CODE111 どこにいても、必ずきみの色を見つけだす(4)

折賀おりが……」


 今まで何度も呼んできた名前。この呼びかけも、こいつに聞こえてるはずなのに。俺の声が生み出した振動は、こいつのところまでは届かないのか。


 同じ場所にいるのに、同じ時間にいない。

 目の前にいるのに、つかめない。

 俺は、あとどんだけ飛び回ればお前に追いつける?


「あきらめない……絶対あきらめない。俺が飛び込んだのは、お前を美弥みやちゃんのとこまで引っ張ってって、あの子を幸せにするためだ。家族ならなおさら、みんなで幸せになんなきゃ意味ねえじゃん! 違うか?」


「そのとおりだと、思います」


 答えたのは折賀じゃなく、こっちに背を向けている少年ハーツホーンこと、ロディだった。

 彼は家の方に目を向けたまま、少し縮こまっていた背中を伸ばし、言葉を続けた。


「僕も、家族を取り戻したい。そのために、ここまで来ました。将来、僕にも家族ができるんだってことがわかった。この家族のために、僕は『今』の家族をもとに戻さなきゃいけないんです」


 ハーツホーンの時空能力が、少年だった自分・ロディに何かをさせようとしている……?


 俺の疑問に答えるように、折賀がさらに身をかがめて顔を寄せてきた。俺たちの間には時空の切れ目があんのに、大丈夫か。


「お前はあちこちの場所を飛び回ってたが、俺は最初からこの世界に来た。ただ、着いたのは今から一週間前の時点だ」


「一週間前?」


「ロディに会って、状況を把握した。こっちは俺たちの世界の四十年前。ロディの父親が東ドイツで捕らえられた。俺は、これから彼の父親を助け出す」


「え……ええ!?」


「一週間のうちに、CIA本部ラングレーの工作本部長に会って話をつけた。本部長はアティースの祖父だ。このあと救出作戦を開始する。作戦には俺も参加させてもらう」


 驚きすぎて……言葉が出ない。

 こいつの、この行動力。違う国どころか違う世界に来たのに、なんの後ろ盾もないのに。なんでそこまでグイグイ進めるんだ。


「アティースさんの祖父って。お前、乗り込んでって脅迫したわけじゃないよな?」


「……彼は優秀な指揮官だ」


 否定しないんかい。


「甲斐」


 折賀の目が、さらに熱を帯びた。


「作戦は必ず成功させる。俺がここへ来た意味はそれしかない」


「ここへ来た、意味って……俺たちがここで何かしても、俺たちの過去は変わらないんだよな?」


 作戦が成功しても、俺たちの世界でハーツホーンの父親が殺された過去が変わるわけじゃない。


「それでも、この世界の彼の父親を助けることはできる。お前が、目の前の人たちを助けずにはいられなかったように」


 やっぱり、折賀はどこへ行っても折賀だ。

 ハーツホーン自身が折賀を呼び寄せたんだろうか。だとしたら、俺がここにいるのも何かの意味が?


「折賀。俺にできることはない?」


「…………」


 何かを迷ってるように、『色』が揺らぐ。


「心当たりがあんなら言えよ。時間は違うけど同じ世界に飛ばされて、お前がそんなすげえ作戦に突入しようってんのに、俺には何もすることないって。そんなわけないじゃん」


「……そっちは、俺たちの世界から十年ほど前。ロディの兄が捕らえられている」


 ドンピシャだ。


「じゃあ、俺は兄、お前は父親。それぞれ救出すればいいんだな」


「危険だぞ」


「俺にできるかどうか、ちゃんと見極めてからやるよ。お前みたいに前線に出たりしないし。でも、まずどっから取りかかればいいんだ? あ、そっちがアティースさんの祖父なら、こっちは父親、情報本部長――」


