コード・オリヅル~超常現象スパイ組織で楽しいバイト生活!

黒須友香

「能力者捕獲任務」の記録(中東)

RECORD1 『色』を見る少年と、『色』を撃つ少年(1)

2月1日


 ――甲斐かい健亮けんすけ・「オリヅル」加入38日後――



 高三の二月。あと一ヶ月ちょいで高校卒業を迎える、冬の日。


 乾いた風が緑の山地を吹き抜ける。

 俺の肌は日本の寒風ではなく、はるか遠き中東の某国で、初めて味わう空気にさらされていた。


 日本を離れて二十時間以上の空の旅。

 疲れた体を伸ばし、ようやく現地の空港に降り立つと、すぐにいかめしい顔つきの男の案内で真っ黒い大型車の前まで連れてこられた。現地警察のゴツい装甲車だ。


 中東のこの国では、依然として数多くの武装勢力がひしめき合っている。

 厳重な車両警備と、武装した男たちの険しい渋面じゅうめんを見るだけで、ビリビリと重い緊張感が伝わってくる。


 後部座席へ乗り込むと、窓の内側に暗幕が張られている。俺たちに見られたくない地帯を通るんだろうか。

 横に座る相棒が黙ったままなので、俺も下手なことは言わないよう口をしっかり閉じることにした。 


 装甲車に乗っているのは、俺と相棒のほか、拳銃を携帯してる「組織」の人間が四人。

 前後車両には、現地の警察特殊部隊らしき黒ずくめの男たちが、HK-MP5(短機関銃)などを武装してものものしく乗り込んでいる。


 こんだけの人員を動かせるなら、俺と相棒――たかだか十八歳の若造二人なんて、別にいらないんじゃね? と思うが、上司が仕事を請け負ってしまった以上、そうもいかない。


 俺たちは、中東のヤバい武装勢力を殲滅せんめつするために遠い日本から来たわけじゃない。


 ヤバい『能力者アビリティ・ホルダー』が武装勢力に売り飛ばされるのを、阻止するために来たんだ。



  ◇ ◇ ◇  



 世界には、いわゆる「超常の力」を持つ人間が存在する。


 いまだごく少数しか確認されていない、

「超常現象によって規定以上の測定実験スコアを叩き出す人間」は『能力者アビリティ・ホルダー』と呼ばれ、各国の政府や情報機関によってその存在を隠蔽いんぺいされている。


 存在自体が国家機密のため、能力者A・ホルダーがらみの事件は、国の情報機関やごく一部の特殊部隊などによって、迅速に、あくまでも秘密裏に処理される。どんなにヤバい能力者ホルダーであっても、政府がおおっぴらに軍を動かすようなことは起こらない。


 ――たとえそれが、

「どんな場所でも爆破できる『爆破能力者ブラスター』が、中東武装勢力に売られようとしている激ヤバ取引現場」であっても。


 たまたま「能力アビリティ」を持ってしまった人間を兵器扱いして売り飛ばす、武器商人のような組織があるらしい。まったく許しがたい話だ。


 と言いつつ、俺たちの組織もクリーンにはほど遠いけど。


「世界中の能力者A・ホルダーたちを、かたぱしから捜索・発見・捕獲し、組織の管理下に置く」


 それが、俺たちの組織――超常現象専門特殊チーム、通称「オリヅル」の実態だ。



  ◇ ◇ ◇   



 俺たちの乗る大型装甲車が、目的地に到着。

 俺と相棒は車から降ろされ、現地警察の指示で怪しげな建物の中に押し込まれた。


 そこは、中東と言われてすぐにイメージする砂漠のような場所ではなく、緑多い山間やまあいにある、土色の小さな家屋かおく

 窓の外には、山肌に沿って同じような地味な建物がいくつも連なっている。


 事前説明ブリーフィングは車内で済ませた。

 さっそく窓から今回の捕獲対象ターゲットの捜索を開始。使い慣れた双眼鏡型スコープを取り出し、窓の内側からそっと構える。


 視界に表示される座標を少しずつスライドし、距離を調節し、対象を捜して照準をあわせると――やがて俺の目に、捜している複数の『色』が飛び込んできた。


 スコープが自動で距離を測定。

 俺たちのいる場所から、東に約五百メートル、約七メートルほど下方に位置する建物の内部。間違いない。


「現座標の家屋に六人の『色』を確認。右の部屋、中央にうずくまった『爆弾魔ボマー』。『番犬ガード』は計五人。二人はじっと立ってて、一人は別室、二人は対象のそばで動き回ってる。今、一人が別室から移動……」


