CODE97 「ラングレー地下迷宮」を突破せよ!(5)

「早くッ! なんとかしてくれーッ!」


 イヤホンを装着した耳をさらに両手で覆っても、爆音が鼓膜にガンガン響き渡る。


 折賀おりがが廃車の山を相手にしたときを思い出す。あのときは折賀がシャフトで叩きつぶす音より、車どうしがぶつかりあう衝突音の方がデカかった。


 今、俺と「紫」がいる小部屋(たぶんコンソール室)の外では、能力者A・ホルダーどうしの壮絶な戦いが繰り広げられている。


 爆発による振動。キャタピラが移動する振動。

 あらゆる振動・衝撃の上に、脳味噌を揺さぶられるような、腹の底をかき混ぜられるような轟音がかぶさる。

 さらに、天井からいろんなかけらが落ちてきて俺たちの頭に降り注ぐ。せき込んで息が苦しい。


 紫はずっとキーボードを叩いてるけど、どうしても回線が繋がらないらしい。

 回線ってのは、今は「爆弾魔ボマー」テオバルドさんの脳に送信された、「アディライン・プログラム」をデリートするための回線。


 部屋の窓から見る戦場は、流れる灰煙に包まれたかと思えば、ときおりその隙間からブルドーザの薄紫色の雄姿がのぞく。

 前方の平板ブレードの上に装着されたショベルのような長いアームが、爆炎の中、勢いよく振り下ろされる。何度も、何度も!


 そのたびに床だった場所が粉砕され、瓦礫がれきの山を形成する。このスピード、俺が知ってるショベルじゃねえ!


 テオバルドさんを追う、悪魔の爪のようなアーム! できあがった瓦礫の山を一掃する平板ブレード! 床にできた数々の穴をも踏み越えてゆくキャタピラ!

 

 そして、度重なる爆破にもびくともしない、重機ブルドーザ本体と、操縦者ハム


 さすがにテオバルドさんには分が悪いだろ。

 爆風をコントロールすることで、折賀のようなスピード移動を駆使してるけど、高速アームから逃れるのが精いっぱいのはず。窓からはよく見えんけど。


 そのとき。戦場が、さらに地獄と化した。


 アームの付け根の横にある、機銃らしきものが。

 細長い銃身部分を持ち上げて、横に回転させ――テオバルドさんに向けて、銃火を飛び散らせた!


「ダメだやめろー! 相手が死んじまうだろッ!」


 なりやまぬ鳴動に、素速いリズムで連続する銃声が加わる!


「ハムにやめるように伝えられねえのか!?」


「今メッセージが来た」


 通信そっちは繋がってるらしい。

 ブルドーザ操縦席の端末からこっちの端末に送られてきたハムのメッセージは、「機関銃が止まらなくなった」というものだった。どうせなら操縦そっちが繋がれよ!


 俺は声を張り上げて、ハムに返答する端末を紫にセットしてもらった。

 激しい振動に揺れる中、下手なタイピングでどうにか英文メッセージを送る。


『頼む! 相手を殺さないでくれ!』


 返信が来た。


『それでは紫鈴ズーリンが殺されます』


『ブルドーザを止めないと、この階全部死滅する! それに彼はアディラインに操られてるだけだ! 頼む、あんたなら殺さずに止められ――』


 ここで画面がフリーズ。


「チクショウ!!」


 行き場をなくした右手で、俺は机を叩いた。


 悔しい。俺に力がないばっかりに、また罪のない能力者ホルダーが死んじまう……!


「おぬし……なぜ泣いておる?」


 その声で、自分の目から涙があふれていることに気がついた。

 今捕捉できる『色』が、にじんで見える。でもまた、その『色』がひとつなくなろうとしている。


「あの人は、テオバルドさんは、あんな能力を持ったばっかりに、たくさんのものを失くしちまったんだ! 操られたままこんなところで死ぬなんて、あんまりだ!」


 自我を失くして死んだハレドと、催眠にあらがって死にかけた折賀。二人のイメージが重なる。


 二人だけじゃない。


 殺されたフォルカー。今なお罪を償うコーディ。

 折賀を心配し続ける美弥みやちゃん。相田あいだを殺しかけたタク。

 同じく操られた笠松かさまつさんと、その帰りを待つ美夏みかさん――


 みんな……みんな懸命に生きてるのに、能力アビリティなんか持ったばっかりに……!