 背後に新たな気配。振り向くと、よく知ってる男性が立っていた。


「――ずっと、待っていた――」


 俺が知ってる顔より、ほんのちょっとだけ若い。

 十年前のロディアス・ハーツホーン、その人だ。


 立ち上がって視線を戻すと、折賀とロディ少年の姿は消えていた。


 もう、不安がってる場合じゃない。

 あいつは作戦を成功させる。

 俺は俺で、できることをやるだけだ。



  ◇ ◇ ◇



「三十年前、『彼』が父を救い出してくれたときから、ずっと待っていた。彼はこう言った――今度はきみが兄を救ってくれると」


 ついさっきまで娘とクリスマスを祝っていたはずの優しい父親は、厳しい世界に身を置くひとりの男として、静かに話を始めた。


 折賀は作戦を成功させた。そこは確定したわけだ。

 ……あれ? でも……


「今日のことがわかってたのに、お兄さんが捕らえられないよう手を回すことはできなかったんですか?」


「ああ。彼の出現で、おそらく私たち家族の運命は彼が知っていたものとは大きく変わった――が、兄が捕らえられる運命は変えられなかったんだ」


 ゆっくり話してる時間はないらしい。ハーツホーンはパーティーを手早く切り上げ、俺は彼とともに車で移動することになった。




「三十年前に救出された父の言葉で、兄はCIA入りをやめて銀行員になった。父のようにスパイとして外国に捕らえられる代わりに、中国系マフィアの資金繰りに巻き込まれ、やつらに捕まった。FBIの管轄だが、担当捜査官だけに任せてはおけない。

 私は今、NSA(国家安全保障局)の部長職に就いている。きみは我々でも入手困難なデータを手に入れられると聞いた。力を貸してもらえるだろうか」


「…………」


 折賀は俺と別れてから、ロディに色々言い残していったんだな。俺がこっちでやりやすいように、根回ししてってくれたことになる。

 俺にもできることがあると、あいつに言われたような気がする。


 俺と折賀の、気持ちの共通部分。

 救える命があるなら救いたい。能力が役に立てるなら使いたい。


 三十年越しの「同時救出作戦」だ。

 折賀は四十年前、俺は十年前の世界で救出作戦に参加する。


 ――いくぞ、折賀!



 ハーツホーンに、NSAビルの一室まで連れてこられた。

 PCと山のような文書ファイルに埋もれながら、膨大な量の写真や映像に目を通す。


 まず、お兄さんの『色』の確認。それからは監禁場所に使われそうな場所の映像をひたすらチェック。

 見る。捜す。写真を繰る。映像を流す。ひたすら見る。

 対象が気絶していたら、そこにいても見えないかもしれない。怪しいと思った場所は、何度も何度も繰り返し目を凝らして見る。


 何時間か経って、ようやくかすかな『色』を見つけた。

 さびれた食料品店の奥――の、さらに奥、下方。

 おそらく地下貯蔵庫だ。



 ハーツホーンからの情報提供という形で、そこから先はFBIの仕事になった。

 急ピッチで突入作戦が組まれ、その日のうちにFBIチームが現場周辺をいっせいに包囲。


 俺も現地近くまで出かけ、ハーツホーンに双眼鏡を借りて、再度『色』の所在を確認した。

 俺がうなずくと、ハーツホーンがチームの指揮官に無線で伝える。

 直後、銃を構え防弾ベストに身を包んだFBIチームが、合図とともに流れるような動きで突入を開始した!



 ――しばらく続いた、銃声と怒声がやんで。

 店の奥から、捜査官たちに囲まれて、俺が何時間もかけて捜し出した『色』の持ち主が姿を現した。


 捜査官たちをかきわけて、ハーツホーンが走り寄っていく。


 やっと訪れた、兄弟の対面。

 おっさん二人の抱擁シーンに、こんなに胸が熱くなるとは思わなかった。


 折賀、やったぞ! 俺も成功させた!

 俺たちは、この手で人を救うことができたんだ!


 誇らしかった。

 俺たちは、二人一緒でも、離れてても、能力と実行力を駆使してそれぞれが目的を達成することができたんだ。


 でも、やっぱりお前と一緒がいい。


 肩たたきあって、バカみたいに喜びあえる相手が欲しい。

 この気持ちを、一緒に分けあって語りあいたい。


 早く、あいつに会いに行かなくちゃ――


 視界の隅で、『色』が動くのを見た。

 苦し紛れの殺気をまち散らしながら、まだ捕らえられていないマフィアとおぼしき男が、となりの建物の陰で銃を構えている。俺以外、まだ誰もその殺気に気づいていない。


 銃口の先に、ハーツホーン兄弟がいる。

 バッグの中からスマホがひょこっと出てきたので、俺は振りかぶって力の限りに投げつけた。悲鳴とともに宙を舞う拳銃。男はあっという間に捜査官たちに取り押さえられた。


 せっかく迎えられた兄弟の再会を、空気読めんやつに台無しにされてたまるかっ!