 スコープのレンズ越しに見える『色』を拾い、見たまんまを報告すると、相棒・折賀おりががすぐに英語に訳してしゃべる。


 その内容が、耳の中に装着してるイヤホンマイクを通じて、各地に待機している作戦メンバーたちに伝えられる。

 俺たち二人ともうひとりの「オリヅル」メンバー以外は日本語が通じないので、連絡はすべて英語だ。


 折賀は右手を俺の頭に置いて、左手でスコープをのぞきながら、たった今俺が観測した内容を確認する。

 はた目には仲のいい友達どうしに見えるかもしれんけど、決して、好きで頭を触らせてるわけじゃない。


 俺たちと捕獲対象ターゲットとの間には――

 幾重にも連なる木々、崖、そして数軒の家屋の何重もの壁が、遮蔽物しゃへいぶつとして視界をふさいでいる

 ――が、遮蔽物が人間でない以上、俺たちにとってそれは



 俺の「目」は、遮蔽物を透過とうかし、人間が発する『色』を見て「対象を特定する」。

 

 折賀の「能力」は、遮蔽物を通過し、その向こうにいる「特定の人間を狙い撃つ」。



 俺たちの能力アビリティの使い道は他にもあるけど、ここでは狙撃チームで言うところの「観測手スポッター」と「狙撃手スナイパー」の役割をになっている。

 つまりこの「狙撃」は俺と折賀、二人セットでないと実行できない。


 そんな理由でバディを組まされ、こんな物騒な場所まで連れてこられちまった。

 しかもただのバイト扱い。ブラックバイトもいいとこだ。


 上司に不本意ながら『猟犬コンビツー・ハウンズ』とかいうコンビ名を与えられ、そのあかしとして、俺たちの首には色違いの首輪がはめられている。折賀には銀、俺には青の首輪。完全に上司の趣味だけど、帰国するまで外しちゃいけないらしい。


 折賀は窓のそばで身をかがめ、ひじを固定させて「狙撃」の体勢に入る。


 今度は俺がこいつの黒髪に手を当てる。もちろん、好きでやってるわけじゃない。

 俺が直接触ってる間だけ、こいつは俺が見ているのと同じ『色』を見ることができる。つまり、俺はこいつのスコープ代わりだ。 


 今回の手順は――

 折賀が「番犬ガード」のうち二人を仕留めたタイミングで、現場周辺に待機している現地警察部隊が突入し、残りの「番犬ガード」どもを制圧。

 その間に、「オリヅル」のメンバーが「爆弾魔ボマー」を眠らせて捕獲――


 ――というのが今回の筋書きらしいけど、まあ、そのとおりにはいかないんだろうな。

 

 折賀は、数発狙撃しただけでおとなしく作戦の終息を待っているような男じゃないからだ。

 絶対に今回もみずから突入するに決まってる。約五百メートルの距離など物ともせずに。


 俺たちが『PK銃』(念動能力サイコキネシスによる銃)と呼んでいる折賀の「銃」は、折賀本人と、やつに触ってる間の俺にしか見えない。はた目には、何も持たずにスナイパーになりきって狙撃のポーズをとる、ただの痛い人。


 俺には、薄ーい白銀色のもやが、なんとなーく長銃っぽい形をしているようにしか見えんけど。

 たぶんいつもの、HK416とかいう、一般的なアサルトライフルなんだろう。


 折賀の能力アビリティと経験による想像イメージが生み出した、白銀色の架空のライフル。

 実弾銃と違い、どんな場所でも風速や気温・気圧などの影響は一切なし。

 最大のメリットは、狙撃チームでありながら「どんな現場にも手ぶらで行ける」ってことだ。

 本人は「甲斐を持ってかなきゃならんから手ぶらじゃない」って言うけど。俺を荷物にすんな。



「――甲斐」


 狙撃姿勢のまま、折賀が俺を呼んだ。


「なに」


「これが終わったら、今度は『中東料理食いたい!』って騒ぐんじゃねえだろうな。イタリア行ったときは『ピザ食わせろ!』ってうるさかっただろ」


「えー、中東料理ってどんなん? ブタ食えないんだっけ? だったら俺、さっさと日本に帰って、美弥みやちゃんの豚骨ラーメンが食いたい」


「同感」


 折賀はそのまま、「準備完了オールセット」を告げる。



 三十秒後。


 折賀の狙撃を合図に、俺たち「猟犬コンビツー・ハウンズ」とチーム・オリヅルによる、「捕獲任務狩り」が始まった!



