【対戦にならない対戦ゲーム】1/5
「はい勝ち」
一時の静寂を思う存分堪能した後、くくるはそう呟くと、コントローラーを手放した。
俺は暫くの間画面を凝視し、口をあんぐり開けたままその場で静止する。
「...ちょ...ちょおおお!!!??え!?うっっっっっっっっそだろ!?ええ!!!?」
「...にい。弱すぎ」
「よわ...ちが...これは!!何かの間違いだ!夢だ!夢だよこれ絶対!!」
絵に描いた様な負け犬の遠吠えをかます俺。わんわん。
その無様を無表情で見つめるくくる。画面には勝敗を如実に表しているKOの文字が極限にまで画面に引き延ばされていた。
俺は力無く、がくりと肩を落とす。
「...こんだけ縛っても、こんだけこいつにハンデを貰っても...俺は...まだこいつに勝てないと言うのか...?そんな...嘘だろ...?冗談だろお...?」
「対戦ゲームの基本というより基礎中の基礎である守りと攻めが全く出来ていない。それにキャラ毎の弱点を理解していない様じゃ、やる前から勝負は決しているも同然」
「...」
「にいは、ゲームを舐めている」
そう、表情も変えずに俺に言い放つもんだから、俺は思わずかっとなり、くくるに突っかかる。
「...舐めてねえよ!てか!舐めてんのはお前の方だろうが!なんで目を隠した状態で、おまけに手錠をかけられた状態で普通にプレイして完封してくれてんだよ!」
「はあ...」
「君視界奪われてるんだよね?俺なんか。途中からもう、こいつ第三の目でも持ってんじゃねのかって疑ってたからね?悔しいを通り越して無心の境地に辿り着いちゃうレベルでフルボッコにされてるから、俺ってもしかして今、神を相手にしてるんじゃないかって幻想を見ちゃうくらいには精神的にやばかったから」
「ほう...」
「すっげえ他人事やん。もう一回話した方がいいかな?」
くくるは一切表情を変えず、ただ俺の話を無言で聞いている。
何度か同じ話を繰り返した所で、くくるはぽんぽんと床に手のひらを打ち付ける。
「...何?」
「正座」
...何を言っているんだこいつ。と思わず思ってしまったが、ここは大人しくくくるの言う事に従ってみる事にした。崩していた体勢をまるで茶道家のようにぴしりと正し、ゲームの機体をはさみ、くくると対面する。
「...はい。しました」
なんで敬語やねん。と思われてしまうかもしれないが、何故かその時はそう言った方がいいんだと思ってしまった。ほっとけ。
「...にい。ゲームの基本はさっき言った通り」
「...攻撃と攻め、キャラのスペックを理解しろとかなんとかだろ?」
「それともう一つ」
くくるは俺に人差し指を向ける。じーっと、それを見つめる。
暫くそれが続くものだから、俺はしびれを切らしてくくるに質問する。
「...くるくるまわさないんですか?」
くくるの目から光が失われる。
「トンボじゃねえよ殺すぞ」
「...こええよ...落ち着け」
顔色一切変えずに、淡々とそういう発言をするもんだから、こいつの「殺す」という言葉ははっきり言ってシャレにならない。
「...」
「...で、なんなんだよ。その人差し指がどうかしたのか?」
突然の物騒極まりない発言に戸惑いながらも質問を続ける。くくるはこほんと咳払いする。
「人差し指がゲームの優位に立てる要因じゃない。問題は人差し指の先。...何がある?」
「...未来...」
「...あ?」
「俺です。俺しか見えません。俺からは見えませんが」
こいつに火がついた時に、例え冗談であろうが無駄につっかかる事は人間としての「死」を意味する。
即座に訂正を試みなかった時点で明日から平凡な日常は望めない。分かった。俺が悪かったから。その殺意に満ちた目を俺に向けるのは止めていただきたい...。
俺が反省の色を浮かべたのを見届けて、くくるは小さくため息をついた。
「...で、対戦ゲームで一番大事な事。それは文字通り、このゲームの類いには必ず「対戦相手」がいる。という事。つまり、戦うにおいてまずは相手の癖を見つける。一度相手の癖を理解してしまえば後は息を吐く様にして次の行動が分かる」
「...なるほど」
「そうなれば後はもう実に容易い。特に、にいみたいに単純な思考を持っているタイプは、奥を読まずして戦えるから扱いやすい」
「そうだよなあ。扱いやすい...っておい!お前は俺の調教師か何かか!!?」
「メンタリスト...かな」
「その言い直しで俺があ、そっかあ。なんて簡単に納得するとでも思ったか!」
交差するツッコミとボケ。ゲーム外で起きている場外乱闘もとい、場外舌戦は止まる事を知らず。
まあ、最終的には俺は馬鹿で間抜けで人間の底辺。とまあ完全自虐な結果で収集がついた。悔しいが、すべてに勝る妹に才能の話を持ち出されて勝てる訳がないのは確かだった。
「...てかさ」
「...んー?」
既に正座を崩して、仰向けで天井を見上げていた俺は愚問にもくくるに質問する。
「お前このゲームやって何回目だっけ」
「確か三回目...くらい」
「...三回」
つまりこいつは、三回のプレイで頭の中にマップを構築し、キャラの特徴を覚え、このゲームにおけるアドバンテージの取得をすべて理解したと言う事だ。
今更驚く事ではない。こいつはこういう奴で、これくらいの事は余裕でこなしてしまうくらいには天才なのだ。でも俺は黙ってはいられない。幾つもある称賛から的確に選び取り。俺はこう嘆いた。
「...人間じゃねえ」
これを除いて何があるというのだ。くくるは呆れ半分に言って見せる。
「何を言っているの。私はにいの妹だよ」
「...まあ、そうだな」
性格には、「義理」の妹と付け加えたい所だが細かい訂正を求めるのも無粋な話だろう。
俺がこいつと出会い、こうしてゲームで交友を深め、それでも一度たりともこいつは「義理」なんて言葉を持ち出した事はないのだから。
くくるは、こんな俺を真に兄として見て、そして真として家族として受け入れてくれた。こんなに嬉しい、感激の至りな事があるだろうか。それを俺から否定する様な発言をするだなんて無粋な他ない。
妹はそさくさと次の対戦の準備を始めている。...いいだろう。ならば俺も本気を出そう。こいつを負かして涙の一滴くらい零させてやる事、それが兄として冥利に尽きるというものだ。
俺はくくるからの再戦を受け入れる。今度は負けないだろう。だって俺は、既に勝負という概念を頭から消し去って、こいつの前にいるのだから。
勝ちも負けも無い。もし俺にそんな言葉があるのだとしたら、ただ敗北か大敗かの。二つがいいものだ。
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