CODE96 「ラングレー地下迷宮」を突破せよ!(4)

「薄紫ハーフツインの役割語白衣美少女」


 ……という、オタクの聖地で誰かがコスプレしそうな外見の「紫」こと紫鈴ズーリン。ハムのおっさんに夢中の「ファン三姉妹」の次女。


 この際、髪や言葉は置いといて、白衣で何か機械をいじってるのが問題だ。どう見てもただの人質じゃない。


「ハムさん、この人って」


「僕の乗り物、紫鈴が作ってくれたんですよ。凄いでしょ?」


 あ、勝手に話し始めた。

 乗り物ってホバーだよな。このやたら高性能な。ハムの移動手段・兼・攻撃手段。


 まさか。アティースさんが言ってた、アルサシオン側の優秀な技術者って。


「ひょっとして、この人」


「ホバーだけじゃありませんよ! あの怖い人のカッコ悪いヘルメットを町中で被れるように改良したのも、この子なんです! 優秀です!」


「イルハム殿、そんなに褒めたってなにも出ぬぞ……(テレ)」


 英語と日本語で漫才。

 勝手にやってくれ、と言いたいのをこらえて、今は少しでも多くの情報収集に励む必要がある。


 だって、もしかしたらこの子は――


「――瞬間移動装置テレポーター……」


 わざと聞こえるようにぼそっとつぶやく。

 禿げたおっさんと美少女の二人組は、互いを見合わせてから同時にこっちを見た。


「おぬし、なぜ存在を知っておる」


 チーム全員知ってるよ! その存在のせいでみんなひどい目に遭ってんじゃねえか!

 と叫び出したいのをぐっとこらえて、声をおさえて紫に問いかける。

 

「ひょっとしてきみも関わってんの? メンテとかに」


「確かにメンテナンス作業にはたずさわったが、今はもう離れた」


「離れたって、今どこにあんの?」


「この施設の、最下層、じゃろうな」


 折賀おりがと叔父さんのそば!


 うまく行けば、「折賀救出」と「叔父さんフルボッコ」と「瞬間移動装置テレポーター破壊」が同時に済んじゃうかも!


 あ、その前に大事なことを聞かなきゃ。


「あの、ここと上の階を繋げるパスコードって」


「わしは知らぬ」


 え。ハム、話が違う……


「パスコードは知らぬが、上へ繋げる別の方法ならわかるぞ」


「教えてください」


「この子を使う」


 紫がポンと手をかけて示したのは。


 さっきまで彼女がいじってた(たぶんメンテしてた)大型機械。

 この部屋が学校の体育館並みの広さなら、機械の高さはバスケットゴールを大きく超える。たぶん五メートル近くある。


 横幅もそれに見合うデカさ。

 有無を言わさず土や瓦礫がれきをかき出してしまいそうな、巨大な平板状ブレード。どんな悪路をも蹂躙じゅうりんするであろうキャタピラ。その上に、座り心地にまで配慮された、安定感抜群の操縦席。


 以上、昔読んだ『はたらくくるま』シリーズより抜粋――


 ブルドーザ、だよな。

 なぜか巨大ショベルや機関銃っぽいものまでついてるけど。


「なるほど、この子を使って天井を壊すんですね! さすが紫鈴、冴えてますね!」


「そんなに褒めたってなにも出ぬぞ……(テレ)」


 冴えてねーよ!

 どんなハイテク手段かと思いきや、これ以上ないくらいの物理だよ!


「あの、天井壊したら穴開いちゃうよね? 上の人たち落っこっちゃうし、この階が瓦礫がれき階になっちゃうよね?」


「当然ではないか……」


「ひょっとして俺バカにされてる? 俺が変なの?」


 チームにはケンタで連絡して離れてもらうとしても、地下の構造的に大丈夫なんか。こんなこと気にしてる俺があほなのか。


 俺が胸元からケンタを取り出すと、紫がきらきらした目を向けた。


「可愛いのう……」


 言葉はともかく、女子っぽいとこもあるっちゃあるんだな。


 ケンタでチームに連絡を取ろうとした、そのとき。

 鼓膜を破壊しかねないほどの、音の衝撃がなだれ込んだ!



  ◇ ◇ ◇



 正しい機能をやめた聴覚。生物ではないものだけが襲い来る視覚。重力に反して吹っ飛んだ、俺の体。


 反射的に受け身をとると、肩に衝撃が来た。体がバウンドする!


