CODE106 時空能力覚醒! 片水崎、最終攻防戦!(4)

!」


 その理解しがたいセリフは、いよいよ地鳴りを増してきた病室内に奇妙な衝撃を残した。


 なに言ってんだ、こいつ――


「頭おかしいんじゃないの? あんた、能力の種類が自分で選べるとでも思ってんの」


 呆れた美夏みかさんの言葉に、笑いをこらえるようなハーツホーンの声が重なる。


「わかっていないのはきみの方だ。能力アビリティはランダムに発現するわけじゃない。ほとんどの場合、それぞれの適性に沿った能力アビリティが与えられる。

 たとえば、戦闘能力のない人間に戦闘向きの能力アビリティは与えられん。私の場合は、さしずめ情報に特化した能力アビリティというところか――パーシャのようにな。

 いちばん欲しいのは、時空を操る能力アビリティだ。今、重力をある程度制御できるようにはなったが、せいぜいこの一帯を封鎖できるくらいだ。時間と空間を自在に操ることができれば、能力アビリティとしては最強だと思わんかね」


 そのとき後方から、ひとりの人間の体が床上に投げ出された。両腕を後ろ手に縛りあげられ、さらに目隠しまでされた折賀おりが

 ハーツホーンが持つ拳銃の銃口が、美夏さんから外れ、折賀の頭に向けられる。

 

 美夏さんの『色』がはねた。マズい。


「これは説明しなくともわかるな? きみが従いさえすれば彼の命は保証する。自分がすべきことを今一度考えてみるといい」


「まっ、待てよ……!」


 苦し紛れな呼びかけで、やつの意識をこっちへ向けさせた。


 俺の目には、折賀の強い『ダークブルー』がまだはっきりと見える。一度はプログラムに屈したのかもしれんが、今は違う。気を失っているように見せかけてるだけだ。


 折賀は何かを狙ってる。俺にできることは、その瞬間までの時間稼ぎ!


能力者ホルダーにしろって、あんたなに考えてんだ? 能力アビリティを持ったおかげで俺たちがどんなに苦しんできたか、わかってんのかよ!」


 本当は、美夏さんの前でこんなことを言いたくない。折賀家の能力は、すべて美夏さんの能力が発端だからだ。この人が、それを気に病まないはずがない。


 でも美夏さんは、今まで決して暗い顔を見せたりはしなかった。「自分のせい」だと、自己をおとしめるようなこともしなかった。俺たちが、自分の能力を悲観しないように。常に前を向いて生きられるように。


 美夏さんのそんなところに、俺たちはどれだけ救われてきただろう。

 だから、彼女の心を踏みにじるこの男は絶対に許せない!


「単純に、きみは使い道が正しくなかっただけだ。どんなに貴重な能力アビリティも使い道次第だろう」


 ハーツホーンが乗ってきた。よし。


「『オリヅル』を設立させたのはそのためだ。能力アビリティを正しく分析し、制御へ導き、もっとも有効に使える環境を提供するためだ」


「違う!」


 それは本部の意向であって、アティースさんたちの意志じゃない!


「『オリヅル』の役目は、能力者ホルダーたちがそれぞれの人生を幸せに生きられるようにすることだ!」


「なるほど。それで、きみは幸せになれたのかね?」


「なれたよ。でも、能力アビリティがあったからじゃない。みんなと出逢えたからだ」


 これは間違いなく、俺の本心。


 能力はきっかけにすぎない。

 でもこの能力がなければ、「オリヅル」がなければ。俺はみんなと、折賀兄妹と、家族と出逢えなかった。


「あんたは違う。たとえどんな強大な能力アビリティを手にしたって、『人間』をきちんと見ようとしないあんたは幸せになんかなれない」


「……私が、『人間』を見ない、だと?」


 心外だ、と言わんばかりにやつの表情が崩れた。

 仮にも情報組織のトップを誇っていた男。長年情報畑で生き続けてきた男に、「人間を知らない」なんて評価はふさわしくないはず。でも、これも俺の本心だ。


 やつがきちんと見ようとしなかったのは、コーディアディライン――だけじゃない。


 やつは一度崩れた表情をもとに戻し、美夏さんの肩をつかんだ。


「痛、ちょっと!」

「もういい、行くぞ」

「待てよ! どこへ連れてく気だ!」


 時間をかけろ。情報を引き出せ。こいつを行かせるな!


「決まってるだろう。瞬間移動装置テレポーターで来たのだから、もとの場所に戻るまでだ」


ラングレーあっちはアティースさんたちが固めてるんだぞ」


「問題ない。言っただろう、私には協力者が大勢いる。グレンバーグの娘などとっくに拘束済みだ。

 ――ああ、そういえば樹二みきじもいるんだったな。そろそろ死にかけてるかもしれんが」


 ハーツホーンの口元に、意地の悪い笑みが浮かぶ。




 ――その笑みが、大きくゆがんだ。


「なッ……」


 事態は数秒のうちに急速に回転した!