  ◇ ◇ ◇



 いつの間にか、何もない空間にいた。


 一面の、白。天地左右、どこまで行っても真っ白だ。

 ぼーっとしてると、ケンタとガゼルが背中のバッグから飛び出して、ぴょこぴょこっと走り始めた。


 慌ててあとを追うと、やがていくつかの『色』が見え始めた。


 ハーツホーンの色。それから――


「ハム!!」


「がんばりましたねー、きみも、彼も」


 黒縁メガネの奥の丸い目が笑ってる。

 俺はしゃがみ込んで、自分より小さな体に抱きついた。


「きみは僕の分身を助けてくれましたね。ありがとうございます」


「……うぅっ……ハム〜!!」


「おかしいですね。僕は誰に触れられても、何も感じないと思ってたのに……何故でしょう、今、無性に嬉しいんです」


 ハムのあったかさが、頭を撫でてくれる手が、俺も嬉しい。


 しばらくして体を離し、ハーツホーンを見た。

 彼は、病院で会ったときと同じスーツ姿で、全身が見るからに疲れきってて、立っているのがやっとで……それでも色が、表情が、まるで体内から大きな固まりを吐き出したかのように清々すがすがしく見えた。


「俺が見たかったのは、これだったんだ……」


 その一言でわかる。

 彼の大切な家族が二人とも、殺されずに済んだ世界。

 彼は、ずっと見ていたんだ。


「父と兄を、あんなにも懸命に救出してくれる人間がいるとは思わなかった。何故、敵であるはずの俺のためにあそこまでできたんだ」


 答えは決まってる。


「俺は折賀ほど役に立ってないし、心も強くない。それでも、少しでも可能性があるなら助けたいと思った。

 あの世界のあなたは敵ではないし、もちろん救出された二人も違う。

 何より、またあの可愛い声が聞こえたから。コーディあの子のためなら、頑張ろうって気にもなるよ。だろ?」


 少年のロディと話し、十年前のハーツホーンと協力関係を結んだからか。

 もう、彼に対して心の底から憎むような気持ちにはなれなかった。


 折賀もそうだろうな。あのときのあいつを見ればわかる。


「……あの世界の俺は、もう犯罪に身を落とすことはないだろう。たとえ、あのあと妻子が能力アビリティを発現したとしても」


 自分に確かめるようにつぶやいた言葉は、確かにハーツホーン自身の変化を表していた。

 俺たちが救ったのは、別世界の人たちだけじゃない。そう思っても、いいのかな。


 ハムが穏やかな笑顔で語りかける。


「帰りましょう。それから、何をすればいいのか考えましょう。あなたはもう以前のあなたじゃない。今のあなたになら、できることがあるはずですよ」


「……長い間、許されないことをしてきた。とても償いきれるとは思えない……」


「自分が汚した跡をきれいさっぱり拭きとるのは無理でしょう。まずは、ひとりの大切な人を思いやることから考えてみませんか。あなたに可愛い歌を聞かせてくれた、あのお嬢さんのために生きる。まずはそこからですよ」


「…………」


 ハムが強大な時空能力で作り出したこの世界は――なんて大きくて、あったかいんだろう。

 リーリャが「戦ってはいけない」と教えてくれて、本当によかった。



 ハーツホーンの体が、白い空間の中に溶けていく。

 ハムが、「さ、きみも帰りましょう。きみの相棒も、一足先に戻ってますよ」と、手を差し伸べてくれる。


 ケンタとガゼルが、もう一度バッグの中へぴょんと飛び込んだ。


 美弥ちゃん。折賀。「オリヅル」のみんな。


 甲斐かい健亮けんすけ、今、片水崎かたみさきへ帰ります!

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