CODE10 黒い折り鶴のすむところ(1)
美弥ちゃんのバイト先の店長と、ひと
ふと、ごく自然に
少し不思議そうな、どこかいたたまれないような複雑な表情で校舎を見ている。
「ここ、二人の出身校?」
美弥ちゃんは黙って首を横に振った。それから
「お兄。わたし、ここで何かあったような気がするんだけど……何もないよね? いつも、通りかかるだけなのに。変なの」
「何もない。気のせいだろ。早く行こう」
折賀は先に歩き出した。
「何もない」わけではない、とその色が語っていたけど、俺が口を出していいことではなさそうだった。
――ところで。
病院からずっと折賀につきまとっていた「黒っぽい色」だけど、実は今でもそっとついてきている。
騒ぎの間、折賀についたり離れたりしていたけど、結局そのまま「
まあ、今のところ悪さする様子もないし。美弥ちゃんに何もしないなら、別にいっか。
◇ ◇ ◇
スーパーで美弥ちゃんが会計を済ませる間、レジのそばで待ってると、急に折賀が声を
「変なやつらに狙われてる、ってことは、あいつには言わないでくれ」
「…………」
「チームの奴らも俺も、あいつには不安な思いをさせないように尽力してる。美弥はさっきの金髪――エルシィってやつを、ただの大学研究室の先輩だと思ってる。美弥の高校と同じ敷地内に、あいつらが指令室を構える大学がある。明日、そこへ行って詳しく説明する」
「……わかった」
本当はまだよくわかってないけど、美弥ちゃんが近づいてきたのでそう答えるしかなかった。
あ、明日、バイト休むって連絡入れなきゃなんねー。
◇ ◇ ◇
買い物を済ませてから折賀んちまでは、なんとなくお互いのバイトの話になった。
美弥ちゃんは、もちろん駅前のケーキ屋。
俺のバイト先は青果集配センター、折賀んちのわりと近く。
折賀は高校のとき、近所の中学生の家庭教師みたいなことをやってたらしい。
アメリカで何してたの、という美弥ちゃんの質問は適当にはぐらかされた。
組織だとか工作員だとか、その手の話は美弥ちゃんの耳に入れてはいけないっぽい。物騒なことは話さないようにしとこう。
折賀んちは、わりときれいなアパートの三階、一番奥にあった。
お邪魔しまーす、とお決まりのあいさつをしながら上がらせてもらう。
美弥ちゃんの案内でいくつかの部屋を過ぎ、廊下の突きあたりのドアを開けると――また、俺がすでに「映像」で見たものが、視界いっぱいに飛び込んできた。
黒い折り鶴の、壁!
黒い折り鶴だけで作られた千羽鶴で、壁が埋め尽くされてる!
視界が超黒い!
「あはは……さすがに引きますよね、これ」
美弥ちゃんが、少し引きつった笑顔を見せる。
「病院に持ってく千羽鶴を折ってると、さすがに黒は使わないので余っちゃうんです。そしたらお兄が、自分の部屋に飾るから黒い千羽鶴作れって」
よく見ると、入ったところは洋室のリビングで、そのすぐとなりが畳敷きの和室だった。
この和室が折賀の部屋らしく、黒い千羽鶴がかかってるのは和室の壁だけなんだけど、ふすまを全開にしてあるので、リビングにまで黒い空気が侵食しているように見える。
圧倒的な、この鶴量。
病院だけじゃなくこんな所の鶴まで折ってるなんて、美弥ちゃんはすでに折り鶴職人の域に達してると思う。
「お前、自分の部屋の鶴くらい自分で折れよ。美弥ちゃん超大変じゃん」
折賀に非難の目を向けると、代わりに美弥ちゃんがにっこりと答えた。
「いいんです、わたし鶴折るの好きだし。
それにお兄が折るとまともな鶴になんなくて、異形のモンスターばかり生み出しちゃうんです。首が三本とか脚が四本とか、翼が割れて爪がむき出しになってたりとか」
「それ逆にレベル高くね?」
「これ以上地獄のしもべを量産されても困るので、わたしが『折り鶴部部長』として、全鶴引き受けてます。これからもまだまだ増えますよー」
今のままでじゅうぶん、まるで悪魔教の
例の、折賀に
折賀が寝るときに金縛りとかにあうかもしれんけど、まあ別にいっか。
◇ ◇ ◇
食事より先に、風呂に入れてもらえることになった。そういや腹から地面にダイブしたんだった。
気がつくと、目の前に着替え用の黒ジャージ(折賀の)と下着(一応新品らしい)とタオルが用意されてる。
俺の服は洗濯してくれるらしい。いたれりつくせり。
「どうせ明日同じ所へ行くんだ。このまま泊ってけ」
いいのかなあ。折賀が言うんだからいいのか。
貧乏ひとり暮らしの身に、風呂と食事をもらえるのはすごくありがたい。
あったかい風呂にゆったりつかって、髪を乾かしてリビングに戻ると、ちょうどそこにうまそうなラーメンが登場して……俺は夢を見てるんだろうか。
美弥ちゃんのラーメンは、折賀の宣言どおり、控えめに言っても超絶にうまかった。
「うめー!」と一言叫んだあと、我を忘れて無言で口を動かし続け、その勢いのままスープを飲み干そうとしたところ、折賀にご飯を投入された。さすがわかってる。
「ほんとにさっきスーパーで買ったラーメン? こんなうまいの、店でも食ったことないよ!」
ダブル炭水化物の確かな満足感に夢見心地になってると、美弥ちゃんがお茶まで
「お口に合ってよかったです! 我が家のラーメンは、実はちょびっと美弥特製のお
輝く笑顔が、幸せのピンク色が、ラーメンの余韻をさらに幸せなものにしてくれる。
「留学だかなんだか知らないけど、ろくに連絡もせずに一年以上ほったらかしにされた恨みつらみなんかも、じっくり溶け込んでるかもです。本当に、お口に合ってよかったですー」
「…………」
表情はあくまで笑顔、色はあくまでピンク色、なんだけど……。
この子を本気で怒らせたら、腹痛程度じゃすまないかもしれない。
当の恨みつらみの相手は無言で食器の片づけを始めたので、俺も手伝おうとしたら美弥ちゃんに止められた。
座ってる俺の背後に回り、なんと、小さな手で俺の肩をもみ始めたのだ。
「今日は
なんだろう、この幸せな世界……。俺は、このまま死ぬんだろうか。
◇ ◇ ◇
約二十分後。
俺は、命の危機を感じながら畳に額をこすりつけていた。
――俺、本当にこのまま死ぬかもしれない……!
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