第3話ー奴隷ファイトー

 歓声がこだまする巨大な地下闘技場。

円形の客席には、満員の観客。全部で数万人は居よう。

中央の砂地の闘場では十数人の男が入り乱れて素手で戦っている。


闘場の端に設けられた席にいる司会役の男が煽る。


「さぁ皆さま! 自らの肉体と魂によって生き残りをかけた生存競争であります!皆さまが賭けた者が見事生き残り勇者となるか!死んでゴミとなるかは応援次第であります!声を!あらんかぎりの声で叫びましょう!殺せーー!」


声は彼の持つ魔法の拡声器によって会場中の客の耳に響いた。


「うおおおおぁ殺せぇ!」


「そこだぁ 首を折れぇ!殺せぇ!」


「きゃああああ 死んで!今すぐ死んでぇ!」


賭けも手伝って観客からの応援と罵倒の入り混じった声が会場のボルテージを上げ、それに煽られるように闘場の男たちの動きも激しくなっていく。

しかし、素手での戦いは互いを傷つけ消耗はさせるものの いまだ死者は出ていないようだった。


 観客席のひときわ高い位置に奴隷商人ヴァンザントは鎮座していた。

この闘技場の主であり、見世物と賭け試合の興行自体を取り仕切る立場でありながら、多くの奴隷選手の雇い主でもある。見た目はでっぷりと贅肉を蓄えた中年を過ぎた人間の男だった。


「ふーむ どうもかったるいな」


「へへ、いまいち決め手に欠ける試合になっておりますな」


ヴァンザントの言葉にいやらしい追従の笑みを浮かべながら部下のメリディエンが応える。種族は小鬼とも呼ばれるコボルトで、人の半分ほどの背丈しかない。


「まったく殺人技術がない奴ばかりだ!こんな試合してるようじゃ客に飽きられてしまうわ おい!モンスターリストを貸せ!」


ヴァンザントが命じると後ろに控えていた護衛の男が板にとめられた紙の束を差し出す。


「よしよし、今日はどいつにしようかな…」


「いいですなぁ モンスター投入ですね」


モンスターリストにはヴァンザントが各地のモンスターハンターが捕獲し買い取ったモンスターの名前が連なっている。


「それにしても先日のグリーンスライムの大量投入は痛快でしたなぁ」


「おお あれはなかなかの光景であった。20人以上の奴隷剣士どもがスライムの粘液で溶けていくのは実に壮観だった。あれでこの闘技場の評判も上がったであろう」


「もちろんでございますよ。街ではこのヴァンザント闘技の噂でもちきりですよ。つぎはどんな見世物が見れるだろうってね ひひひ」


「うれしい悲鳴というやつだな、客というやつは常に新しい刺激を求めるものだ。そこを飽きさせずにいかに試合を盛り上げるか考えねばならん。まったく難儀なものだ…今回は大物でいきたいところだなぁ……よし!決めたぞ コイツだ!」


護衛の男にリストを指さして指示をする。


「何を選ばれたのです?」


「ふふふ 今にわかる」


しばらくして司会の男に小さな紙が届けられ、それを読むとすぐにはじけたように叫ぶ。


「おぉーーっとここで モンスター投入だぁ!」


会場全体が震えるほどに歓声があがる。


いままで殴り合っていた闘場の男たちがその声によって一様に、手を止める。

互いに顔を見合わせ、どうすべきかわからないといったように所在なさげにその場に立ち尽くす。

みな一様にモンスター投入による自分たちの行く末を悟り、戦意がしぼんでしまったようだ。


観客が示し合わせたように手拍子しながら「ホウ!ホウ!」と掛け声をかける。

これがモンスターを呼び込むときお決まりの儀式のようだ。


「本日のモンスターは!あまたの国を滅ぼし、かの勇者をもってしても討伐できずに逃げ帰ったというー!最凶!最悪!最大の野獣!」


司会の男の煽り文句ともに闘技場の天井が割れて大きなゴンドラが降りてくる。

ゴンドラには一辺が数十メートルはあろうかという金属製の箱が乗せられている。

とてつもない大きさの長方形の箱は蓋がされているので観客からは中身がまだ見えない。

しかし、ゆっくりと闘場に降りてくる箱を見ただけで観客の盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。


「勘のよろしい方はもうおわかりでしょう!この世の最悪!いにしえからの暴虐!ファイアードラゴンだああああ」


奴隷商人の腰ぎんちゃくメリディエンが驚いた様子で主人を見る。


「まさか!」


「ふふふ そのまさかよ!」


「しかし、危険では!?」


「心配はいらん。闘場の周りは強力な魔法の障壁を張ってある。ドラゴンとて破れはせん。あの愚図な奴隷どもを派手に食い殺した後は、うちの魔術師が魔法で眠らせればよいのだ」




「出てこいやあああ」


司会の声をきっかけに箱の四隅の魔法仕掛けのロックが破裂音とともに外れる。

蓋の部分は鎖で巻き上げられていく。


中からドラゴンが現れ、観客はひときわ大きな声をあげる。


鋭く人間ほどあろうかという爪。

びっしりと生えた牙はまがまがしく凶暴さを象徴している。

赤い鱗でおおわれた身体はどんな生物よりも大きく、人の武器では到底傷つけることすら不可能であろう堅牢さを見せている。

長い首の先に角の生えた頭があり、にらまれればどんな者でも恐怖で縛ることのできる目玉が光っているはずだった。


その目には生気はなく瞳孔が大きく開かれ動くことはなかった。



ドラゴンは死んでいた。




「ああん!?な なんだぁ?何故動かんのだ?」


「大人しくさせるために眠りの魔法が利きすぎたんですかね?」


ヴァンザントとメリディエンの位置からだと詳細はわからないようだった。


状況が飲み込めない観客たちがどよめく中、ドラゴンの頭の横にリュートが立っていた。





「あ すいません。このドラゴン殺しちゃまずかったですかね?」




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