ロンリー・グラヴィティ~たかが世界の終わり、されど世界の終わり~

猫柳蝉丸

本編

「この事件の解決、君の大切なものと引き換えだ」

 大きなお月様に照らされて、おじさんは楽しそうに笑った。

 そのおじさんの姿を見て、何だかお月様からの使いみたい、なんてわたしはのんきなことを考えた。



 世界の終わりまであと一週間、つまり今日から三日前。

 たまらちゃんがわたしの家庭教師の先生が自殺したことを教えてくれた。

 どんなにメールしても返事が来なかったわけだよね。死んじゃったんだもん。これで返事が来たらまるで学校の怪談だよね。今までの疑問が解決してすっきりしたけど、それ以上にすっきりできない疑問がもうひとつできちゃった。

「もうすぐ世界が終わっちゃうのに、どうして自殺なんかしちゃったんだろうね?」

 つぶやいたたまらちゃんの疑問はそのままわたしの疑問だった。

 わたしたちの世界が終わるって発表があって、わたしたちのまわりでも色んなことがあった。近所のおじさんはヤケになって自分の家を燃やしちゃったし、わたしのママも私を置いて前から付き合ってた男の人と最後の旅行に行っちゃった。ママってば今ごろ何をしてるんだろう。あの人とケンカとかしてなかったらいいんだけど。

 世界の終わりまで少しだけさわがしくなるかと思ったわたしたちの世界。だけどそのさわぎは三日もするといつの間にか終わっちゃった。どうもあんまり色んなことを考えない人たちがあとさき考えずにさわいだだけみたい。少しでも考える頭を持った人たちは、さわぐよりも自分のやりのこしたことをやったほうがお得だってきづいてたってだけのお話。そんなわけであきれちゃうくらいかんたんにわたしたちの世界はおちついたんだ。

 だから、わたしはふしぎだった。先生は世界の終わりでおおさわぎするような、そんな頭の悪いことをする人じゃなかったから。そんなにカッコいい先生じゃなかったけど、優しくてたまに見せてくれる笑顔がかわいい頭のいい男の人だった。

 そんな先生なんだもん。世界が終わるからってわたしに何も言わないまま自殺なんかするわけない。まさか自殺に見せかけて殺されたってまでは思わないけど、わたしの知らない大きな何かが先生に起こっちゃったのはまちがいないはず。

 だから、わたしがひとりで調べなきゃいけないって思った。たまらちゃんはこれから彼氏とかけおちするって言ってたから手伝ってもらえないし、どうせ家に帰ってもひとりぼっちでコレクションのカードを整とんするくらいしかすることがないしね。

 先生の家の住所はたまらちゃんに教えてもらった。先生は妹のたまらちゃんと離れてひとりぐらししているらしかったけど、それでもたまらちゃんはよく遊びに行ってたみたいで道順までていねいに教えてくれた。

「ごめんね、るくはちゃん。お兄ちゃんのこと、任せちゃって」

 最後のお別れの時、たまらちゃんはちょっと悲しそうにわたしにだきついた。

 自分のお兄ちゃんのことなのに、その自殺のことを調べもしないことを悪いと思ってるんだろうな。でも、しかたないよね。たまらちゃんは彼氏がいて、世界の終わりまでは自殺しちゃったお兄ちゃんよりも彼氏のことを大切にしたいだけなんだから。

「ううん、いいよ、じゃあね」

 そう言ってわたしとたまらちゃんは最後のお別れを終わらせた。もしかしたらまたどこかでばったり会うことがあるのかもしれないけど、それはわたしたちが好きなゲームでプレミアムレアのカードが出るくらいの可能性だと思う。だから、わたしとたまらちゃんがお話しするのはこれが最後なんだ。

 ちょっとさみしいけどそれもしかたない。わたしもたまらちゃんより先生の自殺のひみつを選んじゃったんだから。おたがいさま、だよね。

 とにかくそうしてわたしはお月様にてらされて先生の家まで走ったんだ。



 走って先生のアパートの前までついたのはよかったんだけど、わたしはそこで大切なことを思い出しちゃった。どうして思いつかなかったんだろう。先生の家に入るにはカギが必要なんだってことを。

