CODE77 闇夜に消えた「赤き華」を探して(3)
(きみが我々にその目を提供するなら、考えてやってもいい)
初めて「オリヅル」指令室を訪れたときの、アティースさんの言葉を思い出す。
俺が「オリヅル」に加入したきっかけは、半ば、いやほぼ「脅されたから」だった。
それでも、少しは意義のある仕事をしてるもんだと思ってた。
世界中の
犯罪組織「アルサシオン」を壊滅させるために。
ひいては
それが、実は敵がビジネスパートナーだった、とか。
やつらの金儲けに加担してた、とか。
怒りを通り越して、なんだか泣けてくんな。
おまけに、すげえ悔しいはずなのに、心の隅っこでは納得してしまっている。
世界中のどんな大組織も、たいそうな大義を掲げるより「金のため」に創られたと言ってしまった方が、より実態に近いような気がするから。
アメリカ政府組織であるCIAも、情報を武器に国力の維持・発展に尽力している。
国の発展に何が一番必要かって……結局は、何をそろえるにも金、なんじゃねえか?
このビジネスサイクルは、俺が「オリヅル」へ加入する前から続いていた。
当初はこの
「オリヅル」というチーム名は、もとは美弥ちゃん個人に与えられたコードネームだったそうだ。
数々の
「
サイクルはそうやって回っていた。
「
世界屈指のスパイ組織・CIAの情報量すら軽く跳び越える、パーシャの能力者探知能力。
「オリヅル」が後手に回り続けるしかない状況が続いた。
本物の戦闘系能力者・折賀が工作員としての訓練を終え、チームに加入することで、「オリヅル」のパワーバランスがまた大きく変わった。
俺が初めてアティースさんに会ったとき、折賀は過去の任務について厳しく
それでも活躍は華々しかったらしい。
数々の超常現象がらみの事件を解決し、
今度は「オリヅル」側に天秤が傾いた。
当然、サイクルは夫婦の想定を超えて大きく乱れることになる。
アティースさんによると、そのあと加入した俺とのコンビネーションも、サイクルがうまく回らなくなった原因なんだって。
それって、俺も想定以上に活躍できてたってこと?
おまけにコーディの関心。
コーディは俺に惚れることで(って自分で言うの恥ずかしいな)、上の思惑通りに動かなくなった。これも夫婦にとっての大きな誤算。
俺たちコンビの抹殺指令が出たり、ハレドを現場に投入させるようになった経緯はそんなとこだろう。
――というのが、アティースさんが考える、これまでのざっくりとしたシナリオ。
「それでも、『オリヅル』は当面の間これまでどおりの任務を続けていく」
ベッドの縁に俺と並んで腰かけて、扉の方を見つめながらアティースさんの言葉が続く。
「世界中の
そりゃそうだ。まだ世界のどこかに、俺たちや美弥ちゃんのような
突然不可解な能力を発現して、途方に暮れている人たちが。
そのとき、もしも俺が役に立てるなら、駆けつけて力になってあげたい。
長官夫婦の行方は、いまやCIA最大の機密事項となった。
なんとしても発見しなければならない。
ホワイトハウスやマスコミ・他の情報組織など、多くの機関に嗅ぎつけられるよりも先に。
「と言っても、当然だが
アティースさんはゆっくりと立ち上がった。
どこか迷いのある『色』を一瞬見せたあと、右手をスーツの上着の内ポケットに滑り込ませる。
目の前に、一枚の小さな紙片を差し出された。
何か書いてある。
数字と、「グリーンフィールド・ランチ……?」
ランチの綴りは「
何これ? とアティースさんの顔を見上げると、まだ少し戸惑いを見せる瞳と視線が交わった。
「前、言ったことがあるな。我々はきみの個人情報を徹底的に調べたと。きみの両親の居所を知っているとも言った」
「……え」
「これが住所だ。ここから車で一時間ほど。外出許可が出たあと、それをどうするかはきみ次第だ」
「……アティースさんは、俺を両親に会わせたいんですか? それとも、迷わせたいんですか?」
「知らぬふりはできないと判断しただけだ。その情報をどうしようと私はかまわない。少し考えてみるといい。まだ、時間はあるのだから」
折賀が目覚めるまでの時間。
確かに、俺はここにいるだけだと多くの時間を無駄にしてしまう。
俺なりに、いろいろと考えた。
俺は母親に連れられてタクと遊んでたとき、
この目に能力が宿り、色んな人の心が見えるようになって、父親に――
(お前が俺の子であってたまるか! こっちへ来るな化け物ーー!!)
