刻印のフィーユ

入美 わき

第一章 巡り星 一話


惑星歴一万六千二十四年、火の月。


まだ若い惑星の一部。

深夜の森を駆ける影が一つ。



「この夜の内にここを抜け、アラガン山脈の中腹辺りまで行けるだろうか……」



目前に迫る木々を避け、葉を片手で掻き分けて目的地を目指すフードを被った大男。

大きな布に絡まった何かを抱え、体毛から滴る汗も気にせず必死に大地を蹴る。



「ごめんなさいセブンス、私が足なんか怪我しなければ貴方に負担をかけたりしなかったのに……」



大男、セブンスが抱える布の中から声が聞こえる。

声の高さからして女性だろう。

足を負傷してるらしくその声に力はない。

「何を仰います、サンドドラゴンの酸を避けきれなかった自分が責められるべきなのです。……どうか今は回復に専念して下さい。貴女のものが真ならば、まずは備えなくてはいけません」

獣道を抜け人が作ったアラガン山脈への道をひたすら走る。

道中遭遇する魔物を振り払い、時に腰に挿した剣で薙ぎ払い前へと進む。


「愛刀や魔法が使えれば、こんな雑魚共に、……」


剣を握る手に力が入る。

月光に照らされ鈍く光る刀身に肉に飢えた牙が映る。

走るセブンスに群がる夜犬種"ヘルハウンド"の一頭が口を開け涎を垂らしていた。

ヘルハウンドは結界が機能している街や村の外であれば何処にでも現れて人を襲う魔物だ。

特に血の匂いに敏感で、手傷を負う度に群がる数が増えていく。

現状、剣を振るうセブンスは無傷。

どうやら今回の獲物はセブンスの手荷物の様だ。

「今晩の餌は私なのですね……」

「クリュー様は濃密な、フッ!!魔力を血と共に流していらっしゃるので、ハァッ!野犬には一生に一度の御馳走なのでしょうッ」

セブンスは彼女を笑わせる為の気の利いた冗談のつもりで言葉を発しながらヘルハウンドを屠っていく。

クリューと呼ばれた女性は抱えられている自分が不甲斐なく、身に纏う布を強く握りしめていた。



(−−−−−私を、置いて行きなさい−−−−−)



クリューは声を出さずそう口を動かして、

ただ下唇を噛んでいた。

解っていたのだ、彼女は生きなければならない事を。

だが、今"力"を使ってしまえば追ってくるのはヘルハウンドの群だけでは済まない。

けれど、セブンスの腕力と使い慣れない剣ではどこまで耐え凌げるのか。

「これでは、埒があかない。手前の三匹を斬り伏せたら全力でアラガン山脈登山口の結界エリアまで走ります。どうか今しばらくのご辛抱を……ッ!!」

「−−−ええ、わかったわ………」

大男は宣言通り三匹の魔狼の首を刎ねると、剣を背負い二本の足と片方の腕で地面を削り砲弾の如く飛び出した。



「そこの者、この方を早く教会へ!!……神山しんざんの守り人よ、私とあの方をどうか匿って頂きたい。足の治癒が済み次第此処を発つ、それまではどうか」

「ええ、畏まり承りましょうぞ。差し当たって戦士殿も休息を取られよ。此度の事、何も聞かぬが余程の大事なのであろう?其方の胃袋を満たす物、身体を清める物を用意させる故」

「−−−忝い」

修道女二人にクリューを預け、山脈の守り人に用意された部屋へと通され少しばかりの休息を取る。

魔狼の群れを引き離した後、この結果エリアに入る頃には月が頂点に達していた。

大方セブンスの予想通りに時間は進んでいるものの、体力の消費やクリューの怪我などの想定外もある。

無事に目的地へとたどり着く事ができるのか否か………。



未だ物語の鍵は錆びついたまま……。

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