 見えない視界で床の位置を推測し、頭を守って衝撃を緩和。飛んで滑り続けた体が、やっと止まった。


「な、なに」


 ヤバい、自分の声もちゃんと聴こえない。


 あたりに煙や破片が散りただよう中、ハムは服だけがボロボロの状態で紫を抱えこんでいた。さすがハム、どうやら二人とも無傷。


 って、俺は大丈夫か?

 体のあちこちを見る。よかった、服破れてるけど大事なとこは残ってる。ケンタもちゃんとジャージの中に戻ってる。


「なるほど。これは誤算でしたね」


 ハムの声が聞こえるけど、まだ距離感がおかしい。


「一度脳に流れた『アディライン・プログラム』は抹消できないということですね」


 アディライン・プログラム……?


 そのとき、俺は今視界を支配しているものが爆煙なんだと知った。自分が爆発で吹っ飛ばされたことも。


 こっちに向かって歩いてくる、人物の顔を見たからだ。


 かつてハニートラップに引っかかって緩みまくってた顔は、見る影もなく、まるで一流のヒットマンのように泰然たいぜんとしている。下がりまくってた眉が上がり、額に険しいしわを刻む。ひげはそのまんま。


 ――テオバルド・ベルマン。爆破能力者ブラスター


 父親を殺されて復讐に立ち上がった――わけじゃないっぽい。

 なぜなら、彼が見てるのは父親の仇ハレドではなく、無関係のおっさんハムだから。


「アディライン・プログラム」って言葉は初めて聞いたけど、アディラインは催眠能力者ヒプノシスト。コーディの母親の名だ。

 かつてテオバルドさんを動かした催眠能力ヒプノシスが、再度発動した?


 テオバルドさんが近づいてくる。

 ハムはにらみつけながら、辺りをさっと見回す。ホバーを捜してるんだ。


「となりの研究室へ行けば、プログラムを再度デリートできる」


 ハムにかばわれながら、紫が言う。


「おぬし、わしを連れて行ってはくれぬか」


 え、俺?


 ハムがアラビア語で声を上げる。危険だから反対しているニュアンスが伝わってくる。


 確かに危険だけど、このままテオバルドさんから何連発も食らったら、ハム以外全員死んじまう。テオバルドさん自身を含めて。上にいるチームだって危険だ。


甲斐かいさん!』


 美弥みやちゃんの声!


 チームも階段を戻す手段を探して移動している。

 テオバルドさんの出現と、爆発の場所からできるだけ離れるようにと美弥ちゃんに伝えた。


 なんとかしないと。

 視界の端に、転がったホバーがある。ハムはあれさえあれば戦える。


「ハム、合図でホバーの所まで走れる? 同時に俺がこの子を連れてくから」


「それしかなさそうですね。言っときますが、その子に何かあったら今度は僕がきみを殺しに行きますよ」


「その前に死んでるって」


 大きく深呼吸してから、紫の手をつかみ、カウントダウンを開始した。



  ◇ ◇ ◇



「GO!」


 合図と同時に床を蹴る。瓦礫がれきの間を縫い、彼女の手を引いて、たまにジャンプしながら走る!


 ハムが何かわめきながら走るのがわかった。テオバルドさんの気を引こうとしてるんだな。


 そのハムに向かって、爆破能力ブラストが炸裂! さっきよりは小規模だ。爆風に足を取られそうになりながらも、なんとかこけずに走り続ける。


 と、紫がいきなり手を離した。振り返って、白衣のポケットからキーホルダーのような物を取り出した。何か叫びながら、ハムのいた方向に投げる。


 すぐに、また俺と手を繋ぐ。また爆発。ジャンプして衝撃を逃す。


 体育館くらいの距離を突っ切って、やっと小さな扉にたどりついた。紫が扉を開け、二人いっぺんに転がり込む。すぐに身を起こし、彼女がデスクトップ端末をカタカタと操作し始めた。


 が、その瞳が一気にくもった。


「ダメじゃ。回線がいかれとる」


 俺がコメントするよりも先に、部屋の外で大音声が上がる。何か、とてつもなく大型の物が動き出すような振動が続く。


 ガタガタとしたこの揺れは。キャタピラか!


 扉から顔を出すと、あのでっかいブルドーザが、ごつい音を響かせながら動き出していた。


 ハムのおっさん、ホバーじゃなくブルドーザで対抗する気だ!

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