思い出すたびに背筋が凍る。
思い出すだけで、現実までが悪夢のように感じる。
会えば、終わるのか?
それとも、この先もずっと……?
◇ ◇ ◇
3月29日
メモを渡されてから一週間後、ようやく外出許可が出た。
局員の同伴が条件ということで、エルさんが日本からわざわざ駆けつけてくれた。
「エルさん、ありがとうございます」
「水臭いこと言わないでくださいよー。二人のこと、ずっと心配してたんですから。チームのみんなも会いたがってますよ。やっぱり、二人がいないとチームに若さと覇気がなくて」
エルさんの運転で、両親がいるという牧場へ向かう。
牧場と言っても、馬を一頭残してるだけの、とっくに廃業した狭い敷地なんだとか。
場所はシェナンドー国立公園の近く。……なんか、そんな名前の歌なかったっけ。
エルさんは多くを
車が外へ出たとき、ちらっと振り返った。
初めて見る、
どこにでもありそうな、きわめて地味なグレーのビルディング。
普通のビルのように窓がたくさんあるように見えるけど、すべてダミーで、実際にはほとんど窓がない、壁だけの建物。
窓だと、簡単に破壊・脱走してしまう
ごく普通の政府機関庁舎ってことになってるこのビルは、フロアごとにランク分けされた
当然、研究施設に医療施設も備わっている。
俺は黙って前を向いた。車はどんどん離れていく。
何かあれば、ひょっとしたら俺も収容されて住人になるかもしれない場所。
木々の豊かな緑が茂る道を、何度もカーブを描きながらひた走る。
助手席で目を閉じると、木洩れ日と木陰が交互に現れて、まぶたの裏にまだらな光を届けてくる。
踊る光と走行音に乗せて、たくさんの思いが、次々に現れては消えていく。
折賀。俺は、いつまでも待ってるから。
美弥ちゃん。ごめん、まだ会えない。会ったら、きっと俺は……
ハレド……
何もかもが、大きく変わっていく。俺も、変わるのかもしれない。
少なくとも、両親に会うことの意味が。
たぶん、もうすぐわかる。
◇ ◇ ◇
国立公園へ続く
しばらくガタガタと走ったあとで、出入り口らしき場所に車を停めて降りた。
その先は、聞いていたとおり、いかにも「つぶれた牧場」という光景が続いていた。
古そうな柵に囲われた、そんなに広くもないスペースには、なんの生き物もいない。
ほこりが積もったカバーをかけられたトラクターは、もう何年も動かしていないように見える。
積まれっぱなしの、縛った
転がってるバケツとか。
柵の向こうに見える平屋の建物は、
風に乗って、動物特有のにおいが流れてくる。
厩舎の入り口から、ようやく生き物が顔を出した。濃い茶色の馬。それから――
馬を引いてくる人がいる。帽子を被ってる、女の人だ。
「
そう言い残して、エルさんは車の方へ戻っていった。
もう一度、知らない女の人の方を見る。
その人は、馬を撫でながら帽子を取った。
長い黒髪を、後ろでひとつに束ねているのがわかる。
――え。
目を疑った。俺は、また都合のいい妄想でも見てんのか?
少し、年をとってはいるけれど。
服も、薄汚れたジーパンだけど。
その女性の顔立ちは、かつてずっとそばにいた女性と同じ。
「……黒、鶴、さん……?」
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