 どうしよう。一歩目からつまづいちゃった。窓を割って入ればいいのかな。窓くらい割れても今さらだれも気にしないだろうけど、ちょっとためらっちゃう。先生の部屋の隣の人にめいわくかけちゃってもいやだし……。

 そうして十分くらい先生のアパートの前でうろうろして、あんなお別れをしたすぐ後ではずかしいけどたまらちゃんにカギの場所に心当たりがないか電話しようかと思いついたくらいの時、暗がりにいたらしい誰かからいきなり声をかけられた。男の人の声だった。

「お困りのようだね、お嬢さん」

 お嬢さんなんてはじめて呼ばれた。ううん、そんなのはどうでもいいよね。

 わたしはカバンの中に入れていた包丁をつかんで声がした方向に目を向ける。いちおう包丁を持って来ててよかった。上手に使えるなんて思ってないけど、ふりまわせば逃げてくれるんじゃないかな。まあ、逃げてくれなかったら自分の首を切ればいいよね。痛いのはいやだけど、あやしい男の人に何かされるよりはずっといいと思う。

「いやいや、怪しい人間じゃないよ、ボクは」

 手を上げたあやしい人影が暗がりからわたしに正体を見せる。

 月明かりに照らされたのは、髪の毛とヒゲがもじゃもじゃのおじさんだった。黒いスーツが似合っているのかいないのか、とにかく今まで見たことがないような変なおじさん。こんなマンガみたいな人がいるんだって思ったくらい。

「そんなこと言われてもあやしいよ、おじさん」

「そうかなあ、ボクの精一杯の正装なんだけど」

 とぼけた様子がまたふしぎだった。何て言うかすごくマンガっぽい。ひょっとしてわざとやってるのかな。うん、きっとこのおじさん、オタクなんだ。世界の終わりまであと少ししかないのに、マンガっぽい自分を演じるようなオタク中のオタクなんだ。

 でも、オタクのおじさんなんだって思った瞬間、わたしの肩から力がぬけた。

 先生はけっこうオタクっぽい人だったし、ついでに言うとわたしもかなりオタクだった。たまらちゃんとはよくゲーセンに行ってるし、ちょっと遠くのデパートのゲーセンに行く時は先生にも付き合ってもらってたくらい。そうやって集めたプレミアムレアのカードが何枚もあるのがわたしのちょっとした自慢だしね。

「それはそうとさ」

 わたしがちょっと気をゆるしたのに気がついたのかな。おじさんが楽しそうな笑顔を浮かべてのろのろとわたしの目の前まで歩いて来た。何だかおまぬけな歩き方だったからわたしは思わず笑ってしまいそうになった。いけないいけない。親しみやすさはあるおじさんだけど、包丁だけはしっかりにぎっておかなくちゃ。

「どうしたの、おじさん?」

「お嬢さん、伊達清秋君の自殺の事を調べたいんだろう?」

 びっくりしてカバンの中の包丁を落としそうになった。このおじさんがどうしてそんなことを知ってるんだろう。伊達清秋なんて先生のむずかしい名前を知ってるくらいだからてきとうなことを言ってるわけじゃないんだろうけど。

「おっと警戒しないでくれ。ボクは小宮三四郎、探偵さ」

「探偵?」

「ちょっとした縁で伊達清秋君の自殺の事を調べていてね。それでお嬢さんを見掛けて声を掛けさせてもらったってわけだよ」

「どうしてわたしに?」

「君の事も知っているからね。君は伊達清秋君の家庭教師の教え子の南るくはちゃんだろう? 伊達清秋君の家にまで来てみたら、アパートの前でその教え子の君がうろうろしているなんて、ボクが探偵じゃなくても君が伊達清秋君の自殺の真相を知りたいんだろうなって事くらい気付くさ」

 さすがは探偵って言っていいのかな。おじさんの言っていることは全部正しかった。

 気がついたらわたしは自分からおじさんの方に足をふみだしていた。わたしの疑問に答えてくれるかもしれない人に出会って気が急いじゃったのかもしれない。自分でも自分の動きと言葉を止められなかった。

「そうだよ、おじさん。わたしは先生が自殺しちゃった理由を知りたいの。おじさんはおかしいと思わない? だってもうすぐ世界が終わっちゃうのに、わざわざ自殺しちゃったんだよ? 明日、ふたりで遊びに行く約束だってしてたんだよ? それなのにわたしに何も言わずに自殺しちゃうなんて変だと思わない? 知りたいよ、先生が死んじゃった理由」

