机中の恋文
揣 仁希(低浮上)
5月24日(金) 16時48分 教室
その手紙に気づいたのは、放課後の掃除が終わって帰り仕度をしていた時だった。
普段なら教科書は、机に入れたまま帰る──俗に言うところの置き勉ってやつだ──のだけどその日は夕方から定時制課程の授業がある日だったので持って帰ることにした。ただそれだけ。
ほんの少しだけの偶然。
カサッと何かが手に触れる音がして、僕はプリントか何かだと思い手に取って見た。
それは、可愛らしい封筒だった。
宛名は、僕。
綺麗な字で"
差出人はない。
僕の頭に初めに浮かんだのはクラスの女子のイタズラ。
でも、どうだろう?僕はクラスでもそれなりに付き合いも悪くないし女子と遊びに行くこともよくある。
こんなことをするメリットはあるんだろうか?
「とりあえず……帰るかな」
僕はその封筒を無造作にポケットに入れようとして……キレイにシワを伸ばしてから分厚い教科書の間に丁寧に挟んだ。
▱▱▱▱▱▱▱
「う〜ん」
僕は今、自分の部屋で先ほどの封筒とにらめっこをしている。
帰り道、色々と考えてみたけど、思い当たる節がない。
それに今時ラブレターってどうなんだろう?
SNSやLINEで告白する時代だ、古風というか何というか……
ただなんだろう?期待半分、開けてみたら白紙みたいな冗談だったりと思うと封を切るのに少しばかり勇気が必要だった。
「…………」
意を決して僕は、そぉっとハサミを入れる。
中には封筒と同じ柄の可愛らしい便箋が一枚、丁寧に折りたたまれて入っていた。
僕は、誰も見ていないのに辺りを見渡してから便箋を開く。
拝啓
蓮水 夏梛斗様
突然のお手紙失礼致します。
さぞ驚かれたことと思います。
以前より蓮水様をお見かけする度に、一言でもとお話をさせて頂きたく思いましたが、勇気がなくこの様な形をとらせて頂きました。
……………
…………
………
お慕い申し上げております。
令和元年五月二十二日
僕は便箋を封筒に戻して深く息を吐き出した。
かいつまんで言うと、正にラブレターだった。
それも結構古風な感じの。
「お慕い申し上げております……か」
封筒に戻した便箋を改めて出して眺める。
おそらく筆で書かれたであろう美しい字、それを見るだけで差出人の性格というか人となりが分かるようだ。
「……でも、これどうやって返事したらいいんだろ?」
差出人もなく、どこの誰とも分からないラブレター。
いや、この場合、恋文と言うべきか。
「せめてLINEとかのアドレスでも書いといてくれたらなぁ」
封筒と便箋、どこをどう探しても差出人が分かるようなところはない。
僕は分かることを整理してみる。
今分かるのは、字が美しいことと僕の学校、僕の教室に出入り出来る人物だということだけ。
そして、この恋文が僕の机に入れられたのは5月22日以降ということ。
返事のしようもない恋文。
これが彼女からの一通目の恋文だった。
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