  ◇ ◇ ◇   



 折賀の目が、五百メートルの彼方をとらえる。何重もの崖や壁の遮蔽物を抜けて、たったひとつの狙うべき『色』を捕捉する。


 狙撃フェイズ開始の一瞬。折賀自身のイメージを能力アビリティに乗せるため、「見えないライフル」を構える姿勢にブレはない。

 実際の狙撃経験から、『PK銃』には必要ない風圧や気圧の情報、銃の重量やメンテナンス具合、反動予測をカットする。今必要な情報は、標的の位置と行動予測。そして折賀自身の身体状況。


 折賀の頭に手を置く俺も、できる限り息を止める。何度も訓練した、もっとも緊張する瞬間だ。


 視線を完全に固定する。息を止め、折賀の指にぐっと力がこもる。


 それだけの操作で、折賀の『念動能力サイコキネシス』が一発の銃弾となって空中に放たれた。


 五百メートルを一瞬で結ぶ鋭い一閃。

 着弾確認。標的の『色』が消える。

 他の番犬ガードが大きく動き出すよりも先に、間髪入れず二弾目。

 二つ目の『色』が消える。俺がマイク越しにゴーサインを出すと、家屋のすぐ外に待機していた別動部隊が突入。『色』が入り乱れる。


 本来、俺たちの役目はここまで。あとはチームがやってくれる、はずなんだけど。


「簡単すぎる。他にも番犬ガードがいるはずだ」


 と言いながら、折賀は狙撃体勢を解き、立ち上がった。

 たった今狙撃ポストとして利用した窓から身を乗り出し、ひらりと黒いコートが揺れる。と思う間もなく、一瞬で姿が消えた。


 折賀のやつ。

 やっぱり俺を置いて行きやがったー!



  ◇ ◇ ◇



 その折賀から、イヤホンに無線連絡が入った。


『甲斐、「番犬ガード」のひとりが町中まちなかに紛れ込んでいたらしい。座標を送ったから、そっちへ向かってもう一度ポイントしてくれ』


 そっちへ向かえって? で軽ーく言わんでくれ!


 折賀が消えて二分も経たないうちに、状況が大きく動いた。

 視界が、全身が揺れる。鼓膜の奥まで響き渡る、何種類もの恐ろしい鳴動。

 ついさっきまで静寂せいじゃくで張りつめていた空気が、今や地獄の雄たけびのごとき轟音ごうおんに支配されちまった。


 ひっきりなしに機関銃の銃声っぽい連続音が響いてくるんだが。しかも爆発音まで聞こえてきたんだが。


 俺ひとりきりになっちゃった建物が、振動でミシミシと音を立てている。

 どうやら現場は、「爆弾魔ボマー」を眠らせるのに失敗しちゃったっぽい。


『テロ組織のやつらに合流されたら面倒だ。さっさと来いよ』


 左手首の時計型端末で、送信されてきた座標を見る。


 窓のすぐ外で灰色の粉塵ふんじんが舞い、息苦しさに思わずせき込む。

 銃撃の乾いた連続音が響く。

 続いて爆音が、すべての音を打ち消すような規模で、一帯の空気を引き裂いていく。


 振動で足元がふらつく。さらに爆音。

 こんな状況で、ひとりで外へ出て行けと。


「ざけんなー! 俺はお前と違って非・戦闘員なんだぞ! こんな仕事、雇用契約にねーわ! 折賀のあほーッ!」


 こんなんでもただのバイト扱い。ブラックバイトもいいとこだ!


 俺は粉塵・破片対策のゴーグルで目をおおい、外へ出た。

 もはや戦場と化した山地が、爆音と煙を上げながら次から次へと姿を変えていく。


 目をらし、『色』の位置を測定。

 折賀から指定された座標と、そこへ至る地形を確認。


 少し待つと、『色』と音が遠のいていくのがわかった。

 よし、今なら行ける!


 ――と、思ったんだけど。


 突然、崖の上の斜面が凄まじい音を立てた。

 見上げると、砕け散った土砂が雨のように降り注いでくる!


 ビックリして足を滑らせちまった俺は、さらに突風に体を叩きつけられ、気がつくと見事に空中を吹っ飛ばされていた。


 ちょっと待てぇー! これ、落ちたら死ぬやつッ!


 こんな超危険バイト、あってたまるかぁーッ!!

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