心を病んで崩れ落ちた学生時代のあの日から、再び歩き出せるまで
僕は大学を卒業した後、大学院へと進学した。理系だったのでこれは定番の成り行きだった。同じ学科の七割程度の人間が進学し、就職したのは三割程度だった。
しばらくは大学院で研究生活を送り、時期が来たら就職活動をした。現在はどうなっているかよく知らないが、当時の就職活動は極めて消耗的なものであり、丈夫な人間でさえが強烈なストレスを抱えていた。
そして僕は毒親育ちで、これまでの人生で蓄積に蓄積を重ねたダメージがついに臨界点を超えた。せきを切ったかのように異常が現れ始めた。もう一歩も進めなかった。心療内科を受診すると、うつ病だと診断された。就職活動からは退場を余儀なくされた。
僕は強い焦りを感じていたものの、手をこまねいているばかりで結果を出せないうちに、三月の修了の時期を迎えた。華々しく有名企業へと巣立っていった同級生や友人たちとは違い、これからの僕には病院以外の行き先がなかった。未来が虚無と暗黒に包まれていた。
丸一年ほど、病院で処方された薬を飲んでひたすら眠るだけの生活を送った。向精神薬による眠気は、自然な暮らしの中では感じることのない重苦しく強制的な眠気だった。死ぬほど眠いのに眠れなかったりもした。
薬の副作用により、体重も増えた。わずか三か月ほどの内に15キロも太った。どこまで太るんだろう、どこかで止まるのかな、それともずっと増え続けていくのかな、と強い不安を感じた。結果としてはある程度のところで体重増加は止まった。
(かかりつけの医師によると、この種の薬による体重の増加はどこかで止まるものらしいです。後に薬も減ったころには、自然と12キロ痩せてほぼ元通りになりました。もともと痩せ型だったのでむしろちょうどよくなったくらいです。僕はヨガが好きなのでその効果もあるとは思いますが、それよりも薬を減らしたことによる影響のほうがずっと大きかったと感じます)
その間、医師・店員・家族以外とは一言も話さなかったし、誰とも会わなかった。家族との関係も良くなかったので、事務的な会話くらいしかしなかった。誰にも会わす顔が無かった。そもそも外出する体力も無かった。僕には何も無かった。
たまに父親に「これからどうするつもりなんだ!」みたいに急かされることはあった。この瞬間も真面目に働いている同級生たちとは違い、自分は大学院まで行っておきながら単なる無職の病人でしかなかった。だったらそう言われるのも仕方ない、全ては自分が悪いのだ、という気持ちになった。
スマートフォンに誰かからの連絡や誘いが来ても、全て無視していた。やがてスマートフォンは沈黙するようになった。そして充電が切れたまま放置するようにもなった。どうせ使う気もない。
そんな自宅での療養生活を続けていると、少しずつ回復してきた。今の自分にも出来ることはないかと考え始めた。未来が欲しかった。
僕の大学での専門は物理学だったが、趣味で心理学と哲学も学んでいた。単位として認定されない授業を受けたり、大学図書館にある本を読み漁っていた。物理学は自分には合わなかったので、心理学と哲学のほうがモチベーションも習熟度も高かったと思う。
少し考えた結果、心理カウンセラーを目指してみることにした。そのためには心理学の大学院を修了する必要があったので、半年ほど勉強した。前回登場した親友と連絡を取ってみると、彼もその勉強を手伝ってくれた。彼は非常に向学心の強い人間なので、心理学にも興味を持ってくれた。そして試験を受けた結果、意外にも合格した。
(それなりの大学を受験して合格することに比べて、大学院受験の難易度は実は言うほど高くないと感じます。向学心のある方なら、学部の専門とは違う分野の大学院へ行くことは十分に可能だと思います。学部からまた通いなおすと時間も費用もかさんでしまいます)
しかしとりあえず受験してみたものの、僕にはまだ通学する体力も無ければ、学費の負担も大きすぎた。今後のことを考えているうちに、僕は無職の病人でしかない状態を脱したい気持ちが強かっただけで、それほど心理カウンセラーになりたかったわけじゃないということに気がついた。社会からの疎外感と劣等感に衝き動かされていたにすぎなかったのだ。
すがりつける目標と未来像がなくなり、再び精神的に不安定になった。薬を飲んで眠るだけの生活に戻った。
回復に専念していると、また少しだけ余裕が出てきた。僕は学生時代から小説を書いていて、文章を書くことが好きだった。なのでブログを始めてみることにした。アフィリエイトを貼れば収入にもなる。
色々と試行錯誤して工夫しつつ、なるべく毎日記事を書き続けた。二年が経った頃には、月数万円程度の収益が得られるようになっていた。
当時は個人ブログでのアフィリエイトに追い風が吹いている情勢だったことも大きかった。しかしやがて風向きは変わり、逆風へと転じた。収益は目減りしていった。
このままでは厳しいと思った僕は、ここまでの経験と人間関係を生かして、ライターとしての仕事を始めます。仕事場は自宅です。
そして一年ほど続け、現在へと至ります。まだまだ駆け出しの青二才です。
振り返ると、そもそも僕は会社勤めに向いていない人間だったのだと思う。学校の集団生活ですらしんどかった。もっと静かに暮らしたかった。
有名企業で働いているかつての同級生や友人たちに比べると収入は当然のように少ないが、今は自分のペースで仕事が出来ている。体調が悪くなったら無理せず休むことも出来る。平日休みの友人と、人混みに巻き込まれずに遊びに行くことも出来る。
個人ブログを始め、一か月に五百円でも収益が発生したころからは徐々に精神的に落ち着いていきました。今までは嫌なことや苦手なことを我慢して乗り切るのが人生の主題でしたが、文章を書くということに真剣に向き合い始めてからは充実感を得られるようになりました。もちろん大変なことや難しいこともありますが、それはこれまでのような不毛な忍耐ではなく、創造的な努力の機会なのです。
今回はこんなところかな。今日も僕は静かに本を読み、ときに音楽やゲーム等にも触れつつ、何かを書きます。ご清聴ありがとうございました。また次回に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます