ミッション:???

CODE99  次元の果てでも猟犬コンビ!(1)

甲斐かいさん、待って!」


 ふいに、後ろから腕を回され、そのままぎゅっと抱きしめられた。背中に柔らかい頬が押し当てられる。


「叔父さん。何か理由があるんですよね? お兄は無事なんですよね? だから、叔父さんはここにいるんですよね?」


 涙の混じった声。

 美弥みやちゃんは俺から体を離して、震えながらまっすぐに叔父さんを見る。

 折賀おりがが無事でないなら、今ここに座って待ってるわけがない、とでも言うように。


「どうすればお兄に会えますか? 教えてください、お願いします!」


「うわー、きくぅ……凄んだ甲斐くんもレアだけど、姪っ子の涙はもっときくわ~」


「ふざけるな!」


 胸倉をつかんでいるアティースさんがさらに揺さぶる。

 人形みたいにされるがままだった彼は、突然、体を折って大量の血を吐き出した。アティースさんは思わず手を離し、さっと距離をとる。


「教えてもいいけど、けっこう血を見ることになるよ? って、僕の血だけどね! あはは」


「叔父さん!」


 美弥ちゃんが前に出て膝をつく。

 俺は止めようとしたけど間に合わず、叔父さんの顔をのぞき込む美弥ちゃんの肩をしっかりとつかんだ。


「叔父さん、この血は全部叔父さんの血なんですね? なんでこんなことに?」


「……私が説明しよう」


 その声は笠松かさまつさんだった。

 そのまま樹二みきじ叔父さんの横に立つ。なんの警戒も見せずに。

 その様子に、俺と美弥ちゃんの体からほんの少し緊張が抜けた。


「私が疑ったとおりだった。彼は長年、ずっと洗脳を受け続けていたんだ。それもCIAの洗脳プログラムとアディラインの催眠、両方だ」


 洗脳を、両方から……?


「有能な外交官だった彼は、言うまでもなくスパイとしても優秀だった。ロディアス・ハーツホーンにとってこれ以上望めないくらいの駒だった。やつがCIA長官にまでのし上がったのは樹二の力と言っていい。

 やつは樹二が裏切らないよう、強力な暗示をかけた――樹二が意に沿わない行動を始めた場合、自分で自分の体のどこかに致命傷を負わせるという暗示だ」


「もういいよ笠松ぅー。今褒めたって何も出ないよ~?」


 本人は軽い口調でやめさせようとするけど、とても軽く聞き流せる内容じゃない。


「彼の行動がおかしかったのはそのせいだ。彼は周囲に悟られることなく、外交官として、また会社経営者として信用を拡大させ、その裏で非情な工作活動を続けていた。

 だが、彼自身の意志はちゃんと残っていたんだ。彼はたびたび長官に逆らい、そのたびに自殺行動を繰り返してきた」


 自殺。自ら首を斬って血をまき散らした、あの光景。

 あれは、自分の治癒能力を見せつけるためじゃなかったのか。


「もうわかっただろう。樹二が逆らったのは、すべてきみたちと美夏みかを守るため。彼はまさに命を懸けて『オリヅル』設立の基盤を作り上げ、美仁よしひとと美弥の命をおびやかさないことをハーツホーンに認めさせた。その間、何度死にかけ、何度治癒を繰り返したかわからないだろうね」


 なんてこった……。


 俺は、叔父さんの治癒能力を折賀への拷問に使われるんじゃないかと思ってた。

 拷問を受けていたのは叔父さんの方だった。それも長い間。


「叔父さん……」


 美弥ちゃんの目から、涙がこぼれ落ちる。


「叔父さんのこと、ちゃんと信じてあげられなくて、ごめんなさい」


「うわー、姪っ子の涙、プライスレス……ぃてて……」


「叔父さん? まさか、今も?」


「んー、やっぱ能力にも限界が、ねえ。ほら、僕も笠松も年だからさあ」


「樹二さん」


 俺は美弥ちゃんを離し、今度は叔父さんの肩をつかんだ。


「折賀と長官とアディラインの居場所。教えてください」


 もう迷いはない。折賀を救い、二人を見つけてこの洗脳を解かせる。


 これ以上、能力者ホルダーが利用されて悲しい結末を迎えるなんて、許してたまるか!



  ◇ ◇ ◇



 矢崎やさきさんとエルさんにつきそわれて、ファン三姉妹が顔を見せた。紫にやってほしいことがある、と叔父さんに呼ばれたからだ。


「いやー、三人とも元気だったー? 相変わらず美しいねえ」


 力なく笑いながら見上げる叔父さんを、三人の美女がずいっと並んで見下ろしている。もちろんこっちは全然笑ってない。


「あなたには言いたいことが山ほどございますわよ」


「我の日本語、おかしかったアルヨ! 日本に来て、色んな人に言われたアル!」


「わしの日本語も、二人の日本語と違う。おかしいと思ったんじゃ」


 変な役割語を教わってしまった恨みは、あとで存分に晴らしていただくとして。


紫鈴ズーリンちゃんは作業進めながら聞いてね。僕が知ってることざっと話すから」


 と言いながら、また血を吐いてる叔父さん。折賀もこっちも急がないとヤバい。


「美仁が異次元に飛ばされた、って話したよね。装置に残された座標はこの地球上には存在しない。かといって宇宙でもない。

 装置で移動できる最大距離は製作者でさえわからなかった。ひょっとしたらすぐ近くに存在する並行世界かもしれないし、時空を歪めると言われる遠いブラックホールの中かもしれない。僕たちが今いる世界でないことは確か。ここまではOK?」


