているのだろう、恥ずかしくないのだろうか、犯罪を擁護している自分を。


 

 そのようなことがあった後日からは、例の強いマイクロ波の被害がかなり多かった。N警官が来てから、完全に悪化した。息子曰く、

「下手に警察を呼ぶと悪化する」

多分、これは「下手な警察官を呼ぶと」の意味だと翻訳した。それでも、自分たちの命のためには、犯行が止むことを願って警察に電話をせざるを得なかった。N警官が来てから1週間の間に3回電話で救助を要請した。


「どうも変だ」

子機で電話しているとノイズの音が大きい。こんなことは初めてだった。親機を使うようにしてみたら、今度はハウリングが起きた。でも相手は「屋○島警察です」と言っている。

「事件ですか? 事故ですか?」

「年齢は?」

年齢を尋ねるのはN警官だ。団地住人の確認に来た時に、私がちょっと言い淀んでからというもの、ここが弱点かと思ったのか、その後電話がN警官とN警官派のグループに繫がると、必ずこの2点を押さえてくる。こちらとしてはかえって愉快でもある。


「あなた、サバを読んでいるんじゃない?」

と、依然同僚だった女性に言われたことがある。

「多くサバを読む人はいないでしょう」

ふふふ、と答える私。

「それもそうね」

と、同僚。

 生年月日と見た感じに、ものすごく、ギャップがあるというのだ。N警官が来た時に、生年月日を聞かれて私が答え、いじりがいのあるところかと思われたらしい。事件か事故かとまくし立ててくるのは、民事か刑事か、さあどうだ! という気持ちの表れなのだろうか? 犯罪に詳しくない私は、初めの頃はどう答えていいのかすぐには返事が出来なかった。器物損壊だけでは済まない、毒物を散布するテロの刑事事件だ。

 

 他の警官が電話に出て、

「Nというものに向かわせます」

と相手が言ってきたときに、こちらで断ったこともある。理由を聞かれて、

「Nさんが来ると、返って悪化するからです」

と答えるよりなかった。その気持ちは、これを書いている新年1月の今でも残念ながら変わらない。それでもその時は、いみじくも屋○島警察に席を置いているのだから、来てもらうことで少しでも、あるいは、百歩譲ってこの家に居る間だけでも、被害が軽くなればと、その時の私には、他に手だてが浮かばなかった。

 

 そして、N警官がうちに来て8日目の2018年7月3日、どうにも耐えられなくてまた警察に電話をした。

応対した女性の声が、

「恵○須団地というのは○○番地ですね?」

と、間違った住所を言っている。

「屋○島警察の近所と言えるこの団地の場所も知らない人なのね。あなた、本当に婦人警官?」

とも思いつつ、パトロール中だという警察官を待った。これが偽警官Hであった。


 偽警官までも暗躍した二日後の7月5日、それらの犯行を行う者たちは、屋久島警察も屋久島町役場をもせせら笑うかのように大規模なマイクロ波の洪水を起こした。夕方5時5分頃から、晩の9時22分頃まで、それは続いた。(この日のことは『いちばん東の西のエデン・2メルトダウン編』参照) 

 マイクロ波の照射規模は、E-3棟の1~4階までの西側4分の3と、E-3棟よりも西に斜交いに建てられているE-2棟の東側4分の3へと貫通していくほどの大きな規模だった。一般住人宅も仲間犯人宅も被害域に収まってしまった。

 この計画の凄さを知っていた者はどこかに出かけている。E棟のうちの東隣303号室は無人。


 真上の402号室は、妻と子供二人は車でどこかに行き、夫が一人残っていた。402号室の夫婦の離婚の原因はここにもあったのかもしれない(おい、俺はどうなってもいいのか! こんなの聞いていないぞ。俺もバカだった、登山ガイドをしていて、ケガで徳○会屋○島病院に入院したばかりにここまでの悪嫁に出遭ってしまった。こんなバカらしい怖い島出てってやる!)。だいぶ後になってから分かったことがいろいろある。この「夫」は依然(離婚手続き完了であるなら)、N警官の義理の弟だった人であり、「悪いおんな」は実の妹である。      





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