一通の手紙

御劔 深夜

第1話 昨晩の招待状

「それに何の意味があるんですか?」

九月半ば、徐々に暑さも薄れて夜には肌寒さを感じる季節になった。人肌の眩しさも同様に見えなくなっていき、また白いシャツが目立つようになる。

後輩に聞かれた質問に胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。

「そりゃあ、お前。社会貢献が無駄なわけないだろ」

2人しかいないこの公園で、一見わけのわからない会話が繰り広げられる。我が後輩、田代フミはこう言い放つのだ。社会貢献ほど無駄な行動はないと……。

いや、確かにわからないでもないんだ。誰しもめんどくさいと思ったことがあるだろう。人のための行動が一体何になる?結局のところ自己満足で終わりだろう。そう卑屈になったことは……まあ、僕自身にもあった。

しかし、今でもそうという訳では無い。僕だってちゃんと成長している。いつまで経ってもガキみたいな考えをしている訳では無い。

「それ、本当に成長だと思ってるんですか?バカですか?アホですか?愚かですね」

おい、なんで最後は疑問じゃないんだ。

「先輩に向かってバカ、アホとはなんだ。ましてや僕は決して愚かじゃないぞ」

ありのままのことを、有り体に言った。すると彼女はいかにも面白そうに微笑み、しかしそれは僕を嘲笑うかのようだった。そして──そう言って彼女はカバンのチャックを開けて手を入れる。そしてあるものを取り出し、それをかける。取り出したのはメガネだった。ドラマやアニメのようにスチャ……という音はしない。

鼻の上に指を当て、ずれたメガネを直す……フリをする。教師や真面目キャラを装っているのだろうか。彼女はこちらを見つめ直して口を開いた。

「それは、成長ではありませんよ?洗脳で、退化で、愚かですよ。彼ら彼女らは社会に貢献する『自分』のために動いてるんです。自分は良い人だと思い、信じたいから。または、周りから思われたいから。そんな事で良い人認定が出来る周囲も周囲ですが、それに満足するその人たちは……やはり愚かで、退化しているんです。社会に洗脳を受けているんですよ」

………いつの間にか話がオーバーになっている。社会に洗脳を受けるとか、陰謀説じゃないんだから。目の前にはどうだ、言ってやったとばかりに自慢げな彼女の顔がある。

「自分のためだろうが、仮にそれで救われる人がいるなら、別にいいだろ。陰謀だろうが、人類の退化だろうが、それに気づかずに誰かに救われ、救った人がいるんならそれは素敵な話だろ。自分のためとか言いながら、全く知らない誰かを知らないうちに救えてるのならそれは壮大な話だろ」


負けんばかりにドヤ顔を返してやった。どうだ、これこそ正論。社会の真理、そして心理。苦虫を噛み潰したよう……でもない、青汁を飲んだ程度の顔をしてフッと笑う。

表情と感情のよく変わるやつだと、改めて思った。

「先輩からそんなセリフが出てくるとは、明日は空から血液でも降るんですか?」

「発想が怖いな。雪や台風くらいにしとけよ」

「いや、てっきり先輩は人を人とも思わずに蟻のように踏み潰し、冷徹な態度を取り続ける人だと思ってました」

……嘘だよな。嘘だと言ってくれ。さすがに、辛いぞ。

「まあ、誰かに手を借りないと生きられないようなレベルのゴミクズは社会的死を受け入れるほか無いんですよ」

相変わらず、なんて口の悪いことだ。日本人としての謙虚さや質素の心が微塵も見られない。我が後輩はそのまま余談を続けようとするので、一通りの収集がつくまでカバンに入れてあった文庫本の続きを読むことにした。……したんだ。

しかし、その瞬間、我が後輩は話をやめた。何やら不満のある目を僕に向けている。

「なんだ、文句でもありそうな顔をして」

薄々、僕も原因をわかっていたがあえて聞いてやることにした。あえて、我が後輩を煽ってやることにした。

「なんだ、じゃないです。先輩は理由をわかった上で、理解した上でそれを質問していますね?まあ、なんと性格の悪い。私の精神は深く傷つきました。これはイジメです。現代で流行りのイジメです」

はあ……。呆れてため息をついて僕は、我が後輩に問うてやることにした。

「で、僕をここへ呼んだ理由は?」

それは、昨晩のことだった。流行りのSNSであるRINEで、僕にメッセージが届いた。

『先輩へ、明日の放課後に3階の倉庫へお越しください』

そんな招待状のようなメッセージだった。にも関わらず、ホイホイ誘われた僕であった。何故なら……彼女のメッセージには画像も添付されていたからだ。

──プリンの画像。

これと同じものが僕の家の冷蔵庫にも入っている。入っているはずだがしかし、確認せずにはいられない。気にせずにはいられない。

そう思い昨晩の僕は、シャワーを済ましベッドに寝転ぶという至高の時を過ごしていたにも関わらず、重い腰を上げてそこへ行った。

冷蔵庫の前に行った。

額には嫌な汗が風呂上がりにも関わらず浮かび、生唾を飲む。

ゆっくりと、ゆっくりと取手に手を伸ばし、掴み、引いた。



そして今に至る。もう誰にも想像がついているだろうが、そこに僕のプリンは無かった。

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