 おじさんは黙ってヒゲを触りながらわたしの言葉を最後まで聞いていた。

 少し不安になりかけた時、おじさんがくちびるの横で笑った。

「伊達清秋君の自殺の真相、本当に知りたいかい?」

「知りたいってさっきから言ってるじゃない」

「それがどんな理由でも? 例えば伊達清秋君の自殺の理由がソシャゲのガチャを回したら大爆死したからって理由だったとしても、君はそれを受け入れられるかい?」

「先生はそんな人じゃないよ。でも、本当にそうだったとしてもわたしはいいよ。それはそれでいいって思う。わたしは先生がわたしを置いて死んじゃった理由が知りたいの。知らないままでいた方がずっとずっと悲しいから……」

「よく分かったよ」

 おじさんが楽しそうに両手を大きくたたいた。大きな音がまわりにひびいた。

「南るくはちゃん。君は伊達清秋君の自殺の真相を知りたい。それでいいね?」

「ずっとそう言ってるでしょ」

「本当はさ、別口の依頼だから他人を関わらせるのはまずいんけどね。まあ、世界の終わりを間近にして、そういう小さな事にこだわってても仕方ないよね。君さえよければこれからのボクの調査に付き合ってくれても構わないよ。どうせ後は裏付け程度なんだ。伊達清秋君の部屋に入って三十分も掛からないさ。それで事件解決を約束しよう」

「本当に? 本当にわたしに先生の自殺の理由を教えてくれるの?」

「ああ、本当さ。ただし、君と一つ取り引きしたいんだ」

「取り引き……?」

「この事件の解決、君の大切なものと引き換えだ」

 大きなお月様に照らされて、おじさんは楽しそうに笑った。

 そのおじさんの姿を見て、何だかお月様からの使いみたい、なんてわたしはのんきなことを考えた。おじさんがお月様の使いでも何でもよかった。先生の自殺の本当の理由が分かるなら、わたしにできることなら何でもしてあげたい気持ちでいっぱいだった。



「伊達清秋君とはどういう関係だったんだい?」

 先生の家のカギをハリガネみたいなものを使って五秒くらいで開いてから、おじさんは何でもないことみたいに言った。たぶん、本当におじさんにとっては何でもないことだったんだと思う。ただのおしゃべりだったんじゃないかな。それでもよかった。先生との思い出はおじさんにでもいいから聞いてもらいたい気分だったから。

「ただの家庭教師と生徒の関係だよ」

「それにしてはよく二人でゲームセンターとかで遊んでいたみたいじゃないか」

「よく知ってるんだね、おじさん」

「探偵だからね」

「そういえばおじさんに先生の自殺を調べてって頼んだのってだれなの?」

「伊達清秋君の妹の伊達たまらちゃんだよ」

 そんなはずないって思ったけど、わたしは何も言わなかった。それならたまらちゃんが何か言ってくれてるはずだもんね。でも、いい。おじさんが先生の自殺の秘密を教えてくれるんなら、それ以外のことはどうでもいい。

「君はこの部屋に入った事はあるのかい?」

 ううん、ってわたしはおじさんの質問に首をふった。

「ただの家庭教師と生徒で、部屋に来た事もない。そんな先生の自殺を君はどうして調べたいんだい、南るくはちゃん? 約束してたとはさっき聞いたよ。世界の終わりを間近にして自殺するって事態が気になるのも分かる。だけど、あえて訊こう。世界の終わりまであと一週間なんだぜ? 君は他にやりたい事は無いのかい? 例えばお友達の伊達たまらちゃんと遊び尽くすとかは?」

「たまらちゃんはさっき彼氏とかけおちしちゃったよ」

 さすがにたまらちゃんのかけおちのことは知らなかったみたいで、おじさんはふくざつそうな顔になった。

「それは……、ボクの半分くらいの歳なのに最近の子は進んでるね……」

「あっ、おじさんくやしいんでしょ。おじさん彼女いなさそうだもんね」

「悔しくないやい。ボクには彼女といちゃつくよりやるべき事があるからね」

「やるべきことって、探偵のこと?」

「探偵もそうだけど、ボクにだって譲れない事があるのさ。伊達清秋君の一件が終わったら世界の終わりまでそれに専念するつもりなんだよ」

「そんなに先生の自殺の秘密を知るのが大切なの?」

「そうだね。彼の一件がこれからの一週間に大きく関わってるんだ。何としても解き明かさないと、最期の一週間をボクは失意の中で過ごす事になる……ってボクの事はいいんだよ。だから、君はどうなんだい、南るくはちゃん?」