 紫は、端末を操作して何かをセットアップ中。

 美弥ちゃんは叔父さんを気遣うようにハンカチを渡した。もちろんすぐ血まみれになる。


「座標は半年前、『科学能力者サイエンティスト』と呼ばれる男、つまり製作者が飛んでってしまった場所だ。そこへ一ヶ月前、アディラインも飛んでってしまった。男を探すためにね。男の肉片だけが戻ってきたからてっきり死んだと思われてたんだけど、じつは別人の体だったってことを誰かが突き止めちゃって。

 ロディは『アディライン・プログラム』でいろんな人間を操って、CIAと『アルサシオン』の双方をなんとか回してたんだけど、ひとりで色々やるにはかなり厳しい状況に追い込まれてた。コーディも言うこと聞かなくなっちゃったし。

 そのうちにきみたち『猟犬コンビツー・ハウンズ』が邪魔になって、殺そうとしたでしょ。美仁を、殺すよりもアディラインを助けに行かせた方がいいんじゃないかって、進言したのは僕なんだ。

 っと、怒らないで! そうでもしないと、この三姉妹がもっとひどい目に遭って、イルハムはもっと追いつめられて、本気で美仁を殺しに行くとこだったんだ。

 それに――どこだかわからない異次元に飛んで無事に帰ってこられそうな人間なんて、僕には美仁しか思いつかなかったんだよ」


「じゃあ、ちゃんと帰る手段があると言うんだな」


 腕組みをしたアティースさんが叔父さんを頭上から睨みつける。叔父さんの吐血を浴びて血に塗れた姿は、叔父さん本人よりもずっと凄みがある。


「そりゃ、帰れなかったら装置の意味がない。問題はあっちで何が起きるかわからないってこと。時空の歪みに切り裂かれて肉片になることも、重力に押しつぶされて圧死することもありえるよね」


「……」


「一説によると、異次元への道・ワームホールはブラックホールとホワイトホールを繋げることで作られる。ブラックホールの中央、通称『事象の地平面』へ引きずり込まれたものは、原子レベルでバラバラに分解されるらしいよ〜。でもきっと、美仁なら……」


「完了じゃ」


 叔父さんの不吉な言葉を、紫が打ち消した。


「じゃあさっそく」


 叔父さんが端末を操作する。モニターに誰かが現れた。

 さらっとした長い金髪。白い頬に、ぱっちりとした瞳。

 

『だれー? 今忙しいんですけどー』


 ――パーシャ!


 顔しか見えないけど、前に会ったときと外見上大きな違いはなさそうに見える。

 加えて、相変わらずの不遜な態度、言葉。

 シドニーで、洗脳されていたコーディとともに姿を消して以来だ。


 叔父さんがにっこりとモニターに向けて微笑みかける。


「ハーイ、パーシャ。きみと話せて嬉しいよー」


『わたしは嬉しくない』


 相変わらず、可愛げのない物言い。顔は可愛いんだけどな。でも、以前会ったときほど威勢がよくない。


 シドニーで会ったとき。この子は折賀への恨みを語り、ハレドに俺たちを抹殺するよう指示を出した。

 聡明そうにも見えるけど、人の命を操ることの重大さに対する認識が、どこか欠けていて。彼女の持つ「探知能力ディテクション」の価値に比べて、まだまだ年齢相応に幼い部分が多いという印象。


 そんな九歳の少女に、血まみれの金髪男がにこにこしながら話しかける。なかなかシュールな絵面だ。


「美仁が異次元に飛ばされた話、聞いたでしょ? まあ、異世界か並行世界か、呼び方は何でもいいんだけど。僕の甥っ子を探すために、きみの力を借りたいんだよねー」


『なんでわたしがそんなことしなくちゃいけないの』


 パーシャ、まだあいつのこと誤解してるのか。

 俺は思わずモニターの前に割り込んだ。


「パーシャ、聞いて! あいつはきみが思ってるようなやつじゃないんだ。リーリャがあいつに予言を託したのはほんとだけど、それは」


『あなた、カイ? まだ生きてたの?』


 ひどい言われよう。


『わたしの予言、当たったでしょ? なのに、なんでカイもオリガも生きてるの』


 予言……ああ、「折賀が首を斬られる」ってのと、「俺が、斬られたあいつの前で大泣きする」ってやつか。


「予言はちゃんと両方当たったよ。間が二週間以上あくとは思わなかったけど。

 あいつは樹二さんが助けたんだ。俺も助けたい。リーリャだって予言で力を貸してくれた。だからあいつは、『最強の男』と戦わずに済んだんだ」


『オリガがどうなったって、わたしには関係ないし』


「あいつは、きみが『アルサシオン』に捕まったあとでリーリャに会ったんだよね。きみが知らないリーリャの話、あいつから聞きたくない?」


『…………』


 しばらく黙っていたパーシャは、ほんの少し白い肌を紅潮させながら、ようやく話を切り出した。


『で。何をすればいいわけ?』

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