1話 ハルト=キルクス

 マキリス神命連合国しんめいれんごうこく

 神聖都市しんせいとしバルキアを首都としたその国は、小さな都市が集合して出来た1つの国家だ。


 そんな国の中心都市、バルキアには魔術の研究機関である王立魔道学院おうりつまどうがくいんがある。


 王立魔導学院おうりつまどうがくいんはマキリス神命連合国しんめいれんごうこくの中で唯一の魔術研究機関である。


 そんな学院には1人の落ちこぼれがいる。


「見ろよ。ビビリ君だぜ」

「今日も平気な面で来てるぜ。学院の恥晒しのくせによ」


 周りの生徒が聞こえる程大きな声で噂話をしているのを尻目に、噂の本人である短い黒髪の少年、ハルト=キルクスは声を無視して自身の教室に向かう。


 ハルトは一切の魔術が使えない。

 使えないというよりは使う事を恐れているのだ。


 魔術の基礎として、この世界には魔素まそと呼ばれる目には見えないエネルギーが存在する。


 魔術は、魔素が魔術を構成する魔術回路に反応する事で発動する。


 ハルトは魔素が見える体質である。


 その体質故に見えてしまうのだ。


 辺りの物全てに纏わり付く、夥しい数の得体の知れない何か不気味なが。


 魔素は魔術を発動させる時に最も反応する。


 そのため、ハルトはどうしても魔術を行使することが出来ないのだ。


 しかし、魔素が見える人間などハルトの他には存在しない。


 そのため、周りの人間はビビリや虚言癖とハルトの事を馬鹿にするのだ。


「気にするなよ。あんなの」


 後ろから声が聞こえる。



 柔らかな金髪の髪を肩まで下ろした、中性的な印象を受ける男性。

 年齢は15〜18歳ほどで、ハルトと同年代。

 ハルトの親友、ノーリス=リクウォットだ。


 彼は魔術の実力はそこそこで、学院でもそれなりの実績を持っている。


「あれは実力に自信のない輩のやっかみなのさ」


 ノーリスもハルトの発言を信じてはいないが、ハルトはその体質に関する話以外は信頼の置ける人物として、ノーリスはハルトの事を親友として認めている。


「悪いな。いつも」


 自嘲気味に笑いながらハルトは励ましの言葉をくれるノーリスに謝った。


 実際、ハルトは周りに認めてもらえず、実際何もできない自分が嫌いだった。


 そんな自分の側にいてくれるノーリスに、ハルトはどこか依存している気がして、そんな自分が余計に嫌いだった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「今日は飛行魔術を学びます」


 広場の中央に立つ教師が後ろにいる生徒にも届く様、大きな声を響かせる。


 生徒達は杖に跨り何事かを呟いたり、地面に魔法陣を描いたり、虚空に手を振りかざしたり、よくわからない道具を使ったり、思い思いの方法で魔術回路を完成させる。


 魔術回路とは、魔術を発動させるための仕組みのことで、それは行為であったり、陣であったり、物質であったり様々だ。


 回路を完成させることで、魔素が回路に反応して魔術が発動する。


 魔術回路は伝承が各々に伝わっており、その全てが保管されているのがこの学院なのである。


 生徒達は今まで学んだ魔術を発動させ、成功させる者もいれば、失敗する者もいた。


 魔術の完成度は知識量や経験によるところが大きいため仕方ないと言える。


 しかし、ここに1人、他とは異質な者がいた。


 ハルトだ。


 ハルトはあと一息で魔術回路を完成させるところまで来ていた。


「ハァ……ハァ……」


 ハルトの目の前で、化け物が餌が出来上がるのを今か今かと待ちわびている。


 ハルトにはそんな光景が見えていた。


 他の人間には見えないそれ。


 闇の底から出てきた様な歪な何か。


 幻覚じゃないかと何度も思ってきた。


「……ァッ……ハァッ…………」


 でもそれは本物であると本能が、感覚が告げている。


 あと少し。

 もうあとほんの少しで魔術回路が完成するのに。


「ぁぁぁぁぁアアアッッッッッ!!!!!」


 ぐわぁっと目の前に群がる化け物に、ハルトは思わず回路を崩す。


 周りからクスクスと嘲笑する声が聞こえる。


 こうしてハルトはビビリだ妄想癖だと、また馬鹿にされるのだ。





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