「やりたいこと? 先生のこと以外、何もないよ、わたしは」

「お母さんとはもう会うつもりはないのかい?」

 おじさんがわたしのお母さんのことを口に出しても、わたしはおどろかなかった。逆にたよれる探偵さんだと思って心強くなった。この人なら先生の自殺の理由もすぐに見つけてくれるかもしれない。

「うん、もういいよ、お母さんは。わたしより男の人の方が大切だったみたいだし、そんなに仲がいいお母さんじゃなかったし。おじさんはもう知ってるかもしれないけど、お母さんは自分でわたしに勉強を教えたくないから家庭教師を先生におねがいしたんだよ」

「困ったお母さんだ」

「でも、いやじゃなかったよ。それが先生と知り合うきっかけになったしね」

「先生の事、好きだったのかい?」

 どうだろう、とわたしはくちびるにのばした人さし指をあてる。

 先生はカッコよくない。少なくとも芸能人のイケメンとはくらべものにならない。彼氏になってほしいわけでもキスしてほしいわけでもない。たまらちゃんが彼氏に向けるような強い大好きって心を先生に持ってるわけじゃない。

 それでも、大事な人だった。いっしょにいて楽しかったし、心の底から笑えたのは先生と遊んでいる時くらいだった。先生は優しかった。わたしのお母さんへの悪口もだまって聞いてくれてたし、失敗しておちこんでる時にはなぐさめてくれた。そういう意味で言ったらわたしは先生の事が大好きだったのかもしれない。だからこそ、先生がわたしを置いて自殺した理由をどうしても知りたいのかもしれない。

 それをおじさんにどうやって伝えようかと思っていたら、おじさんはいつの間にかひとりでさっさと先生の机を調べ始めてた。本当にわたしにはあんまり興味がないんだなあ、おじさん……。いや、いいんだけどね。

 わたしは口を閉じておじさんの調査を見ていることにした。

 机、タンス、食器棚、先生の性格らしくきちんと整えられていたけれど、おじさんは気になるものを見つけられなかったみたい。部屋の中には自殺の本当の理由が分かるようなものは置いてないのかな?

「あっ」

 何となく部屋の中を見渡して、わたしは思わず声を出しちゃった。

 何かがあったわけじゃない。リビングのたたみがよごれていることに気がついただけ。

 だけど、わたしの胸は大きく動いちゃってたんだ。

 思い出すのはたまらちゃんの言葉。お兄ちゃん、リビングで首をつって死んでたらしいんだ、って悲しそうにつぶやいてたたまらちゃんの言葉。この部屋で先生が自殺しちゃったんだって思うと、何だか気分がおちつかなくなった。もちろん、先生の体はどこかにかたづけられててここにはない。でも、どうしてだか分からないけど、大きな声で何かをさけびたくなった。どうにかさけばずにはいられたけどかわりに涙が出て来そうだった。

「畳か……」

 わたしの視線を追ったおじさんが何かに気がついたみたいに呟くと、どこから取り出したのかバールのようなものを手に持った。って、バールだよね、それ。前にマンガでだけ見たことがあるけど。

 止める時間もなかった。おじさんはバールをたたみのはしっこに思いきりふりおろすと、てこの原理で器用にたたみを返していた。さすがは探偵。行動力もふつうの人とは違うんだ……、なんて思っていると、おじさんは楽しそうなガッツポーズをとっていた。

「ビンゴ!」

 またマンガみたいなセリフを言ってから、おじさんはたたみの下から何かを取り出す。

 おじさんが見つけたのはノートが入りそうな大きそうな茶色の紙ぶくろだった。

「何がはいってるの、おじさん?」

「まあ、ちょっと待ち給えよ。ボクの推理が正しければこの中には……」

 おじさんがわたしに見えないように、紙ぶくろの中をのぞきこむ。

「マジかよ……」

 推理が正しければなんて言っていたのに、推理とちがったものが入っていたのかな。おじさんはさっきまでの楽しそうな顔とはぜんぜんちがう顔になって、わたしから目をそらした。ううん、もしかしたら、推理が正しかったから、おじさんは悲しそうな顔をしているのかもしれない。