  ◇ ◇ ◇



 突然、視界がぱあっと明るくなった。

 まぶしさに目を細め、その目を再び大きく開けるよりも先に。


 激しいいくつかの打撃音。ハーツホーンと五人いたはずの特殊部隊SAT隊員が、数秒のうちに殴られ、吹っ飛ばされ、壁に激突し、床に叩きつけられた。


 次に、俺の端末にひときわハイテンションな声が響き渡った。


『つながっターッ!』


 ジェスさんの声!




 脳をフル回転させて状況把握。


 まず、病院の照明が復旧した。この部屋だけでなく、窓の外の他の棟まで、すべての階に照明が戻った。


 そのまぶしさに全員が怯んだ瞬間、折賀が動いた。


 やつは自身の筋力を操作して両手を拘束していたバンドを引きちぎり、目隠しも引きちぎって、その勢いのまま高速で周囲の敵を撃破した。ある者は能力PKで、ある者はアッパーで、あるいは膝の蹴り上げで。


 森見もりみ先生も駆けつけた。倒れた隊員のひとりにパンプスのかかとをめり込ませ、拳銃を突きつけている。


 ハーツホーンは、手にした銃を吹っ飛ばされたあと、自身も壁に叩きつけられた。

 まだ動けるらしく、よろけながら窓の外を見て驚愕きょうがくする。


「結界が、消えた……」


 その言葉どおり、いつしか黒い渦は消えていて。

 雲の切れ間から、太陽が顔を見せ始めた。

 振動もおさまっている。病院は、なんとか崩壊せずに済んだんだ。


「なぜだ? あれだけの事象のゆがみがなぜ消えた? 少なくとも、片水崎かたみさき全体を飲み込むまで消えることはないはずだが……」


『全員無事だネー! 今警察と救急車向かわせてるからネ!』


『ツー・ハウンズ! そっちにいるのか?』


 今度はアティースさんだ!


「アティースさん、無事ですか?」


『ああ、また他の部隊が乗り込んできたが、私と美弥みやの敵ではない。今、父と工作本部長がラングレー全体の包囲に乗り出した。今度こそ、ハーツホーンの息のかかった人員を一網打尽にする』


「よかった。こっちもハーツホーンと部隊を押さえました!」


『お前たち、よく無事で……』


「まだ終わってない。外にも部隊が何班か残ってるはずだ」


 しんみりしかけた空気の中、まだ警戒を解かずに折賀が言う。

 プログラムの影響を微塵みじんも感じさせない立ち姿に、窓によりかかったハーツホーンがさらに目を見開いた。


「お前も! なぜだ? なぜプログラムが効かなかった!」


甲斐かいの言うとおり、お前が『人間を見なかった』のが原因だ」


 淡々と、折賀の言葉が続く。戦闘であがった息はもう、何ごともなかったように元に戻っている。


「俺にかけられたプログラムは、異世界あっちへ渡ってすぐ、アディラインとイーッカの手で取り除かれた。

 二人はもう、この世界には戻ってこない。お前は俺を送り込んでまで二人を取り戻そうとしたが、二人の思考も、性格も読み違えた。二人をきちんと見ていなかったからだ。

 二人はもう、能力アビリティをお前に利用されることはない。この先は別の世界で、自分らしい人生を送っていくはずだ」


「…………」


「結界が消えたのは、お前が使い捨ての駒扱いした能力者ホルダーの力だ。彼の能力を正しく認識できたのは、イーッカだけだった」


 ちょうどそのとき、窓からコンコンと音がした。なんと、窓の向こうからハムがのぞき込んでる!


「ハムー!」


 俺がハーツホーンを「どいて!」と押しのけて窓を開けると、ハムがころんと転がり込んできた。


「ハム、ホバーなくても空飛べるんだ!」


「やれやれ。やっと重力と反重力をコントロールできたみたいですー。これで三姉妹のところへ帰れますよー」


「な……」


 ハーツホーンのやつ、開いた口がふさがらない状態。

 自分が「ただの頑丈人間」だと思い込んで駒扱いした男が、なんと自分がいちばん欲しいと言った「時空を操る最強能力」の能力者ホルダーだったんだから。


 重力と反重力が制御できれば、時間と空間を捻じ曲げてしまうことだってできる。もちろん、ハムはそんなことしないけど。


「空を飛ぶのは、今日だけにしときます。これでやっと、普通の人間らしく生きることができそうですー」


「よかったなー、ハム」


「なぜだ……」


 ハーツホーンのおっさん、まだ言ってる。


「それだけの力があるのに、普通の人間らしく、とは……」


「そうだよ。それがどんなにありがたいことか、能力者ホルダーばかりを追いかけてきたあんたは忘れちまったんだ」


 俺が答えると、折賀が俺の背中のバッグを軽く叩いた。


「甲斐。例のやつ、聞かせてやれ。ジェスに頼んで、他の隊員たちのイヤホンにも流れるようにしてもらう」


 言われるがまま、俺はバッグからスマホを取り出した。ジェスさんとやり取りし、手はずが整ったのを確認して、ハーツホーンのそばで再生ボタンを押す。


「耳を傾けろ。これは、お前にこそ必要なやつだ」

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