 ――そのとき、細い指が俺の肩に触れた。

 まるで美弥ちゃんのような優しい感触に、驚いて顔を上げる。紫だった。


 彼女が窓の外を指す。厚くたれこめた粉煙は、動きがゆるやかになっていた。

 あれだけ鼓膜を襲った音も、崩れそうな振動も、なくなっていた。


 代わりに聞こえてきたのは――、歌。


 なんで、こんなところに。


 聞き覚えのある澄んだ女声に、やがて男声が重なる。

 イタリアで聞いた、どんな歌手の歌よりも魂を感じる、男女の歌声だった。


 

  ◇ ◇ ◇



 歌:『Time After Time』


※アメリカの歌手、シンディ・ローパーの楽曲。

  1983年に彼女のアルバムに収録された後、数多くのアーティストにカヴァーされる大ヒットナンバーとなった。



  ◇ ◇ ◇



 愛し合う二人の『色』。

 長い金髪を揺らしたミアさんと、その手を取って歩くフェデさん。


 俺は紫を連れてコンソール室を出た。

 空中を漂う粉塵ふんじんに、天井から注ぐ非常灯の光がきらきらと反射する。

 荒れ果てた瓦礫の中を歩く二人は、まるで戦場に降り立った一対の天使のように見えた。


 その向こうに、光をまとってさらに『色』が現れる。


 歌に乗せて、滑るように瓦礫が動く。

 二人の天使が進む道を開けるように、まるで彼らにかしずくように、床材の破片が両側にきれいに並んでいく。


 二人の後ろ。そこに、美弥ちゃんがいた。


「美弥ちゃん……!」


 美弥ちゃんはにっこり微笑むと、ある一点に向かって歩き出す。動きを止めたブルドーザ、アームの下。俺も紫と一緒に向かう。


 そこに、テオバルドさんをかばうように抱えたハムがいた。

 無傷だけど、不死身の体にはもう服と呼べる布切れがほとんど残ってない。紫は白衣を脱いで、彼女が崇拝する男の小さな体に羽織らせた。


 俺は、膝をついてハムの顔をのぞき込んだ。


「テオバルドさんを、守ってくれたんだな……」


「二人の歌がこの人の催眠を解いてくれたからですよ。

 それに、きみからの通信。下手くそな文面に、きみの思いがこもってるのが、よくわかりました」


 照れたようにぼそっとつぶやくハム。

 二人、つまりミアさんとフェデさんは、「赤」と「緑」がなんとかして研究施設ファウンテンから連れ出してくれたらしい。


 地下一階から地下二階のここまで道を切りひらいてくれたのは、強力な念動能力サイコキネシスを発動させた美弥ちゃんだった。さらに、回線の乱れにより制御がきかなくなったブルドーザを止めたのも、彼女の力。


「建物を壊す能力があるなら、建物の中に道を作ることもできるんじゃないかって思ったの。よかった、うまくいって」


 美弥ちゃんの、俺を見る目が大きく潤んでいる。俺もまた泣きそうになった。


「よかった、甲斐かいさん、無事で……」


「美弥ちゃんも……」


 手を伸ばして、その体を抱きしめ――ようとしたとき、「どーぞどーぞ、続けて続けて」という、タクの緊張感のない声と複数の足音が聞こえてきたので、仕方なく手を引っ込めた。ちっ。


 俺のジャージの胸元に収まってたケンタは、ぴょんと飛び降りるとガゼルと鼻をくっつけあって、二匹でぴょーんと美弥ちゃんの腕の中に収まった。


 俺も早く、折賀の所へ行かないと。

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