 たっぷり一分くらいためいきをついてから、おじさんはわたしの方に目をもどした。

「南るくはちゃん……」

「うん」

「まずは本当の事を言うよ。伊達たまらちゃんに伊達清秋君の自殺の真相を調べてくれって言われたのは嘘だ。これは単にボクが興味を持って調べていただけなんだ。最後の一週間のためにね、どうしてもこの自殺の真相を突き止めたかった」

「うん、知ってたよ、おじさん」

「そうなのかい? まあ、いいや、続けるよ。ボクはね、南るくはちゃん、伊達清秋君より君の方が目当てだったんだ。ずっと前、あのデパートのゲームセンターで君を見掛けてから目を付けていたんだ。情けない話なんだがね、何度も声を掛けようと思っていたけれど、世界の終わりが目前となったこんな時じゃないと声を掛けられなかった。最近は色々厳しいからね、その勇気が出せなかったんだ」

 おじさんの言葉を聞いてわたしはひとつ思い出すことがあった。先生と行ったデパートのゲーセンで何度か見かけた男の人のこと。ゲーセンでも男の人が少ないスペースだったからめずらしく思ったんだよね。おじさんがヒゲをそったらあの人になるような、そんな気がした。

 辛そうにおじさんが続ける。まるでわたしにあやまるみたいに。

「二日前の話さ。ボクは伊達清秋君の妹の伊達たまらちゃんが公園で泣いているのをたまたま見掛けたんだよ。遠目にそれとなく耳を澄まして伊達清秋君が自殺した事を知って、ボクはこれだと思ったんだ。これをきっかけに君に近付けるってね。それからは伊達清秋君と君の身辺捜査で大忙しさ。それである程度自殺の真相の目星を付けてから、君がこのアパートに来るのを待ち構えてたってわけさ」

「探偵っていうのはうそだったの?」

「いや、それは本当だよ。ただ今日ほどのスピード解決が出来るほど有能でもない。頑張れたのは世界の終わりまで残り一週間って焦りがあったからってだけだよ。実際、有能だったと思うよ。まさかここまで推理通りとはね……。ねえ、南るくはちゃん、もう一度訊くよ、君は伊達清秋君の自殺の真相が知りたい。それでいいね?」

「いいよ」

「それが例えどんな真相でも?」

「どんな答えでも、いいよ」

 おじさんがまたためいきをついた。それでもおじさんはわたしに紙ぶくろをわたしてくれた。それがおじさんにせめてできることだったのかもしれない。

 わたしは紙ぶくろの中に入っていた何枚かの写真を取り出した。

 意外におどろかなかった。そんな気はわたしにもしていたのかもしれない。

 紙ぶくろに入っていた写真には全部わたしが写っていた。

 裸のわたしが写っていた。

 写っている場所には見覚えがある。

 わたしの家のお風呂だった。いつの間に写されたんだろう。ぜんぜんきづかなかった。

 写真がふやけているのは、たたみの下にあったからなのかな。それとも。

「見ちゃったよ、ごめん」

 べつにあやまってもらうことじゃなかった。何だかわたしの方が悪いことをしてる気になっちゃう。

「ボクも推理はしてたんだ。デパートで見掛けた時から伊達清秋君にはただならぬ感情が見て取れた。君の事が好きなんだろうなってくらいはすぐに分かったさ。だから、自殺の原因には見当が付いた。分かってた。分かっていたはずなのに、実物を目にすると罪悪感でいっぱいだった。ボクは、何をしてたんだって気にさせられたよ……。ボクもある意味では彼と同じだからね……」

「そうなの……?」

「そうなんだよ。ねえ、南るくはちゃん。伊達清秋君はいい先生だったんだろう? いわゆるイケメンではなかったかもしれないけど、温かくて優しい先生だったんだろう?」

「うん……、優しくて、大好きだった……と思うよ」

「だから、伊達清秋君は苦しんだんだ。君に対して性的な欲求を持ってしまう自分が許せなかったんだ。それでも世界が終わるって事になりさえしなければ、こうはならなかっただろう。隠し撮りくらいはするにしろ君に対してはいい先生のままで終わったはずさ。それでも、世界が終わるまで残り短くなって、彼は自分を留められる自信が無かったんだ。自暴自棄にならない自信が無かったんだ。このままでは君を欲望のままに襲ってしまう。それをしたくなかったんだよ、彼は。いい先生のままで終わりたかったから、自殺するしかなかったんだ」

