第4話

土方氏に、とりあえず柳ケ瀬は頭を下げた。若い女性に蔑まれるよりも、一晩で考えを変えた柔軟性を評価してもらいたかったからだ。彼女は、思惑通り、頭をあげてくださいと言った。

「別に、柳ケ瀬先生に怒ったわけではありませんから」

「はい、わかってます。でも」彼は頭を下げた。謝るときに、ニット地の服で、少しばかり膨らんだ胸をみた。あぁ、見たいな、と柳ケ瀬は考えた。

「今年は、大変な幕開けですね。城田くんも、昨日、愚痴ばっかりでしたよ」

彼女はトートバックに教材を詰め込んで立ち上がった。

それから、と土方は振り返った。

「お互い、正直でいましょうね」


「いつになったらマナブが来るんですか」

「マナブくんが、自分の行いを深く反省するまでです」

マナブはまだ出席停止である。生徒たちも、そろそろ彼の顔が見たいと言い始めるころだと思っていた。

となりのクラスとはいえ、前まで同じクラスだった子達、友達も多いだろう。授業をした。給食を食べた。終わりの会をした。皆は下校した。

今日も、家庭訪問を行うことにした。



「もう、大丈夫そうですか」

「はい、今日もずっと映画を観てました。配信って便利ですよ」

「マナブくんは」

「あの子、急にテレビに張り付いているんです。ニュースなんか興味ないくせに、賢ぶってるんですかね。何かいいことがあったのかしりませんけど、すごく喜んでましたよ」


マナブはテレビのニュースをみていた。柳ケ瀬が来ていることは知っていた。

『続いてのニュースです。統計不正が見つかった問題で――』

マナブは桜を燃やしても何も変わらないことに気がついた。桜が象徴しているものは日本だが、それが燃えても変わらない。母の信じている火を拝むことでストレスが消えるのかと試した。しかし、何も変わらない。ならば、自分で見つける他になかった。

だが、貧乏神の囁きが母にも聞こえていたのだ。己らが何であるかの証である書類を燃やす母は、貧乏神の教えが聞こえていたのだ。

情報を燃やす、無かったことにする。そして、まっさらになったところに、都合の良い情報が作られる。

不定形の形をとる金の価値は信用できまるる。その信用を棄損するのは、その金を発行している国である。そして、これは今の政権が続くならそのうち勝手に棄損していくだろうと、考えた。

その前兆に、鳥肌がたつほど興奮した。

――平等だ、跡形もなくなる前触れだ。

もはや、抗うために何かを喋る必要もない。喋らずともストレスが無くなっていく。人々が均等に貧しい日本の輝かしい未来に陶酔した。


「先生は、もう帰るけど、何か言いたいことがあるか」

「いえ、なにも」

何もしないでほしい。平等のため、皆には、大人には、無責任であってほしい。

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