CODE106 時空能力覚醒! 片水崎、最終攻防戦!(4)
「私を能力者にしろ!」
その理解しがたいセリフは、いよいよ地鳴りを増してきた病室内に奇妙な衝撃を残した。
なに言ってんだ、こいつ――
「頭おかしいんじゃないの? あんた、能力の種類が自分で選べるとでも思ってんの」
呆れた
「わかっていないのはきみの方だ。
たとえば、戦闘能力のない人間に戦闘向きの
いちばん欲しいのは、時空を操る
そのとき後方から、ひとりの人間の体が床上に投げ出された。両腕を後ろ手に縛りあげられ、さらに目隠しまでされた
ハーツホーンが持つ拳銃の銃口が、美夏さんから外れ、折賀の頭に向けられる。
美夏さんの『色』がはねた。マズい。
「これは説明しなくともわかるな? きみが従いさえすれば彼の命は保証する。自分がすべきことを今一度考えてみるといい」
「まっ、待てよ……!」
苦し紛れな呼びかけで、やつの意識をこっちへ向けさせた。
俺の目には、折賀の強い『
折賀は何かを狙ってる。俺にできることは、その瞬間までの時間稼ぎ!
「
本当は、美夏さんの前でこんなことを言いたくない。折賀家の能力は、すべて美夏さんの能力が発端だからだ。この人が、それを気に病まないはずがない。
でも美夏さんは、今まで決して暗い顔を見せたりはしなかった。「自分のせい」だと、自己を
美夏さんのそんなところに、俺たちはどれだけ救われてきただろう。
だから、彼女の心を踏みにじるこの男は絶対に許せない!
「単純に、きみは使い道が正しくなかっただけだ。どんなに貴重な
ハーツホーンが乗ってきた。よし。
「『オリヅル』を設立させたのはそのためだ。
「違う!」
それは本部の意向であって、アティースさんたちの意志じゃない!
「『オリヅル』の役目は、
「なるほど。それで、きみは幸せになれたのかね?」
「なれたよ。でも、
これは間違いなく、俺の本心。
能力はきっかけにすぎない。
でもこの能力がなければ、「オリヅル」がなければ。俺はみんなと、折賀兄妹と、家族と出逢えなかった。
「あんたは違う。たとえどんな強大な
「……私が、『人間』を見ない、だと?」
心外だ、と言わんばかりにやつの表情が崩れた。
仮にも情報組織のトップを誇っていた男。長年情報畑で生き続けてきた男に、「人間を知らない」なんて評価はふさわしくないはず。でも、これも俺の本心だ。
やつがきちんと見ようとしなかったのは、
やつは一度崩れた表情をもとに戻し、美夏さんの肩をつかんだ。
「痛、ちょっと!」
「もういい、行くぞ」
「待てよ! どこへ連れてく気だ!」
時間をかけろ。情報を引き出せ。こいつを行かせるな!
「決まってるだろう。
「
「問題ない。言っただろう、私には協力者が大勢いる。グレンバーグの娘などとっくに拘束済みだ。
――ああ、そういえば
ハーツホーンの口元に、意地の悪い笑みが浮かぶ。
――その笑みが、大きく
「なッ……」
事態は数秒のうちに急速に回転した!
◇ ◇ ◇
突然、視界がぱあっと明るくなった。
まぶしさに目を細め、その目を再び大きく開けるよりも先に。
激しいいくつかの打撃音。ハーツホーンと五人いたはずの
次に、俺の端末にひときわハイテンションな声が響き渡った。
『つながっターッ!』
ジェスさんの声!
脳をフル回転させて状況把握。
まず、病院の照明が復旧した。この部屋だけでなく、窓の外の他の棟まで、すべての階に照明が戻った。
そのまぶしさに全員が怯んだ瞬間、折賀が動いた。
やつは自身の筋力を操作して両手を拘束していたバンドを引きちぎり、目隠しも引きちぎって、その勢いのまま高速で周囲の敵を撃破した。ある者は
ハーツホーンは、手にした銃を吹っ飛ばされたあと、自身も壁に叩きつけられた。
まだ動けるらしく、よろけながら窓の外を見て
「結界が、消えた……」
その言葉どおり、いつしか黒い渦は消えていて。
雲の切れ間から、太陽が顔を見せ始めた。
振動もおさまっている。病院は、なんとか崩壊せずに済んだんだ。
「なぜだ? あれだけの事象の
『全員無事だネー! 今警察と救急車向かわせてるからネ!』
『ツー・ハウンズ! そっちにいるのか?』
今度はアティースさんだ!
「アティースさん、無事ですか?」
『ああ、また他の部隊が乗り込んできたが、私と
「よかった。こっちもハーツホーンと部隊を押さえました!」
『お前たち、よく無事で……』
「まだ終わってない。外にも部隊が何班か残ってるはずだ」
しんみりしかけた空気の中、まだ警戒を解かずに折賀が言う。
プログラムの影響を
「お前も! なぜだ? なぜプログラムが効かなかった!」
「
淡々と、折賀の言葉が続く。戦闘であがった息はもう、何ごともなかったように元に戻っている。
「俺にかけられたプログラムは、
二人はもう、この世界には戻ってこない。お前は俺を送り込んでまで二人を取り戻そうとしたが、二人の思考も、性格も読み違えた。二人をきちんと見ていなかったからだ。
二人はもう、
「…………」
「結界が消えたのは、お前が使い捨ての駒扱いした
ちょうどそのとき、窓からコンコンと音がした。なんと、窓の向こうからハムが
「ハムー!」
俺がハーツホーンを「どいて!」と押しのけて窓を開けると、ハムがころんと転がり込んできた。
「ハム、ホバーなくても空飛べるんだ!」
「やれやれ。やっと重力と反重力をコントロールできたみたいですー。これで三姉妹のところへ帰れますよー」
「な……」
ハーツホーンのやつ、開いた口が
自分が「ただの頑丈人間」だと思い込んで駒扱いした男が、なんと自分がいちばん欲しいと言った「時空を操る最強能力」の
重力と反重力が制御できれば、時間と空間を捻じ曲げてしまうことだってできる。もちろん、ハムはそんなことしないけど。
「空を飛ぶのは、今日だけにしときます。これでやっと、普通の人間らしく生きることができそうですー」
「よかったなー、ハム」
「なぜだ……」
ハーツホーンのおっさん、まだ言ってる。
「それだけの力があるのに、普通の人間らしく、とは……」
「そうだよ。それがどんなにありがたいことか、
俺が答えると、折賀が俺の背中のバッグを軽く叩いた。
「甲斐。例のやつ、聞かせてやれ。ジェスに頼んで、他の隊員たちのイヤホンにも流れるようにしてもらう」
言われるがまま、俺はバッグからスマホを取り出した。ジェスさんとやり取りし、手はずが整ったのを確認して、ハーツホーンのそばで再生ボタンを押す。
「耳を傾けろ。これは、お前にこそ必要なやつだ」
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