「わたしは……」

「うん」

「わたしは……よかったんだけどな……」

 わたしはそれでもよかった。先生は優しかった。おそわれたって、かまわなかった。

「そうもいかないよ。それくらいのモラルはあったんだ、彼は」

「モラルなんて……」

「十歳の女の子に、好きだなんて、言えなかったんだよ」

 どうして、とわたしは思った。

 わたしは十才で、先生のことがたぶん好きで、先生はわたしのことが好きで、それの何が悪かったの? モラルって何なの? 自殺しなくちゃいけないほどのことなの? わたしから幸せをとっていくモラルなんて、何の意味があるの?

「あああああああああああああああああっ!」

 気がついたらわたしは大声でさけんじゃっていた。

 誰にとどけたいわけでもない大声を止められなかった。

 いつの間にか流れちゃってた涙も止められなかった。

 わたしはそうして、ずっとずっと泣きながらさけんじゃっていた。

 たぶん、勝手に終わっちゃう世界と、十才になっても小さいままの自分に怒りながら。



「本当に、いいのかい?」

 月の光に照らされたおじさんが悲しそうな目でつぶやいた。

「いいよ、おじさん。おじさんが先生の自殺のことを教えてくれたのは本当なんだし」

「ありがとう、南るくはちゃん。それと、すまなかった」

「言ってくれればカードなんてトレードしてあげたのに」

「面識の無い小学生にカードのトレードを持ち掛けられるほどボクも図太くないさ」

「そうなの?」

「君はもっと自分が十歳の女の子だと自覚した方がいい。あと今更だけどおじさんはよしてくれないか。ボクはまだ二十歳なんだぜ?」

 おじさんが事件の解決とひきかえって言ってたわたしの大切なものは、わたしがやってるゲームのプレミアムレアコーデだった。

 だれに何が大切なものなのか分からない。

 最後の一週間、教え子をおそいたくなくて自殺する先生もいれば、さがしていたカードのために小学生の女の子にサギみたいなことをする人もいる。みんな、世界の終わりを前に自分の人生を見つめなおして、やりたいことをやってこうなってしまったんだと思う。先生も、おじさんも、わたしも。

「でも、これでスリーピングオーロラコーデが揃ったよ。よろしくね、私の味方!」

 言ってからおじさんがカードにキスをする。

 おじさん、本当にオタクなんだなあ……。

 だけど、おじさんはすぐにまじめな顔になって続けた。

「これから、どうするんだい?」

「お母さんもいないし、先生の自殺のことも分かったし、死んじゃおうかな……」

 本気が半分、ウソが半分。生きる理由が見つからないのは本当だった。この世界でわたしが生きている理由はもうない。一週間だって生きていたい理由なんてない。

「死ぬんならその鞄の中の包丁はやめた方がいい。痛いだけだよ」

「きづいてたんだ」

「探偵だからね」

 わたしが死ぬのを止めないところにおじさんの優しさを感じた。

「おじさんは、どうするの?」

「言ったろ。残り一週間、あのデパートのゲームセンターでゲーム三昧さ。せっかく手に入れたプレミアムレアコーデを活用させてもらうよ」

「そうなんだ……。おじさんは元気なんだね……」

「君も……」

「えっ?」

「君もよかったらあのデパートに遊びにくるといい。これだけカードをコレクションしてる君と遊べると、ボクも嬉しい。君次第だけどね」

「うん……、そうだね……。とにかく今日はつかれたからもう帰るよ……」

 どうしたいかは分からない。まだ死にたい気持ちの方がすごく大きい。

 それでも、今から家に帰ってひとりで寝て、起きた時に、もし、少しでもおじさんとゲームがしたい気分が大きくなっていたら、そうするのも悪くないかもしれない。

「それじゃあね、さようなら、おじさん。もしかしたら、また明日」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ロンリー・グラヴィティ~たかが世界の終わり、されど世界の終わり~ 猫柳蝉丸 @necosemimaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