夏とペットボトル

才野 泣人

第1話


「暑い.....」


 7月末、炎天下の中歩き続ける。


 全く夏補習なんて素晴らしいシステムを考えついたのはどこの誰だろうか。


 大多数の生徒が謳歌している夏休みに朝から補講を仕組み、気温が最高潮に上がった午後に放課する。是非とも来年から止めてもらいたいものだ。


 流石に飲み物を買わないと倒れると判断し、辺りを見回してみる。都合よく目の前の公園に自販機があった。


 硬貨を1枚ずつ入れていきボタンを押そうとしたその瞬間、後ろから指が伸びてきてボタンを押した。


 慌てて後ろを向くと全く知らない女性が立っていた。背中まで伸びた黒髪に白のワンピース。


 ガコン、と音がして飲み物が出てくる。

 女性がはなんの躊躇いもなく飲み物を取るとそのまま飲み始めた。


「ちょ、ちょっと何してるんですか」


 女性はまだ飲み続けていて答える様子はない。


「...ふぅ。助かったよ少年」


 五百ミリのペットボトルを空にしたところでようやく口を開いた。


「誰なんですか」

「そうだね...夏の精霊とでも言っておこうか」


 危ない人だ。この暑さにやられてしまったのだろう。可哀想に。


「今危ない人だと思っただろう」

「はい」

「いいねそのストレートな感じ。嫌いじゃないよ」


 褒められた。


「まぁちょっと話さないか?一人はさみしいんだ」

「嫌です。暑いし」

「.....君、ちょっとはオブラートに包んだっていいんだよ」


 怒られた。


「じゃあ、僕急いでるんで」

「まぁまぁそう焦らない。ゆっくりしてこうよ」


 帰ろうとしたところ腕を掴まれた。


「そうだな...付き合ってくれたら望みを何でもひとつ叶えてあげよう」

「じゃさっきの飲み物代払ってください」

「そいつはできない相談だ。精霊はお金を持たないからね」


 即答。ただの不審者じゃないか。


「まぁ立ち話もなんだ。向こうにベンチがあるじゃないか。日陰になってるし。あっち行こう」


 そう言って彼女は日除け屋根のついたベンチに座った。


 まぁいい。どうせ今日は何の予定もなかったんだ。少しぐらい付き合ったら満足するだろう。


 彼女の後を追ってベンチに座る。


「そういえば君、名前は?」

「プライバシー侵害」

「...なかなかしっかりしてるじゃないか」


 褒めら


「褒めてはないからね」


 牽制された。というか心を読まれた。


「逆に自分から名乗ったらどうなんです?」

「そうしたいのはやまやまなんだけどね」


 やれやれ、という感じで彼女は話す。


「精霊は名前を持たないんだ」


 まだその設定通すんだ。なかなか巧妙に練られたものだな。


「良かったら君が名付けてくれないか?」

「は?」


 間抜けな声が出た。


「だから、君が私の名前を付けてくれればいい」

「えぇ...」


 とんだ無茶ぶりを振られる。やはり頭のネジが一本抜けているんではなかろうか。


「じゃあ、ナツ」

「君、犬にポチって名付けるタイプだろう」

「生憎ペットは飼ったことがないもんで」


 あ、そういえば小学生の頃飼っていたカブトムシはキングって名前だったな。あれはペットにカウントされるのか?


「そういえば君、部活帰りか何かかい?」

「全く」


 おそらく制服姿を見て言ったのだろう。学生ならこの季節は夏休み中だって丸わかりだし、夏休みに学校に行く用事と言ったら普通は部活しかないだろう。


「じゃなんで学校なんか行ってたんだい?」

「プライバシー侵害」

「...君、なかなか手強いね」


 そういう彼女...ナツの顔には引きつった笑いが張り付いていた。


 ヴヴッ、とスマホが鳴る。


『帰りにアイス買ってきて!ハーゲンね!十分以内なら尚良し!!』


 妹からメッセージが届いていた。


「ちょっと用事が出来たんで帰りますね」

「それは残念だ。また会えることを楽しみにしてるよ」


 意外にもあっさりと彼女は引き下がった。もう少し引き留められるかと思っていたが。


「ではまた」


 そうして俺は公園を後にした。

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